第36話 ラルフと醤油味
前夜祭では。
午前中にすべての準備を終わらせた村で、練習がてら屋台などの料理が振る舞われる。
日が沈む前から、屋台で売られる梅酒やフルーツパンチで大人はほろ酔い気分に。
楽しく浮かれた雰囲気の中で、普段は見たこともないような美味しいものを食べて、子供達も興奮していた。
明日には彼らも、大切な働き手になる。
明るいうちに、不具合は無いかと調べて回っていたクレアとゼノに。力仕事を終えたラルフが合流する。
そこに。
「クレア様ー」
焼きトウモロコシの篭を抱えたシアが走ってきた。
ラルフの鼻がピクッと動く。
村にきてからずっと、誰かに観察されていた。
獣人のラルフにとってよくあることなので、そっとしておいたが。目の前の眼鏡をかけた小柄な少女からは、覚えのある匂いがする。
童顔で背が低くて、子供のような少女だった。
なのに、なぜ凹凸が大人……?
「ラルフ、どうかしたか?」
「あ、いえ。なにもないです」
シアがクレアの前で興奮気味に。
「クレア様、この焼きトウモロコシを食べてみて下さい! 食欲を刺激するいい香りがして。香ばしくてしょっぱいのに、トウモロコシは甘くて!」
「そ、そんなに美味しいの?」
珍しいシアの様子に驚いているクレア。
鼻を高くしたゼノが笑って。
「はっはっは。2年も熟成させた醤油を使っているからな、旨いだろ」
「はい! あ、皆さんのも持って来ましたよ。どうぞ」
とシアが篭を差し出す。
「ラルフさんも、おひとついかがですか? あ、失礼しました。はじめましてでしたね。クレア様のメイドでシアと言います」
シアがニコニコと笑顔で籠を差しだす。
これまで陰からラルフを観察してきたが、彼はいつだって紳士的だった。
子供が好きで、裏表ない性格は子供達からも好かれ。ニア以外で、彼を悪く言う者はいなかった。
ラルフが少しぎこちない動きで、焼きトウモロコシを受け取ると。
「ありがとう。俺はゼノ様の従者だ、よろしく。シア」
名前を呼んだらなぜか顔が熱くなったが、毛皮に隠れているのでラルフはホッとした。
ゼノがニコニコと。
「そういえばシアってさ、彼氏とかいるの?」
ポロリ。
ラルフの手から焼きトウモロコシが落ちた。
「いませんよ、もー。ゼノさんったら、からかわないで下さい。あっ。ラルフさん、トウモロコシを落としましたよ」
シアがかがんで拾おうとしたので。
「大丈夫だ、取る」
トウモロコシを掴んだラルフの手の上に、シアの手が重なった。
「あ、ごめんなさい」
「!? イヤ、ダイジョウブダ」
ラルフは、拾ったトウモロコシを無意識に齧っていた。
「「あ」」
ジャリ。
嫌な音が響いた。ラルフは気づかない様子でジャリジャリと芯まで平らげ。
「ゼノ様の醤油は相変わらず旨いですね。ハハハ」
カラカラと笑った。
クレアとゼノが顔を見合わせる。
シアはキョトンとしてから。
「ラルフさんて、なんか面白い人ですね」
と笑った。