第29話 黒猫退治
「黒猫め、もう許さん! 」
シルドが怒っていた。
切った髪を初めて披露した時のみんなの衝撃も、クレアの想像以上だった。
口々に似合うと褒めるし、実際にとても似合っていたが。
自分の意志とは別の理由で女性が髪を切るという事には、男性の方が敏感だった。
まるで腫れ物に触るように気を使っている。
「なら、そろそろ捕まえようかね」
とディーナが簡単に言ったので、みんなは驚いた。
「おばあ様、そんなことができるの?」
「そりゃあ、わたしの得意分野だから」
決行は明日の夜。
新月なので、ディーナが言うにはケットシーの魔力が一番弱まる日らしい。
村の十字路にニワトリを繋いでおけば、夜に魔猫が現れて簡単に捕らえられるという。
捕らえる為の網が必要だというので、魔除けのセージを編み込んだ荒い麻縄を、みんなでせっせと編んだ。
翌日。明るいうちに、十字路の上にかかるように繁った枝に細工をして。夕方、麻縄で作った網を仕掛ける。
厄払いだとディーナに言われたダンが用意されたニワトリを一羽、十字路の一角に繋いできた。
クレア達はカモフラージュの為に、家で待機中だ。
日が落ちると。
ルディが捕獲用の網を持って近くに潜み。シルドも一番近い家で様子をうかがった。
月のない夜。
村が静けさと闇に包まれた頃。
「あーあ、腹が減った。まったく、しけた村だな。草ばっかりで肉の気配が無い」
黒猫のニアが、家々を覗き込みながら塀の上を歩いていく。
納屋や小屋があるといちいち覗きにいくが、家畜の姿は全くない。
今日はディーナから、小さな家畜は家の中に隠すように、と指示があったので村の人達は守っていた。
皆、立派な菜園を持ち、四季折々の花が咲く美しい庭の家々だったが。
一昨日からたいした物を口にしていないニアには、つまらない草が生えたつまらない家にしか見えなかった。
月はなく人の気配もない、肉の気配も全くない。
ニアはやけくそになって、道の真ん中を歩き始めた。
「ちぇっ、ヒドイ目にあった。あの小娘とはとことん相性が悪いらしいな。さっさと宝石を取り戻して、こんなしけた村からサヨナラしたいってのに」
ぶつぶつと文句を言いながらニアがフラフラと進む。
村の中央にある十字路に、何故かニワトリがいた。
月もないのに、その姿は白く輝いている。
視界に入った瞬間から、ニアはそのニワトリに釘付けになってしまった。
もちろんお腹が空いていたのもあったが、それだけでは説明出来ない引力で引っ張られていく。
ぐー。お腹がなる。
今まで見たニワトリの中でもダントツに美味しそうに見えた。
「なんてうまそうなニワトリなんだ!」
ヨダレまで垂らしながら、ニアは無防備に近づいていく。
「あーん」
その手羽先に噛りついたところで、バサッと上から網が落ちてきた。
避けようとしたが、手羽先の魅力には抗えず。口を離せなかったせいで、網の中にすっぽりと収まってしまった。
そのまま。
「ムシャムシャ。うん、ウマー」
食べた後でゆっくりと出ればいいや。
とニアが網の存在を無視していると。
「本当だ。こんな簡単に捕まえられるなんて、ディーナ様はすごいお人だなー」
聞いたことのある声が聞こえた気もしたが。
ニアは無視して、今までで一番美味しい食事に専念した。