第44話 秘密の庭
月明かりの下。
夢の中にある『秘密の庭』では、ここに残ることを選んだ元盗賊の男が川で釣り糸を垂らしていた。
元来の捻くれた斜視も無精ひげも、自然の中では多少穏やかに見える。
苦手だった王妃は先日、赤毛の娘によって解放された。
おかげで今は、アレキサンドライトを掘り出した元鉱夫との、男二人だが穏やかな暮らしだ。
ここ最近は、釣りをしながら過ごす事が多かった。
すぐ近くの何も無い空間が突然、水面のように歪み。
男がぎょっとする。
そこに自立した水色の扉が現れた。
扉がゆっくりと開いていくのを、いつでも逃げだせる態勢で注視する。
扉の隙間から、金色の髪がサラリとこぼれ落ちた。
「なに、ここ……」
美しい若者が扉から顔だけ出して、おそるおそるこちらをのぞいている。
肩から滑り落ちる真っすぐな金髪は、顔の横で片方だけ細く三編みに編まれ、耳にかけられていた。
見た目はエルフか精霊のように浮き世離れした雰囲気を持っていたが、耳は人間と同じ形ち。
整った顔は年齢が測りにくかったが、どこか幼さの残る碧眼は十代半ばから後半にみえた。
視線が合うと、男はしかたなく竿を上げて。
「新入りか? あの赤毛の娘は魔物しか来ないと言ってたが……お前、魔物なのか?」
訝しそうな視線をむけて、ぶっきらぼうに聞く。
「魔物なんかと一緒にしないでくれる!? ねぇ、ここはどこ? あんたこそ本当に人間?」
少し高慢なその態度が鼻について。
「……お前、貴族の子供か? 俺は貴族も子供も大っ嫌いなんだ。他の人間に相手してもらってくれ」
シッシッ、と男が手を振ると。相手が眉をあげた。
「なにそれ!? ボクだってそうだよ! わかった、じゃあ他の人間を連れてきてよ!」
「知らん、自分で探せ」
素っ気ない男の態度に。
「なんだよ、もう! 人間って、みんなこんなに不親切なの!?」
プリプリと怒りながらも、他の人間を探そうと扉から足を踏みだして。
両足がこの地を踏んだ瞬間。
扉がスーッと消えてしまった。
「うそっ!?」
顔色をかえるが、すでに帰り道は失われた後だ。
男はフンと笑って、釣りを再開した。
心細かったが、この男にだけは頼りたくなかった。
なるべくその場からは離れないように、別の人間を探していたら。
近くにあった小屋の中から、薪を手にした男が出てきた。
身なりは良くないが、男とは違って穏やかな表情だ。
「おや。どうやってここに来たんだい?」
「そこに扉があったんだ。今はないけど、あの男も見てるから聞いてよ」
ふてくされて答えている。
「扉が? そうか、そういうこともあるんだね」
穏やかな声で言われて、少し肩の力も抜けた。
「それより。ここは精霊界の領域なのに、なんで人間がいるの? ……まさか、牢屋とか?」
チラッと元盗賊の顔を見ている。
「えっ、ここは精霊界だったの?」
後ろから声がした。
「もー、誰!?」
振り向くと、そこには。
見たことのないほど鮮やかな赤い髪を持つ少女が立っていた。
「精霊界だったなんて、全然知らなかった。あれ? どちら様ですか?」
「ボクはユージーンだよ。君は誰?」
ユージーンは初めて見た年の近い人間に、ドキドキしながら尋ねると。
「私はクレアです。今晩は、ユージーン」
クレアはにっこりと笑った。




