第22話 黒猫ニアの災難
ぽん。
いきなり見知らぬ道端に放りだされて。
黒猫のニアは、ポテンと地面にお尻をついた。
夜だった。街灯の明かりもない田舎道の真ん中で、足を投げて座っているような格好のまま放心している。
虫の音がうるさかった。
「こ、怖かった。助かったのか? 」
いまだに毛は逆立ったままだったが、周囲にあの恐ろしいモノ達の気配はない。
ホッと安堵の溜め息がでた。
「もういやだ。ニーナに会いたいよぉ」
自由奔放に暮らしている普段は、思い出したりしないのに。ごく稀に、心細くなった時だけ思い出す顔がある。
もう二度とは会えない人間の面影だ。
もともとニアはただの小さな黒猫だった。それは300年以上も昔の話。
今は一括にされているが、昔は白い魔女と黒い魔女がいて。ニアは高名な白い魔女ニーナの飼い猫だった。
イタズラ好きな性格に手を焼きながらも、ニーナはニアをとても可愛いがっていた。
ある日、高度な魔法構成の作業中に、こっそりと忍び込んだニアが巻き込まれてしまった。生死の選択でどうしても死を選べなかった彼女は、ニアに膨大な時を与える羽目となった。
寿命を全うしたニーナの死後、ニアは精霊王に引き取られた。自らかってでた宝物庫の番人は真面目に務めていたが、それ以外の場所ではイタズラざんまいで。
ついには、精霊の国を追い出されてしまった。
その後も魔物の国に行ったり、逃げ出したりして。
放浪の末にニアは、自分の宝物庫を持つことに決めた。
珍しい宝石があれば自ら訪れた。
先日も。ずっと欲しかった有名なアレキサンドライトを、ただのジプシーが持っているという情報をつかんで交渉にいったら。
ニアよりも先に来ていた自称男爵という成り金みたいな男が。
第2王子を殺さないかぎり娘が殺されるぞ! とジプシーの女を脅していた。
チャンスだ! と思ったニアは、男が帰った後。
アレキサンドライトをくれたら殺しは請け負ってやる、と交渉を持ちかけた。
悩んだ末に女は決断した。
紙に手形まで押してやったのに、ニアが帰ってすぐ女はそれを燃やしてしまった。
拘束力はないのにやってやろうと思ったのは。相手が人間の女だからと特別扱いした訳じゃない。
王族や貴族なんて奴らが大嫌いなだけだった。
そしたら、訳がわからない内に変な場所に飛ばされて……
そこで酷い目にあった。
「あ」
せっかく手に入れたはずのアレキサンドライトがないことにニアは気付いた。
「あんの赤毛の小娘め! むきー!」
悔し紛れにあちこちゴロゴロと転がり回る。
「くっそー、どうやって取り戻すか」
道の真ん中で大の字になって考え始めた時。
ポワン。
目の端に、ほんのりと明るい灯りが現れた。
「ん?」
寝転がったまま顔だけ向けて見る。
ポワン。とさらに灯りが増えた。
「な、な、なんだとー!?」
ダッシュ。
遠くに見える村の灯りにむかって、全力で走り出す。
振り向かない。なぜなら。
現れたのは先程の悪夢の続きだったから。
『まあ、さっきの可愛い猫ちゃん。あらあら、行っちゃったわね』
クレアに解放された幽霊が三体現れた。
淑女と紳士が二人で、その姿は透けている。
『おや、これだけかい? 他の者は望んだ場所に行けたのだろうか』
『さあ、どうだろうな。我々だけ、たまたま消えずに済んだという可能性もあるぞ』
彼らはゆらゆらと、立ち話を始めた。