第34話 尻尾と牙
「お帰り、早かったね」
村の入り口まで迎えにきていたディーナに。
「ディーナ! 元気そうだな!」
笑顔全開のゼノが腕を開いたハグの体勢で近づく。
ディーナは眉の間にシワをよせて。
「この村にそんな挨拶の習慣はないよ」
とその辺に落ちていた棒でゼノを押しやる。
「相変わらず冷てーの」
不貞腐れたゼノが、ディーナの足元にまとわりついている黒い塊に気づいて。
「あれ、どっかで見た猫?」
「はあ? 誰……に゙ゃ゙!?」
ゼノを見上げたニアの尻尾が、倍に膨らんだ。
クルリと踵を返して。
「に、にゃーん」
さりげなく遠ざかっていく。
……怪しい。と誰もが思った。
ゼノに続いて駆け込んできたラルフが。
舌をだして激しく息をしながら、ルイを降ろした。
服を受け取ると一瞬で身につけて、二足歩行に戻る。
ニアをひと目見るなり。
「ちょっと待て」
むんずと、その膨らんだ尻尾を掴んだ。
「!? はな…シャー!」
微妙な猫のふりを続けながら。
ラルフの腕に爪をたてるが、効きめはない。
「ゼノ様。こいつは以前、宝物庫の番人をしていた……」
「ディーナ、助けて!! 悪い狼に食べられるよ! 大きなお口、こわーい!」
ラルフの手を払いのけ、ディーナのスカートにしがみついてニアがわめく。
ディーナは抱き上げて、顔の前にニアをかかげた。
「何をやらかしたんだい?」
「えーなんのことー?」
かわいく首を傾げて、ニアは目をそらした。
ゼノが思い出したように。
「ああ、お前。ウチの宝物庫から宝石を盗って逃げた、もと番人……いや、番猫?」
肩をすくめたディーナが。
「まったくしょーがないね、ほら」
と両手で抱えたニアをゼノの前に差しだす。
「ちょ、やめてー!」
ジタバタと暴れるが、ディーナは離さない。
ニアは必死に身の潔白を訴えた。
「こいつが……この魔王がいけないんだ! 領地を買うとか言って、お宝を使いまくりやがって。あんな寂しい宝物庫に、番人なんか必要ないだろ!」
「わかったわかった、もう時効だ。ディーナにはあんまし面倒かけんなよ」
ゼノがニアの小さな頭にポンと手を置くと。
シャー! と威嚇して。
「男が気安く触るな! あと、ディーナに馴れ馴れしくするな!」
伸ばした爪でニアがゼノの手をひっ掻こうとする。
「危なっ」
それをゼノはサッとかわした。
「毎回毎回、懲りない子だね」
ディーナにポンと放り出されて、クルリと着地した目の前には。
無言でパキポキと拳を鳴らすラルフがいた。
ニアが尻尾を巻いて。
「ばかー! ディーナもばかー! ばばぁー!」
捨て台詞を残して逃げた。
「まったく」
ディーナは肩をすくめたが、村長の顔に戻って。
「あんた達はいつものように、しばらくウチに泊まるんだね?」
「やった! メシはうまいし、温泉もあるし。最高だな、ラルフ」
「はい、お世話になります」
ラルフが律儀に頭を下げた。
「ウチの猫にも見習ってほしいもんだよ」
とディーナは溜め息をついた。
「……」
シアが、離れた木の陰からゼノ達をみていた。
ポンと肩を叩かれ。
「ぴゃっ」
と跳び上がると眼鏡がズレた。
「なにしてんの?」
ルディが、後ろからシアの視線をたどって。
「獣人? シアは魔物が怖いの?」
「逆にどうしてみんなは怖くないの!?」
泣き出しそうなシアに、ルディは笑って。
「そりゃクレア様も、ディーナ様も平気みたいだし。村の誰一人、怖がってないからだよ。大丈夫なんじゃない?」
ルディの言葉には納得できたのに。
昔読んだ絵本で見た絵が、シアの脳裏に焼きついてて離れない。
悪い魔物に騙されて、頭から食べられてしまいそうな子供の絵は、幼心にトラウマを植えつけた。
その絵本の魔物は、大きな狼だった。




