第三話 異国の王子様
獣道をたどって。
道の先を隠していた小枝を払うと、急に視界が開けた。
目の前には、カラフルな花々でガーデニングされた美しい庭が広がっている。
青や紫色の花を基調にした花やハーブが咲きほこる庭には、他に野菜畑やフルーツの木々、低木のベリー類などもあった。
「おっ、来たか?」
褐色の肌をした20代後半の黒髪の青年が、糊の効いた白いクロスをテーブルにかけていた。
快晴の青い空に、白い布がフワリと舞う。
青年がグレーのベストの裾から、細い腰とバックルをのぞかせて。風に飛びそうになったクロスを空中でつかむと。
捲った黒いシャツの袖からのびた褐色の腕に、血管が浮きあがった。
手首には赤いミサンガを結んでいる。
クレアよりも濃いダークグリーンの瞳をした青年だった。
「本当にいた、本物の異国の王子様!」
クレアが目を輝かせている。
「王子様ってガラじゃないけどな」
と笑う笑顔には白い犬歯がみえた。
クレアはワクワクしながらお菓子の家を探したが。
崖を背にして建っていたのは、ログハウスだった。
「あれ? お菓子のお家がない……」
残念そうなクレアに。
「母ちゃんの時はお菓子の家だったか。今回は張り切ったからな、さらにグレードアップしてるぞ」
「でも、普通のログハウスにしか見えないけど」
クレアの言葉に青年は、ニッと犬歯をみせて。
「こっちだよ」
と大きなお盆をテーブルに運んでくる。
かぶせてあった特大のケーキカバーを持ち上げると。
「「!?」」
そこには、巨大なお菓子のお城があった。
縦に立った細めの白いロールケーキを塔にみたて、ロウソクのロウのように垂れた生クリームの上にのせた巨大な苺はとんがり屋根。
その塔に四方を囲まれて、カラフルなフルーツを挟んだスポンジケーキのお城がある。
「素敵!!」
「……すごい」
姉弟がそれぞれ感嘆の声をもらしている。
「だろー?」
と得意げに胸を張っている青年に。
「もっと近くで見たいです」
すでに足を踏み出しているクレア。
「もちろん、おいで。今、美味しい紅茶を淹れるから」
青年がコイコイと手をふり。
「はい!」
と歩きだしてすぐに。クレアが、ピタッと足を止めた。
「姉さん?」
後ろからルイが覗きこむと。
青年の足元に無造作に置かれていた銀色の毛皮が、むくりと起きあがった。
毛皮だと思ったそれは、鈍い銀色の巨大な狼だった。
立ちあがれば間違いなくクレア達よりも大きな狼が、金色の目で二人を見ている。
「お、狼!!」
ルイが声をあげて腰を抜かした。
青年が狼の頭をポンポンとなでて。
「怖がらせるなよ、ラルフ」
と言うと。
銀色の狼はゆっくりと離れた場所に移動して、ふたたびそこに身体を沈めた。
「俺はゼノで、あいつはラルフ。呼びすてでいいからな」
ゼノが自己紹介する。
狼のラルフはリラックスしながら、耳だけでこちらをうかがっている。
「ゼノとラルフ」
クレアが口にだすと。
ゼノは笑顔でうなずいて、ラルフは尻尾を振って応えた。
ホッと安心して。
「私はクレアです、こっちは弟のルイ」
腕にしがみついてプルプルと震えている弟を引き上げながら、クレアは笑顔で自己紹介をした。
ガサッ、ガサッ。
突然、二人の後ろの茂みが音をたて。
「ひゃあ!?」
ルイがまた飛び上った。
茂みをかき分けながら出てきたのは、クレアも見覚えのある少年だった。
「森の奥に、こんな場所があったなんて」
身体についた木の葉をはらっているのは。
ルイと同じくらいの年で少し背が低い少年。
ダークシルバーの髪を斜めにカットした前髪の下には。
ブルーアイに黄色のグラデーションが入った、希少な瞳があった。