第五話 月下の魔王
木刀の打ち合う音が、森に響く。
ゼノが暇潰しに子供たちに剣を教えていた。
まだ出会って2日目なのに、男子はすっかり師匠と弟子のような顔をしている。
ゼノはなかなか優秀な先生だった。
護身術を習ったクレアも短時間で、ルイあたりなら放り投げたり、腕を固めたりすることができるようになった。
その夜更け。
ゼノが、セシルの部屋のバルコニーに現れた。
「……そんな訳でそろそろ帰ろうと思ってさ。今から記憶を消すけど、俺に関する部分を封印するだけだから、大丈夫。また再会すれば思い出すし」
と言った。
「……は? もう一回」
寝入りを起こされたセシルは。
レニーが帰りが明日で良かったと思いながらゼノの話を聞いていたので、肝心なところを聞きそびれた。
「おーい、起きろー。だからー、俺は魔王様なの。そんで帰らなきゃいけなくなったから、記憶を消していくぞ。ってなんで二回も……」
ブツブツといっているゼノは。
襟に黒い羽根のファーがついた漆黒の服に身を包んでいる。
小麦色の肌、翠色の瞳はそのままで。闇よりも濃い漆黒の髪は長く伸びて夜風に揺れている。その隙間から尖った耳も見えていた。
額の生え際から捻れた黒い角が2本、空に向かって伸び。背中には黒い翼が生えている。
「……その格好はなんなの?」
「あー、ほら。視覚から入った方が伝わるかと思って。厨二病とかじゃないからな」
ちゅうに……?
口を開きかけるが。
「そろそろ行くよ」
ニッと笑ったゼノに頭を撫でられた。
「……もう?」
名残惜しくなっているセシルの頭を、ぐりんぐりんと撫でながら。
「またな、セシル」
犬歯をみせて笑っているゼノの顔が、だんだん霞んでいく。
記憶はそこで途切れた。
レニーが戻ると。
「何もおかわりはありませんでしたか?」
土産を渡されながら心配されるが。
「別に何もなかったよ。あ、そういえば、兄上の婚約者に会った。それが、変わった侯爵令嬢で……」
森で出会った姉弟の話をした。
こっそりついて森の奥まで行ったが、そこは空き地になっていて。危ないので帰りは三人で協力しあって帰ってきたこと。
ルイとは友達になったことをレニーに話した。
森に入った事に関しては少し説教されたが、友人ができたことはとても喜んでいた。
ただ話しながら、セシルは何か足りない気がしていた。
誰かを思い出せそうで、何度も失敗する。
大切なことのような気もしたが、最後まで思い出せなかった。