第六話 婚約破棄
5年後。
貴族の子息や令嬢が通う王立学園内の廊下を、情熱的な赤い髪を持つ侯爵令嬢が歩いている。
子供の頃にあったソバカスも消え、スラリと手足も伸びて健康的な17歳に成長したクレアは。
前からやってくる少女に気づいて。
「こんにちは、ジュリエッタさん」
笑顔で手を振る元気な様子は、あまり変わっていなかった。
控えめな笑顔で、膝を折り。
「クレア様、ごきげんよう」
と挨拶を返すのは。
珍しい紫色の瞳に、白金の髪を持つ、落ち着いた雰囲気の16歳の少女。
平民から男爵の養女に迎えられたばかりのジュリエッタは、生徒がほぼ貴族という学園の中では浮いた存在だったので、遠慮がちに人と接していた。
最近、18歳になった第一王子オーランドがジュリエッタに想いを寄せているという噂が広まっていたが、そんな畏れ多いことがあるはずないと本人は思っていた。
婚約者のクレアがその事を気にした様子は一度もなかったが、クレアの前では少し緊張する。
「実は、少し相談したいことがあるの。このあとお茶でもいかが?」
今日は初めてクレアがジュリエッタをお茶会に誘ってきた。
「は、はい」
少し戸惑いながらもジュリエッタは了承する。
学園中が周知のゴシップに。
「ついに修羅場か!?」
聞き耳をたてていた周囲の人間が、固唾をのんでいる。
その気配に動揺するジュリエッタと、それに気づいたクレアがあわてて。
「あっ、違うの。大丈夫よ」
と誤解を解こうとする。
婚約破棄が後回しになっていることで、人目に晒され続けている現状に限界を感じていたクレアが。
ジュリエッタに気持ちを聞いた方が話が早いのでは? と気づいて、お茶に誘っただけだった。
足をとめた人々の中にクレアの姿を見つけた弟のルイが。
「姉さん、何してるの!?」
と走ってきた。
「……悪目立ちするから、あっち行って」
クレアがつれない態度をとっていると。
「君達、何をしているんだい?」
クレア達の後ろから颯爽と。
キラキラしたオーラを放つ、第一王子オーランドが現れた。
(……ますます面倒なことに)
彼の登場で、周囲にさらに人が集まってくる。
クレアは抱えたい頭を振って気をとりなおすと。
「なにか誤解されてしまったみたいですけど、心配はいりません。ジュリエッタさんとお話したかったので、お茶会にお誘いしていたんです」
と状況を説明する。
クレアが婚約者という立場に固執して他人に害を与えるような人間ではないことを、オーランドもよく知ってた。
「誤解……そうか、私のせいかもしれないな」
と、しばらく考えるような仕草の後。
急に姿勢を正して。
「クレア嬢。こんな場所で申しわけないのだが」
オーランドは、正面から真っすぐにクレアをみて。
「……婚約を解消してもらえないだろうか」
キター!
と、クレアを含めてほぼ全ての者が思った。
待ち望んでいた言葉が第一王子の口からでた瞬間。
クレアは会心の笑みで。
「承知いたしました、オーランド様。私の方は、全く問題ございません」
と即答した。
逡巡する間もない答えに。
「あ、ありがとう。ははっ、君らしいな。いろいろと迷惑をかけてしまったね」
思わずオーランドも笑ってしまう。
唐突な婚約破棄に、周囲がざわついている。
「クスクス」
近くから、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「本当に婚約を解消してしまって、よろしいのですね? 兄上」
生徒の間から。気まぐれな猫のような雰囲気をまとった少年があらわれる。
銀髪をアシンメトリーに切った前髪の下に独特な色をした瞳を持つ、16歳になった第ニ王子のセシルだ。
背はあまり伸びなかったが、大人になる直前の人間離れした美しさを体現している。
「セシル、私はもう決めたよ」
オーランドはジュリエッタを振り返ると、少女の前に片ひざをついて。
「突然すまない、ジュリエッタ。君に出会った日から私は、その紫水晶のような瞳としなやかな心に惹かれて……」
公衆の面前で愛の告白を始めている。
肩をすくめたセシルが、兄をスルーして。
クレアの前へとやってきた。
「兄上が迷惑かけてごめんね。クレアの貴重な時間が5年も無駄になっちゃった」
不思議な色の瞳でクレアを覗きこんでくるセシル。
まるで仔猫みたいだ、とクレアは思った。
セシルは、クレアの両手の指に自分の指を絡めて。
キュッと胸の前で握ると。
「ここからは僕のルートだよね、クレア。全身全霊をかけて、僕がクレアを守るよ」
にっこり、と可憐な笑顔をみせた。




