第50話 迷宮の青い薔薇
「ボクの部屋においでよ、クレア。着替えもあるし、泣いたらお腹が減っちゃった」
ニアのおかげで少し元気になったユージーンに誘われて、クレア達は精霊王やユージーンが暮らす城へと向かった。
古い森をしばらく歩くと、徐々に普通の樹木が生えた森に変わり。さらに進むと森を抜けて花々が咲き乱れる野原にでた。
その先に白い城が見えた。
「不思議な形のお城ね」
貝殻を粉にした粘土で作ったような鈍い光沢を放つ白色の城は、曲線的で角がない。
手前には、広大な迷路の庭園が緑鮮やかに広がっていた。
近づくと迷路から薔薇の甘い香りが漂ってくる。
薔薇の生け垣で仕切られた迷路の入り口に立って。突き当たりで左右に消える道を、クレアはぼうぜんと眺めた。
「これはどうやって抜けたらいいの……?」
少し離れた生け垣の前でユージーンが。
「クレア、こっちだよ」
と手招きする。
そこにはひときわ大きな1輪の薔薇が、蕾みをつけていた。
その花弁の色は通常とは異なって。
「青い薔薇!?」
クレアが頬を上気させる。
「とても美しい瑠璃色。お婆様達にも見せてあげたいな」
感動しているクレアを見て、ユージーンはイタズラっぽく笑った。
「ふふふ。それだけじゃないよ、見てて」
コホン、あー。と喉の調子を整えて。
「かわいい迷路の番人さん。おウチに帰りたいんだけど、通してくれないかな」
ユージーンが薔薇の蕾に向かって話しかけると。
青い薔薇が、ゆっくりと蕾を開き始めた。
さらに濃い香りが周囲にあふれていく。
開いた薔薇の中には。
頭に大きな青いリボンをつけた小さな女のコが、ちょこんと座っていた。
少女は、ふわぁ…と大きな欠伸をしてから。
「いつの間にお外に出ていたのユージーン。あら、そっちの紅い人間はお友達?」
「そーだよ、人間の友達が出来たんだ。今から一緒にウチに行くんだよ」
「こんにちは、クレアといいます。とても幻想的な美しい色ですね。初めて青色の薔薇を見たので感動しました」
「あなたの世界にはまだ仲間はいなかったかしら。あら? あなた。人間でも上等な部類ね。草花や自然をいつも大切にしてくれてありがとう」
「そんなことがわかるんですか?」
驚くクレアを見て。ふふふ、と笑っている小さな女のコは、見かけよりも精神年齢が高そうだ。
「猫をかぶるな、草の分際で」
ニアが足元から顔をだした。
ザワザワッ。
風も無いのに生け垣が一斉に揺れる。
「お主は黒い悪魔!? 性懲りもなく舞い戻ってきたか!」
「……今度は何をしたの、ニア」
クレアがあきれている。
「別にたいした事はしてないぞ。こいつらが生意気だったから、ちょっぴり焦がしただけだ」
「迷路全域をちょっぴりと言うか!? この悪魔め!」
小さくて可愛らしい薔薇の精霊が、怒りでぷるぷると震えている。
「お前らが生意気なんだよ。花びらをむしるぞ」
薔薇の花びらが閉じていくのを見て、慌ててユージーンが二人の間に割って入る。
「待って。彼をここに放置するよりも、ボクらを通してくれた方が安心じゃない?」
「……」
閉じかけた花びらが、また開いてゆく。
「わかったわ、ユージーン」
少女はなるべくニアを視界に入れないようにして。
「念の為に、悪魔が手を出せないように捕まえておいてもらえないかしら」
とクレアに頼む。
「だから、生意気だって……」
言いかけたニアをクレアがサッと抱き上げた。
「もちろん喜んで」
ニアは尻尾でパシパシとクレアを叩きながら。
「こら。ディーナ以外なんて、本当は馬の尻尾に掴まってるみたいなもんなんだからな。自覚しろよ」
ブツブツ言っている。
「じゃあ出発するね」
ユージーンが青い薔薇に向かって。
「お手にどーぞ、お嬢さん」
貴公子のように手を差し出した。
手の平にピョンと跳び移った少女を、自分の肩に運ぶ。
ちょこんと肩に腰をかけた少女は、耳元でささやいた。
「あの悪魔は早く追い返しなさい。あなたが心配なの、ユージーン」
「でも、ニアはボクの新しいお兄ちゃんなんだよ」
少女はブルルッと身体を震わせ。
「そんな恐ろしい冗談をいうのはやめて!? もう悪影響がで始めてるわ」
ユージーンはそれ以上言うのはあきらめた。
少女が進行方向に向かって。
「城へ」
と腕を払うと。
壁を作っていた蔓がザワザワと動きだして、目の前に道ができた。
踏みだすごとに次々と壁が通路に変わり、ついには城まで真っ直ぐに通り抜けられる道が現れた。
それを進むと、すぐに。
大きな窓が開放された、美しい庭にたどり着いた。
いろいろな色の花が咲き誇り、ドワーフなどの置き物が点在する庭は。ユージーンがこっそりと城内に出入り時用の秘密の場所らしい。
向こうにはガラス張りの大きな温室もみえた。
「いつもありがとう」
ユージーンがお礼を言いながら。
いつの間にか閉じた後ろの生け垣に咲いた青い薔薇の上に、少女を乗せた。
少女は。
「ユージーンと仲良くしてあげてね、紅い人。……黒い悪魔はさっさと消えなさい、永遠に」
そう告げて、薔薇の蕾の中に消えて行った。
「最後まで腹の立つヤツだな」
クレアの腕から降りたニアが文句を言っている。
今まで気配を消していたパックがポンと現れた。
「あー、面白かった。ニアがいるとやっぱり退屈しないな」
「なんだよ今頃、隠れんぼか? パック」
「仕方ないだろー。彼女、怒らせたら恐いんだから」
「やーい弱虫毛虫」
ニアがパックをからかっている。
ユージーンはクレアの手を握ると。
「そろそろお昼だね。早くランチにしよう、ボクが腕を振るってあげるよ」
城へと招き入れた。