第54話 開かずの扉
「えー、この男の事だったの!?」
ユージーンが嫌そうな声をだしている。
元盗賊の男は迷惑そうな態度で。
シッシッ、と追い払うように手を振った。
「ボ、ボクは犬じゃないんだぞ!」
怒って顔を赤くするユージーンとの間に。
「まあまあ。君たち、落ち着きたまえ」
とニアが割って入る。
「なあ、悪者のおっさん。そろそろここから出たいんじゃないのか? この扉の外は、実は精霊界でな。つまり綺麗どころが……(下半身が魚や蛇だったりするが)よりどりみどりなのだ。な、悪いようにはしない。俺様に手を貸してくれ」
穏やかな生活にも飽きていた男の反応は。
「……気になる部分もあるが、まあいい。俺に何をさせたいんだ」
意外に悪くなかった。
ニアが嬉しそうに。
「うんうん、悪役は話が早くて助かる。ある扉の鍵をな、開けて欲しいんだ。ただ精霊界製だからなー、人間のおっさんにはちょっとむずかしいかもなー」
「暇つぶしになればいいんだ、つまらん駆け引きはいらん」
ニアの安っぽい挑発を聞き流して、男が淡々と受ける。
「やった! やっぱり、本物の悪役は格好いいな!」
本心から憧れている様子のニアが、男の前に出て。
「こっちだぞ!」
と案内を始める。
扉を出る前、男が後を振り返ると。
鉱山掘りの男がニコニコと見送りに立っていた。
「あんたは来ないのか?」
しばらく共に生活していたので多少の情はあった。
「自分はここに残るよ。最後の地がこんなに美しくて穏やかな場所とは思ってなくて……今、幸せなんだ」
ここに来て。自分をはっきりと認識できるようになってからは、影ができるほど姿も濃くなった。今では見た目も常人と変わらない。
でも穏やかな笑顔を浮かべる男の影はずいぶんと薄くなっている。
「……そうか、じゃあな」
お互い最後の挨拶を交わして、男は扉をくぐった。
桜色の扉の前で膝をついた男が。
「これか」
懐から革製の包みを取り出して、鍵穴を調べている。
「イケそうか?」
ニアはそのすぐ隣にいて、興味しんしんという顔つきで男の仕事をみている。
「……」
男は無言で、細い鉄の棒を二本取り出すと。
鍵穴に上下からそれぞれ差し込んだ二本を、別々に動かしていたが。すぐに。
カチ。と小さな音が鍵穴から聞こえてきた。
「やったのか? やったんだな!?」
肉球でパンパンと男を叩いてニアが興奮している。
「ああ。開いたぞ」
立ち上がった男が、ニアのために扉を少し開けてやった。
ニアが真っ先に部屋に飛び込んだ。
「シャルルの姫様、生きてるか!? ……って、あれ?」
後に続くと。そこは淡いピンクや白いレースで飾られた、少女が好みそうなかわいい部屋だった。
部屋の真ん中には、桜色のベッド置かれ。
そこには、まるで人形のように可憐なお姫様が横たわっていた。
パックがベッドの周りをクルクルと廻りながら。
「そっかー。ここは、シャルル様の部屋だったんだぁ。あははっ」
と笑っている。
「パック、知ってたな! もう、小さい頃から散々怖い話で脅かして」
ユージーンがぷんぷんと怒っていた。
「……こんなに騒がしいのに、どうして目を覚まさないのかしら」
クレアが首をかしげる。
ふわふわの銀色の髪と同じ色の長い睫毛は、閉じたままピクリとも動かない。
「かれこれ、16年以上も眠ったままだよ」
パックは詳しかった。
「身体は大丈夫なの?」
「うん。シャルル様、精霊だから。人間と違って何も食べなくても、自然の気を取り込んでいれば消えたりしないよ。ここはどこよりも澄んだ自然の気が満ちている場所だから、大丈夫」
寝顔をのぞきこんだニアがクンカクンカと鼻息を当てて。
「なんだ心配して損した」
とつぶやいた。