第33話 村へ
500年ほど前、ゼノは人間だった前世の記憶を持ったまま魔族として生まれた。
美味しい食事やデザートのために、人間と和解しようとしたが。その際に障害となった前魔王をいきおいで倒してしまった。
近頃はやっと魔物以外の種族とも連携がとれてきたが、人間族否定派も根強く残っているので。
しかたなく魔王を続けている。
夕月とラルフの話が落ち着いたところで。
「よし。じゃあ、そろそろ行くか」
ひょい。とゼノがクレアを軽々と抱き上げる。
「わっ? なになに!?」
突然のお姫様抱っこに、クレアはあわてた。
「ついでに送ってくよ。どうせ俺ら、祭りまでは村に缶詰めだし」
「そうなの?」
「ディーナに散々こき使われてさ。祭りが終われば、ポイッて森に返されるんだよ」
ゼノはクレアを抱き上げたまま肩をすくめた。
「あ、ルイか夕月。どっちかはラルフの背に乗れるぞ」
とついでのように振り返った。
「え?」
ルイがまばたきをする間に。
夕月はすべての馬の手綱を集めて。
「私のことはお構いなく。他の馬も連れて、愛馬の小豆とゆっくり戻るので」
サッと自分の馬に跨がった。
小豆は名前通り、白地に小豆のような赤茶色の斑が入った賢い馬で。有事にも移動手段が絶たれないようにと普段は別の馬小屋で世話になっている。火事の日もヘレナの息子夫婦の馬小屋にいたため事なきを得ていた。
ラルフが上半身の衣服を脱ぎ「諦めろ」とルイに渡した。
ブルッと全身の毛を震わすと、彼は4本足の巨大な狼の姿に戻った。
いつの間にか地面にパンツ類が落ちている。
ルイはラルフが咥えたそれも仕方なく受け取って、荷物にしまった。
「じゃ、行くぞー」
ゼノがクレアを抱き上げたまま、フワリと浮きあがる。
ラルフがルイに。
「股を絞めて、しっかりと首にしがみつくんだ。できるだけ身体を伏せて、風の抵抗を減らしてほしい」
狼の乗り方をレクチャーしている。
「じゃ、競争するか。よーい、どん」
急に巻き上がった突風に、夕月が目を閉じた。
再び夕月が目を開けた時には、もう誰もいなかった。
上昇するという新鮮な感覚。上から吹く風を感じるのはクレアも初めてだった。
地面に触れていない足はスカスカして心許なかったが、身体を支えるゼノの二本の腕は、微動だにしない安定感で落下を意識させない。
「下を見てみな」
クレアが地面に目をやると。
足下には、広大な深緑の森が広がっていた。
「すごい、森の地形がよくわかる」
森との境からは道が伸びていて、小さな屋根が並ぶ村まで続いている。
背後に迫る岩山が触れられそうなほど近くに感じられた。
森から飛び出してきたラルフと、その背にしがみついたルイの姿が見えた。
「行くぞ。一瞬だから、振り落ちないように掴まってろよ」
声が終わらないうちに、今度は前方から突風がきた。
息ができない!? と思った次の瞬間。
クレアは村の入口に立っていた。
自分の足で立っていたのに、いつゼノが降ろしてくれたのかもわからなかった。