第45話 意外な客人
「クレアはどこから来たの?」
「えーと、夢から?」
「夢!?」
ユージーンが純粋な青い瞳をキラキラさせて、クレアを見ている。
「私は今、夢の中にいて。実際の身体は自室のベッドで寝ているの……ちょっと信じ難いかもしれないけど」
ユージーンがおそるおそるクレアの手に触れて。
「でもクレアに触れるよ」
「ここは色々と不思議な場所だからかな」
クレアにも説明はできなかったので、笑って誤魔化した。
理屈はわからないがここではクレアに対して、魔法も暴力も一切の攻撃が無力化し。肉体がないはずなのに、普通に人と接触できる。
「ユージーンは、どうしてここが精霊界だって知ってるの?」
「精霊界にあった扉を開けたら、ここに出たから」
ユージーンは、首まわりがフワリと開いたシャツにパンツ。足元にはロングブーツとシンプルだったが、かなり良質な物を身につけていた。
「クレアはここから出る方法を知ってる? 帰る前に扉が消えちゃったんだ」
クレアは少し困った顔をして。
「それにはちょっと問題があって。ここから出られてもそこは人間界で、しかもどこに出られるかまではわからないの。私が今いるジルニア領に近い場所だとは思うけど」
「人間界だって!? やった! クレア、今すぐボクを外に連れてって……」
「待ちなさい」
すぐ後ろの空間から白い手がにゅっと伸びて、ユージーンの細い肩をつかんだ。
「ユージーン!?」
クレアがあわててユージーンの腕を引くが。
「大丈夫だよ、クレア」
本人は落ちついていた。
腕を通していた空間の歪みが、縦に大きく広がり。
そこから、絵本から抜け出したような精霊の王が現れた。
うっすらと光る色素の薄いブルーの瞳は、涼しげで。夜風に流れる白銀色の長い髪からのぞく尖った耳には、繊細な耳飾りがシャラシャラと揺れている。足元は膝下まである紐付きのサンダル。
タイトなインナーの上には、風に舞うほど薄くて角度によって色の見え方がかわる不思議な服を纏い。それが羽衣のようにユラユラと揺れていた。
その彼を精霊王たらしめていたのは、こめかみの上辺りから天をつかむように伸びた、雄鹿のように立派な二本の角だった。
「こんな場所まで見つけてしまって、困った子だな」
耳に心地良く響く声が、少し呆れたような響きを含んでいる。
ふくれ顔のユージーン以外は、みんな驚いて目を見開いていた。
「もう放っといてよ、ボクは人間の国に帰るんだから! クレア、早く人間界に連れてって」
とクレアの腕をとるユージーンを。
「待ちなさい。わかった、王都に連れていくから少し落ち着きなさい」
精霊王があわててなだめている。
ユージーンて何者だろうと思っていたクレアが、ふと。
「王都? ユージーンは王都に行きたいの? 一番近いアストリア国の王都でも、私が今いる場所からはかなり離れているわ。強く思い浮かべればその場所に出られるかもしれないけど、確実ではないし。説明不足でごめんなさい」
「つまり簡単には行けないってこと?」
しゅんとしたユージーンに、精霊王がやれやれと。
「早く戻れるように相談してくるから、もう少しだけ大人しく待っていなさい」
「わかった。でも本当にすぐに王都へ連れていってもらうからね」
ユージーンは手足が長くて整った外見から、クレアと変わらない年頃に見えるが、言動は幼い印象だった。
精霊界で暮らしているから浮き世離れしているのかもしれない、とクレアは思った。
「もちろん、そうしよう。それにしても、こんなにも早く離れていってしまうとは……少々淋しいな。おや? 君はディーナではないね」
初めてクレアに気づいた精霊王に。
「はい、クレアと申します。祖母をご存知なのですか?」
「この場所は、彼女の母親に与えた加護の一部だから」
「知りませんでした。曾祖母のディアラは私が生まれた頃に亡くなったそうです。17年ほど経ちました」
精霊王は誰かを思い出すように目を細めて。
「人の寿命は短いけれど、また新しい生命が私達に希望をくれるから感慨深い。あのかわいかったディーナは今も元気かい?」
「はい、元気に過ごしています。今は村長として人生を謳歌していますよ」
「孫がいるということは、ゼノが彼女の結婚を認めたんだ。ふふっ。その時の顔、見たかったな」
「ゼノもご存知でしたか、不思議なご縁ですね」
クレアの首にユージーンが抱きつく。
「ねぇ、クレアも一緒に王都に行こうよ。それならボクも心強いから」
「力にはなりたいけど。そろそろベッドで眠っている身体が起きる頃かも……」
ユージーンがバッと精霊王を見て。
「お願い、精霊王様! ボクもクレアと一緒に起きたい! ちょっとだけ先に人間界を見てきてたらすぐに戻って、王都には精霊王さまと行くから、ね、ね!」
「こんなワガママも、聞けなくなると思うと少し淋しく感じるよ。情とは不思議なものだね。クレア、この先も末永くユージーンと仲良くしてもらえるかな」
「はい、もちろんです」
クレアが笑顔でうなずくと、精霊王も笑顔で。
二人の頭をぽんぽんと撫でた。




