第37話 ニアのお節介
もうすぐ日も暮れるという頃。
「あいつはな、悪い魔物だぞ」
前夜祭の宴から離れた片隅で。
ワイン樽の上に登ったニアが、ラルフの恐ろしさをシアに話していた。
この娘だけがあの悪魔を避けて、遠巻きにしている。教育次第では仕返しに使えるかもしれない。
「あの狼はな、魔物の国では朝食に仲間の脳ミソを啜ってたんだぞ。昼には別の魔物の肉をレアで食ってるのも見た、しかも夜はな……」
「こら、嘘をつくんじゃないよ」
通りがかったディーナが、ニアの耳を引っ張っていく。
「嘘じゃないぞ。ディーナは知らないだろ、魔物の国のことなんて」
シアに信じこませようと、ニアが頑張っていた。
「……誰が仲間の脳ミソを啜ったって?」
いつの間にか後ろにラルフが立っていた。
「ゼ、ゼノだよ、ゼノ。そう聞いたことがあるって話」
ニアはソワソワと、逃げる態勢に入っている。
「あれ、ラルフさんの話じゃなかったんですか? えっ、ゼノさんが魔物を!?」
「……」
ラルフが爪を伸ばした手で、柔らかいニアの尻尾をガシッと握った。
「ま、まて! 勘違いだぞシア! 全部ゼノの話だからな!」
尻尾でお尻を持ち上げられて、ニアがあわてている。
「なになに、俺の話?」
ゼノも現れてニアの尻尾はボワッと膨らんだ。
「もう! シアじゃお話にならないや!」
逆ギレを装って、立ち去ろうと試みるが。
ラルフにかわってゼノが、その首根っこを掴んで。
「あっちで、ちょーっと話そうか」
と笑顔でニアを連れ去った。
「大変! ニアさんが食べられちゃう!?」
あわてているシアに。
「いや、食べないから大丈夫」
つい笑って、子供相手のようにポンと頭に手を置いてから。
しまった、という顔をするラルフ。
「さっきのお話しは、全部嘘ってことですか?」
シアが頭の上にある手に無意識に手を重ねて、ラルフを見上げた。
「!?」
ラルフは一瞬、固まるが。ハッと自分を取り戻すと。
「も、もちろん嘘だから。じゃあ」
そ〜っと手を抜いて、ギクシャクと立ち去ろうとする。
シアはその手を掴むと。
「そうだ、ラルフさん。良かったら一緒に屋台を周りませんか?」
と笑顔で言った。
「えっ!?」
少し離れた休憩場で。
「シアに馬鹿なことを吹き込むな、純粋だから信じるだろ」
テーブルに乗ったニアにゼノが説教していた。
「ずいぶんとあの娘にご執心のようですね、旦那」
弱みを握ったぞ、とニアが悪い笑みを浮かべている。
その時。
視界に入ってきた光景に。
「おい! あれ見ろ、あれ!」
すぐに反応したニアが。ゼノの顔をガシッと掴むと強引に横を向かせた。
そこには、シアと並んで歩くラルフの姿があった。
ガッチガチになっているラルフに、シアが楽しそうに話しかけている。
背の凸凹感を含めて、なんとも微笑ましいカップルだった。
「ぷっ、手下に女を取られてやんの。ぷぷー」
ニアが口に手をあてて楽しそうに笑っている。
「いや全然、良かったけど」
と温かい笑顔でラルフを見ているゼノを。
バシバシ、とニアが叩く。
「大丈夫だって、強がんなくても。手下に女を取られたなんて恥ずかしいこと、絶対誰にも言ったりしないからさ……ぷくくく」
「いいけど、言う気まんまんだよな」
「まあまあ。そんなに落ち込むな。俺様がミルクを奢ってやるからさ。かわいそーに、砂糖入れるか? ……ぷぷぷ」
ニアが全く人の話を聞いてないので。
「……じゃ、入れて」
ゼノは諦めた。