第七話 王都、離れます
ざわ。
周囲はさらに、ざわつき始めていた。
ツンデレと名高い第二王子が今、クレアの目の前で、おやつを待つ子猫のように目をキラキラさせている。
婚約候補として登城した日に森で出会って以来、三人は幼馴染みのような関係だった。
セシルの端麗な顔はもちろん綺麗だったが、感情でコロコロとかわる猫のような表情がクレアは好きだった。
それが彼が抱く好意と同じとは限らなかったが。
「ありがとうございます」
クレアが恋人つなぎの手をキュッと握り返した。
赤くなったセシルの耳元で。
クレアは内緒話でもするように。
「気をつかわせてごめんなさい。でもここだけの話、色々とむいていなかったので婚約を解消してもらえてホッとしているんです」
至近距離で笑っているクレアの笑顔には、影も裏もない。
「いい機会なので、王都を離れてみようかと思って。田舎ですが、セシル様もぜひ遊びに来て下さいね」
「……え?」
すぐには理解できなかった。
田舎に引きこもる理由ができたとニコニコと笑っているクレアを見て。
あ、これ……伝わってないヤツだ。
とセシルは気づいた。
弟のルイが、あわてて間に入って。
「ごめんなさい、セシル様!」
告白に気づいていない姉を、人目から誤魔化す。
「今は姉も混乱してるみたいなので、失礼します!」
その場から逃げようと、周囲の輪からの脱出路をキョロキョロとさがしていると。
「失礼いたします」
影からスッと、モーニングを着た闇の精霊のようなレニーが現れた。
「あちらに馬車をご用意しました。お荷物は後ほどお届けいたしますので、そのままどうぞ」
セシルの影のような従者が、白い手袋をはめた手で人の輪に充分な通り道を作っている。
「ありがとうございます。セシル様、失礼します。ほら、姉さん行くよ」
ルイがクレアを連れてパタパタと逃げ去る。
残されたセシルは。
「……クレアが、王都からいなくなる……」
固まったまま動けなくなった。
帰宅して。
婚約破棄の件を説明すると、クレアは初めて両親に田舎で暮らしたいと打ちあけた。
これまで王室との協調性を重視したり、社交界での貴族間のバランスを配慮したりと、すべてそつなくこなしてきたが。
複雑なしがらみや理不尽なことも多い貴族社会で、表面上でも上手く生きていくのには、自分が大切にしたい部分がどんどんと削られていってしまう。
そんな気持ちとの折り合いがつけられないでいたクレアは、いつかは田舎で穏やかに暮らしたいと考えていた。
このタイミングを逃せば一生、機会はないかもしれない。
両親も、何事も器用にこなせていることと、内面の向き不向きはまた別だということを理解していたので。
家督を継ぐ息子もいるから何も問題はないと、快くクレアを応援してくれた。
徹夜で荷造りをして、翌日の早朝には住み馴れた屋敷を発つ。
もう夏季休暇なので、早めに休みをとった弟のルイも同行することになった。
向かったのは辺境にある母親の実家。
5日間もの馬車の旅だった。