第57話 精霊王の帰還
「俺を消してくれ、今すぐにだ」
元盗賊の男が懇願している。
クレアは少し困った顔をしていた。
「消滅とかは、ちょっと出来ませんが。違う場所への解放なら……あ、眠っていないから無理かな」
「何でもいい。寝るなりなんなり、とにかく試してくれ」
ユージーンが二人の間に入って男を睨む。
「ダメだよ! クレアはこれからボクと王都に行くんだから」
豊かな表情を持ったカボチャ頭のジャック・オー・ランタンも、両手を広げながら男に近づいて。
「まあ、そう死に急ぐなよ、マイサン。せっかくの機会だろ。お前のことをもっと知りたいから、ゆっくりしていきな」
男は、彼の方を見ずに。
「あんたのせいでロクな人生じゃなかったぜ、ジャック」
吐き捨てるように言う。
「そりゃ聞くのが楽しみだ」
楽しそうな声に。
チッ。とマイキーと呼ばれた男は舌打ちをした。
庭の迷路から、突然。
『ピー!! ピー!! ピー!!』
侵入者を発見した際に吹かれる警笛が鳴り響いた。
ザワザワと迷宮全体が動く気配がしている。
「お? 誰かが庭の警備で引っ掛かったみたいだな。庭が騒がしくなるぞ」
楽しそうなジャックとは逆に。
「なんか嫌な予感がする。精霊王さま、まだかな」
ユージーンが眉をひそめている。
温室の中央には、ファウンテンタイプの大きな噴水があった。
ロココ調の大きな杯の上には、愛らしい天使の少年がおしっこをする彫刻が立っている。
その噴水からピタッと、水の音が消えた。
「やった、間に合ったー!」
ユージーンが喜んでいる。
空中に、不自然な水の塊が出現していた。
それが徐々に大きくなって、人の姿へと形を変えていく。
見覚えのある姿となった時、じわっと内側から色がついた。
「ただいま。おや、みんなここにいるとは都合が良いね。王都はすぐに迎える準備を整えてくれるそうだよ。良かったね、ユージーン」
そこには精霊王が立っていた。
「精霊王さま、遅い! ボク早く王都に行きたいんだから、急いで」
いきなりユージーンに文句を言われて、やれやれと肩をすくめている。
「キミはそのせっかちな所を直さないと、立派なお姫様にはなれないよ」
と言いながら、精霊王が周りを見回して。
「ずいぶんと賑やかな事になっているんだね。君は、ニア? なんだか久しぶりだね」
尻尾の先までカチコチになったニアは。
「精霊王お久しぶりでございます。ご機嫌麗しゅうでしょうか」
言葉遣いが少しおかしい。
「相変わらずみたいで、嬉しいよ」
精霊王は笑顔をみせた。
「精霊王さま、そーゆーのは後にしてくれる!?」
ユージーンが癇癪を起こしかけている。
「なにをそんなに慌てているんだい? 彼らと合流するのが、ユージーンは嫌なのかい?」
「そうなの! だから、もう早くー。協力してよ」
「仕方がないね。では、道を開こうか。王都に行く者はこちらに集まりなさい」
ユージーンがホッと息をはいた。
「まさかコイツだけ残るのか!? 無理だ、俺も行く!」
慌てて駆け寄ろうとするマイキーを、ジャックが後ろから羽交い絞めにした。
「バカを言わないの。ちゃんと抑えておくから、気にしなくていいよ」
精霊王が腕を広げて。
「では、こちらに」
ユージーンとクレアは近づくが、ニアとパックは立ち止まって。
「今からあの噴水小僧のおしっこを浴びるのか?」
「ちょっとヤだねー」
コソコソと内緒話をしている。
「安心しなさい、違う方法もあるから」
苦笑しながら精霊王が、指の先で頭上にスーッと光る一本の線をひいた。
光りの線がゆっくりと口を開いていく。
線の内側からのぞく景色は、ガラス張りの温室の天井ではなく。
豪華なシャンデリアと、美しい青空を背景に空想上の生き物が描かれた芸術的な天井画で。
クレアにも見覚えのある風景だった。
空中に浮かんだ円が光りを放ちながら。
みんなを飲み込むように、ゆっくりと降りてくる。
その時。温室の外で強い風が吹いた。
温室の窓をすべて揺らす音に混じって、大きな羽音が聞こえる。
視界が替わる直前。
温室の硝子張りの向こうに、夕焼けを背にした人影がみえた。
そのシルエットにクレアは見覚えがあった。
「あれは……」
「クレア見て、人間のお城の中だよ!」
ユージーンが興奮している。
言われるまま視線を上げると。
そこは、もう見覚えのある城内の広間だった。
第一王子との婚約でも訪れた事がある、王のプライベートな謁見の間。
クレア達はその場所に立っていた。