第23話 ドナウ村の怪
バタン、ガタン。
鶏小屋から派手な物音がする。
ダンは起き上がって、同じく目を覚ました妻と顔を見合わせた。子供達はまだスヤスヤと寝息をたてている。
森からやってきた狐が、また大切なニワトリを襲っているのか。今年はすでに食欲旺盛な春先にもやられている。
もう許すものか。
ダンは、入り口に立て掛けてあった干し草用のフォークを握った。
「小屋を見てくる。お前達は家から出るなよ」
心配そうな妻に告げて、家の外にでた。
この辺りでは村にまで狼がでることはなかったが、用心は怠らない。
周囲を確認しながら、そろりそろりと小屋にむかう。
バタン。バサバサ。
「コケーッ!」
小屋の中ではニワトリ以外の生き物も暴れているようだった。
「にゃ。もー、動くなよ! ますます腹が減だろー!」
思いがけず人の声がした。
しかも若い、というより幼い声。
ダンは。
「こらー!! このニワトリ泥棒め!」
大きな声をだしながら、バタン! と小屋の扉を開けた。
そこには。
「……しゃー!」
宙に浮かんだ青と緑色の光った目玉が。
血のついた可哀想なニワトリを、首の辺りから持ち上げていた。
「ば、化け物!? 化け物がでたー!」
見たこともない恐ろしげな光景に。
ドシンと腰を抜かしたダン。
ダンは立派な体格の男だったが、心霊現象の類は大の苦手だった。
『あらまあ、大変。化け物? どこかしら? 見てみたいわ』
少し離れた村の入り口辺りのところで、呑気な声がした。
「こっちだ、助けてくれ!」
思わずダンが応援を求める。
『そこか。よし、今いくぞ!』
何故か嬉しそうな、張り切った別の声も。
その声に敏感に反応した化け物が。
「嘘だろ!? もうこんな所まで!?」
と慌てている。
ダンがそちらを見た時には。
化け物はニワトリと一緒に消えていた。
「消えた!?」
呆然とするダンの後ろで気配がする。
『あら、もう消えちゃったの?』
『なんだ、間に合わなかったのか』
『残念だな、見たかった』
駆けつけた動機は不純だったが、助かったのは彼らのお陰だ。
「ありがとう、助か……」
振り向いたダンが硬直した。
そしてそのまま、意識はフワッとどこかへ飛んでいってしまった。
バターン。
『あらあら、大変』
『体格に比べて、肝が小さい男だな』
『助け起こさなくていいのか?』
半透明の貴婦人と紳士達が、ゆらゆらと浮いている。
「おーい、ダン。どうしたー」
家々に明かりが灯りだし、人が近づく気配がする。
『とりあえず、隠れておきましょうか』
『それが無難だな』
『そうしよう』
人影はゆらゆらと闇の中に溶けて消えた。