第24話 村長の帰還
「……様。クレア様、おはようございます」
シアの声で目を覚ました。
「シア? あれ……ここは」
ぼんやりとした頭でクレアが周りを見回す。
「今日は大奥様のお宅にいく日ですよ。昨日は早起きするって仰ってましたのに、起きてこられないので起こしにきました」
やっと頭の中の整理ができた。
「ごめん、ごめん。夢の中でバタバタしてたから、すっかり頭から飛んでたわね」
「夢で?」
熱い蒸しタオルを渡しながら、シアが不思議そうな顔をする。
夕月が真面目な顔で。
「また例の庭に?」
「うん、でも恐い魔物はいなかったわ。それよりも、寝坊し過ぎたかしら」
顔半分にタオルをあてて、クレアが聞く。
「大丈夫、シアが心配性なだけだよ」
と夕月が笑った。
「クレア様がなかなか目を覚ましてくれないし、心配したんですよ」
プーとふくれてシアがいう。
「ごめん、ごめん。すぐ着替えるね」
クレアはベッドを降りた。
ここよりもさらに西の山脈近くの村までは、馬車で半日以上の距離があった。
馬車には祖母のディーナが乗り、ルディとシアが御者台に座っている。
他は馬に乗って村にむかった。
シルドも視察の仕事のついでだと言って、ついてきた。
馬車の中と御者台をつなぐ小窓を開けて。
「この馬車はまた随分と振動が少ないね」
ディーナがルディに話しかける。
「車輪と車体の間にバネを仕込んであるんです。実用性重視でカスタマイズしてあるんで、旅にはこれが一番なんですよ。荷物も沢山積めますしねー」
「とても快適だよ。お前さん、なかなかやるね」
「喜んでもらえて良かったでーす」
ノリは軽いが、ルディは出来る男だった。
クレアは慣らしを兼ねてクロエに乗ってきていた。クロエは従順で、問題なく長距離もこなしている。
「後少しだから、頑張ろうね」
話しかけると耳を動かして返事をした。
お昼を過ぎた頃。
「もうすぐ着くぞー」
といったシルドの言葉通り、すぐに村が見えてきた。
「なんか村の方が騒がしいな」
村の入り口辺りに人だかりができている。
「あっ、帰ってきた。ディーナ様ー!」
村人が口々に祖母であるディーナの名を呼んでいる。何かがあった様子にクレア達は馬の足を早めた。
「どうした、何かあったのか?」
代表らしき男にシルドが聞く。
「これはシルド様、良かったです。今、使いをだそうと話していたところでして、ディーナ様も一緒にお帰りですか?」
「はいはい、戻ったよ」
と祖母が馬車から降りてくる。
この村の住人にとってディーナは、村の長であり、医者で薬師であり、相談役でもある偉大な魔女だった。
実際に魔法が使える訳ではなかったが、その知識と行動で、赤い魔女として名が通っている。
ディーナの留守中に村をまとめていた男が説明した。
「ディーナ様、魔物がでました。ダンのところのニワトリがやられて、ダンも昨夜から目を覚まさずにウンウンと唸されています」
「おやおや、それは大変だ。このまま向かおうかね。悪いがお前さん、荷物を家に降ろしておいてもらえるかい? クレアはこっちを手伝っておくれ」
ディーナはルディに荷物を頼むと、馬車から降ろした医療用の鞄をクレアに渡した。
「はい、おばあ様」
シルドが。
「俺も行こう」と言うと。
「僕も」
すかさずルイも真似をしようとしたが。
「ルイはダメ。ルディをおばあ様の家まで案内してあげて」
クレアに止められた。
「なんで僕だけー」
膨れっ面のルイに。
「ルイ様、先導してくださーい。行きますよー」
おいでおいで、とルディが手招く。
「どーしてお前が仕切ってるんだよ」
ブツブツと拗ねているキースの世話はルディに任せて。
クレアたちは騒ぎがあった家へとむかった。
その家の周囲には人が集まっている。
家に入ると、ベッドの横でオロオロしていた若い妻が。
「ディーナ様、夫を助けてください!」
わっと泣きだした。
ベッドに横たわっていたのは、頑丈そうな男だったが。
青白い顔で。
「化け物が……幽霊に囲まれた……!?」
なにやらうなされている。
「これは、何かよほど怖いものを見たね。でもダンは元々、怖がりな子だから。障りというたぐいではなさそうだよ」
「では夫は大丈夫なんですか? 良かった」
妻がホッと胸を撫で下ろす。
「ダン、起きなさい」
ディーナがダンの鼻を、ぎゅっとつまんだ。
「むぐ!?……ぷはーっ! なんだ!? あれ、ディーナ様?」
妻が差し出した椅子に腰をかけながら、ディーナが質問をする。
「いったい何があったんだい?」
「そ、それが、左右の色が違う光る目玉にニワトリを盗られました! そいつが幽霊を大勢呼び出して、俺を捕まえようとしたんです! ふー、危なかった」
思わず汗をぬぐうダンに。
「あんたは気を失って倒れていたって話だったけどね」
「本当ですか!? じゃあ、あの幽霊達はどこに行ったんだろう」
「あのー」
とクレアが手を上げた。
みんなの視線がクレアに集まる。
「その魔物と幽霊に心当たりがあるんですが……」