第61話 眠る少女の秘密
精霊王の妹であるシャルルが、初めて恋をした相手は。
浮き世離れした兄といつの間にか仲良くなっていた、若き魔王だった。
淡い初恋を胸の奥で秘かに育んでいる間に、魔王は赤い髪を持つ人間の娘と恋に落ちた。
娘を守るために精霊王の加護も受けながら。若い魔王は、魔物たちがありのままでも健全に機能する組織作りに尽力した。
結ばれた二人の間に愛らしい娘も生まれて。
幸せそうな彼を見ることは幸福でもあったが、シャルルにとっては初めての失恋でもあった。
そんな時、彼らと仲が良かった人間の王セルシオが彼女の心の支えとなった。
セルシオは少年時代、深刻な病を治療するために精霊界にしばらく滞在したが。その時に看病していたシャルルに恋をした。
しかしそれは誰の知るところでもなく。
その後は王位を継ぐ際に娶った妻を大切にし。流行り病で妻とは死別したが、後継者となる男子もいた。
息子が成人すると王位を譲り。王の激務から解放されたセルシオは、静養の為に精霊界にきた。
親身なセルシオに支えられる内、シャルルの中でも小さな愛情が芽生え。
それはいつしか本物の愛へと変わっていた。
「魔王って、ゼノか?」
「はい。あの愚か者です」
だからレニーはゼノを敵視していたのか。
祖父だと思っていた父と、精霊王の妹の子。それがセシルだった。
「密やかに愛を育んでいたお二人から、突然お父上だけを奪っていったのは病でした」
シャルルにとって永遠の別れは、頭で理解は出来ても心が追いつかず。
その日、眠りについて以来。
シャルルはずっと眠り続けている。
「……通常、精霊は身体の繋がりを持ちません。人と精霊の時間の感覚は違い過ぎているので、誰も考えもしなかったのです。でもお母様は少女のように好奇心が旺盛な方でした」
誰にも教わらなかったので、自分の妊娠にも気付かないまま。
彼女は長い眠りについてしまった。
いたずら好きな妖精達が、彼女の所へ遊びにきては部屋を花だらけにしたり、髪を勝手に編んだりしていく。
その後始末が、レニーの毎日の仕事だった。
そんなある日。
赤ん坊の泣き声が城内に響き渡った。
レニーがかけつけると、ベッドの中でセシルが生まれ落ちていた。
「最初にシーツの中から貴方を発見したのは私でした。あの時は、本当に驚きました」
母乳がでなかったので、精霊王はセシルの兄である今の王に協力を頼みに行った。
王城ではその日、難産の王妃が母子共に危険という緊迫した状況だった。
そこに巡り合わせた精霊王は。取り替え子としてセシルの世話を城の者に任せて、王妃ごとお腹の子を精霊界に連れ帰った。
そして自然の気の力を借りて、瀕死の王妃のお腹からユージーンを取りだした。
セシルが人間界にいるのなら、自分もそこで彼を守らなければと。レニーが精霊界を去る際。
シャルルの部屋の扉を、内側からは開けられる状態で封印した。
精霊達が撒いていく花や、シャルルが好きだからと部屋にときどき降り積もる雪を片付ける者がいなくなるという理由の他に。
セシル以外の人間の子供を近づけたくないという私情があって、鍵はレニーが持ち去った。
シャルルが目覚めた時、最初に見る相手はセシルであってほしかった。
「ただユージーン様が産まれた時に問題が発生して。容易にはセシル様を取り戻せなくなってしまったんです」
「問題?」
「はい。生まれたのは王女でした」
「……ん?」
ケリケリケリ。
ニアがゼノの足に飛びついて、後ろ足で連打のケリを入れている。
「ゼノこら! ディーナを護れって言ったのに、なんでここにいるんだ!」
「イテテ。爪が、食い込んでるって」
「お馬鹿のせいでディーナが心配だ! 俺様は帰る!」
「クレアのこと、ディーナに頼まれたんだろ?」
キーッ! とニアがさらに蹴りに力を込める。
「お前が責任とれ! さっさと連れて戻ってこい!!」
「わかったわかった」
ニアはゼノの足から離れると。
「パック! 俺様を帰してくれ!」
と仲間を呼んだ。
「いいよー。でも帰ったらニア、怒られるんじゃない? なんか厳しそうなおばあちゃんだったよね」
一瞬、ギクっとしたニアだが。
「愛されているから、大丈夫! ……たぶん」