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兄の婚約破棄で僕のルートが始まる!……はずだったのに、彼女が辺境に逃げてしまった件 取り替え王子と赤毛の令嬢  作者: (//∇//)もじ (旧、猫のオチリ)
精霊界編

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ハッピーエンドの後で

 目を閉じると。

 ハァハァと、荒い息づかいだけが暗闇の中で響いていた。

 熱い息をはきながら、苦しそうに眉を寄せたセシルは。

「ク……クレア、待って。お願い……」

 と手探りで彼女の腕をつかんだ。

「あ、ごめんなさい。ペース、速かったですよね」

 クレアが顔をあげた。

 そして。

「お祖父じい様ー、少しペースを落としてくださーい!」

 先を進む祖父に声をかけた。

 一面の雪景色の中を、積雪をかき分けて進んでいた祖父が。

「わかりましたー!」

 と立ち止まって、ストックを持つ手を振る。

 吹きつける氷のように冷たい風の中で、セシルは目を開けた。

 逃避しかけていた現実に戻ってきて。

「どうして、こんなことに……」

 と、肩で大きく息をする。

 腰近くまである雪をかき分けながら先頭を進むリチャードに、クレア、セシルが続く。

 三人は、早朝にベースキャンプを出てからずっと、雪をかき分けながら登山を続けていた。

 すぐそこに目指す頂上が見えているのに、少しも近づけないのはなぜだ。

 少し進んだ先で、ついに。

「も……ダメ」

 セシルは腰まである雪に倒れこんだ。

「お祖父様、ストーップ! 休憩してくださーい!」

 クレアの声が、風の中で遠くに聞こえた。



 雪を掘ったカマクラの中で、クレアの祖父のリチャードが珈琲を沸かしている。

 セシルは荷物に身体を預けて、ぐったりとしていた。

「頂上まではあとどれくらい?」

 珈琲を受け取ったクレアが祖父に尋ねる。

「そうですね、このペースだとあと4〜5時間はかかると思いますが。夜までに着けるといいですね」

 細い初老の紳士に見えたリチャードは、意外にも体力があった。

 それもそのはずで、彼は世界的にも有名なプラントハンターだった。

 国に雇われている彼の仕事は、世界中を回って未知の植物を発見し、研究すること。それを医療や食、紡績などに役立てている。



 ことの始まりは。

 精霊界にしか咲かない青い薔薇と、人間界にしか無い植物とのトレードを。青い薔薇の精霊とリチャードが交わしたことからだった。

 冬山にその植物を探しにいきたいと、リチャードがセシルに同行を頼んでいた時。

 クレアが横で。

「子供の頃は、祖父のようなプラントハンターになりたかったんです!」

 とキラキラした瞳で訴えたので、三人で登山する事になった。

 レニーはシャルルの従者に戻っていて、精霊界で彼女の世話をまめまめしく焼いている。

 アストリア国の端にあるこの山は、冬でも山頂には雪が積もらない珍しい活火山だった。

 大昔には竜が巣くっていたという伝説もあり。今は『竜の涙ドラゴンティアドロップ』という、竜の気をすった土でしか育たない希少な花が咲く唯一の生息地だ。

 この場所を発見したのはリチャードだった。

「竜の涙という花は長い間、昔の文献に書かれた伝説のような存在でした。冬の晴れた夜にしか花が咲かないのでなかなか見つけることができず、ここを見つけたのも最近のことです。しかも年々、咲く花の数も減っており。去年は二度アタックしましたが、ついに見つけられませんでした」

「そこで、セシル様が覚醒した新しい能力。自然の力を増幅して植物などの成長を助ける力の出番という訳ですね!」

 クレアが嬉しそうに胸を張る。

「ええ、残っている根と土に力を与えていただきたくて。セシル様には、ご無理を言ってしまいました」

 セシルは顔をあげると。

「……大丈夫です。全然、平気なので……」

 外に積もった雪のような顔色で返事をした。



 山頂に着いた時にはすっかり日もくれて、辺りは薄暗くなっていた。

 雲に覆われた空に月は見えなかったが、強い風が吹いていないことは運が良かった。

 今日はここで一泊する。

 テントを張り終えたリチャードが。

「クレア、プラントハンターの仕事はどうですか?」

 少し離した場所で、自分たちのテントを張っていたクレアに尋ねる。

 セシルに負担をかけないようサクサクとテントを張っていたクレアは。

「過酷ですが、想像以上に楽しいです」

 と笑顔で答えた。

「それはなにより」

 心から楽しんでいる様子に、リチャードが目を細めている。

 どんなにクレアが望んでもプラントハンターの道だけは阻止しようと、セシルは密かに誓った。

 焚き火を囲んで。

 沸かしたスープと。マスタードをたっぷり塗ったパンに、よく焼いた大きなソーセージを挟んでそこに溶かしたチーズをかけた、簡単な夕食をとる。

 質素だが、酷使した身体には温かい食事が染みた。

吹雪ふぶかなくて本当に良かったです。きっと今夜中には月も見えることでしょう。それまではゆっくりと休んでいてください」

 二人を残して、リチャードは目の前に広がる荒れ地の様子を見にいった。

 セシルが掛けている毛布を持った片手を広げて、隣りに座ったクレアの肩に毛布をかけた。

「……帰ったら、もっと体力をつけるよ」

「それは賛成です。でも、得意な方面は私に任せてくださいね。セシル様には、誰にも出来ない大切なお仕事が待っていますから」

「うん、頑張る」

 肩に頭を預けるクレアに、セシルも頭をコツンとくっつけた。

 焚き火の炎を見つめながら。互いのぬくもりに安心して、うつらうつらしていると。

「お二人ともご覧なさい。空が晴れましたよ」

 とリチャードに声をかけられた。

 ハッと空を見上げると。

「「わあ……」」

 思わず声がでた。

 いつの間にか、地面以外は満天の星に囲まれていた。

 雲が消えた夜空には、手が届きそうなほど大きな満月が浮かんでいて、二人を白く照らしていた。

 立ち上がると、まるで宙に浮いているような錯覚を起こす。

「なんだか、空に落ちていってしまいそう」

「本当だ」

 その様子をニコニコとリチャードが見ていた。

「あれ? セシル様、あそこ」

 とクレアが指さした場所に、青いチューリップのような花が咲いていた。

 その不思議な花は、中から柔らかな青い光りを放っている。

「良かった、まだ残っていましたか」

 竜の涙は、恋の病以外のどんな病気にも効くと言われていた。

 ここが荒らされていないのは、リチャードが誰にも話していないのと。冬の晴れた月あかりの下でしか咲かないという特異な生態のせいだ。

「では、お願いできますか? セシル様」

 リチャードに頼まれて。

「はい。やってみます」

 と中心まで進むと、セシルは地面に両手をつけた。

 精霊王から教えられたように、身体の中の気を集めて、地面の下に放出する。

 ドクンと、地面が波打つように波紋を広げ。それに反応して地表が明るく光った。

 土の下にわずかに残っていた竜の気が、急速に活性化されて。

 ポコポコと音を立てるように、一面の土が小さく盛りあがって。芽が顔をだし、双葉が茎を伸ばして。そして蕾をつけた。

 ポン、と一つ咲くと。ポンポンと次々に青い花が咲いていく。

 涙の雫(ティアドロップ)のような形をした蕾が開くと、澄んだ湧き水のような清々しくてほのかに甘い香りが溢れだした。

 そしてその花は、中から柔らかな青い光りを放っていた。

 巨大な満月の白い光りの下で、青く光る花々がユラユラと揺れている。

「……まるで絵本の世界みたい。きれいな光景……」

 感動したクレアが瞳を潤ませている。

「花の中はどうなっているんだろう」

 セシルが子供のように花に駆けよって、その中をのぞきこんだ。

 花の中では、青い花粉をつけた細いオシベに囲まれて、中心に立った大きなメシベが白く淡い光りを発していた。

「メシベが白く光っていたのか」

「花びらを通して青くみえていたのですね」

 ささやかな謎が解けて、嬉しそうに笑いあう。

 リチャードは、周りの土ごと掘り出した竜の涙を大切そうに、ここの土を入れておいたケースに採取した。

 それを確認したセシルが。

「パック」

 とすでに顔馴染みになっている妖精の名を呼ぶ。

「はいはーい、呼んだ?」

 ポン、と黄緑色の服を着た妖精が現れた。

「あ、クレアだ。久しぶりー、ニアは元気ー?」

 現実に引き戻されて、クレアは笑いながら。

「こんばんわ、パック。ええ、ニアは相変わらずよ」

「今度の祭りには遊びに行くからって、伝えといてよ。あとユージーンにも会うならさ……」

 長くなりそうなパックのお喋りを、セシルがさえぎって。

「パック、仕事。このサンプルの苗を温室のジャックに渡して。ついでに僕達も一緒に、ここから精霊界へ移動を……」

「わかった、これな! クレア、バイバーイ!」

「あ、待て!」

 話の途中で、パックが苗だけを持って消えた。

「またあいつは、わざと……」

 セシルをからかうように、裏ばかりかくパックには日頃から手を焼いていた。

「まあまあ。無事に苗は持っていってくださったようなので、大目に見てあげてください」

 とリチャード。

「素敵な景色を満喫できるので、私的には良かったです」

 クレアも笑っている。

「……そっか、明日のことはまた明日頑張ればいいよね」

 最近ではクレアの家系の流儀に染まってきて、王子の頃よりも上手な肩の力の抜き方を覚えたセシル。

「お二人とも、ココアはいかがですか?」

 リチャードが火からおろしたポットとカップを持ってくる。

 白い湯気がのぼっているココアを手に。周囲を散策しながら、穏やかな気分を満喫していたら。

 クレアが大きな欠伸をした。

 それにつられたセシルの口からも、大きな欠伸がでた。

 リチャードが。

「明日に備えて、そろそろ休んだ方がいいかもしれませんね」

 と笑いながら言うと、少し眠そうな目をしたクレアが。

「そうですね、明日のために体力を回復しておかないと」

 それにはセシルも同意した。

 普段使わない筋肉を使ったので、クレアにも疲労は溜まっていたようだ。

 リチャードはまだまだ余裕のある顔で。

「私はもう少し観察していますので、お先にお休み下さい」

 と腰をあげた。

 テントに戻ると、荷物の整理を始めたクレアが落ち着くのを待って。

 セシルは持ってきていた二人用の特注のシュラフに潜ると。

「クレア、おいで」

 と自分のシュラフにクレアを呼んだ。

「セシル様の大きな荷物の中身は、それだったんですね」

 クスクスと笑いながら、クレアは素直に同じ寝袋に滑り込む。

 セシルがクレアの冷えた足先を自分の足にはさんで温めた。

「セシル様、冷たくないですか? 大丈夫?」

「平気、昔から体温は高い方だから」

 ……温かい。

 子供の頃、冬には母親が同じことをしてくれていたことをクレアは思い出した。

「温かくて、幸せで……眠くなってきました……」

 セシルの肩におでこを当てて、クレアがふわふわと幸せそうに笑っている。

「寝ていいよ」

 セシルはクレアのおでこにキスをした。

「セシル様……」

「うん?」

「幸せです……本当に……」

 スースーと、クレアから寝息が聞こえてくる。

「僕だって……死んでもいいくらい幸せだよ、クレア」

 もう一度、おでこに優しいキスをして。

 セシルも目を閉じた。

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