第21話 アレキサンドライトの亡霊
石に触れた時、最初の記憶が脳裏に浮かんだ。
内部に不純物を持っていることの多いアレキサンドライトで、完璧な透明度でこれだけのサイズは国宝級。
最初に石を見つけた男は、喜んだのも束の間。仲間に裏切られて殺された。
そこから、石のゆく先々で持ち主が謎の死をとげる呪いの連鎖は始まった。
『ちょっとあなた、どういうつもりなの!? せっかく可愛い住人が増えると喜んだのに解放するなんて……あら?』
『おい君! 今のはなんだ!? もしや、わたしにも同じことが出来ないか!?』
偶然だったが、石からの解放に興味を持った者もいたようだ。
「えーと。この場所だったら、石をここに残したまま皆さんを外の世界に戻すことが出来ると思います。ただ、石から切り離された皆さんが外の世界に戻った時にどうなってしまうかまでは、わかりませんが……無事であれば、今の時代の様子を見て回るのは楽しそうですよね。外に出たい方はいらっしゃいますか?」
ほとんどの者が、外に出たいという意思を持っていた。
皆、石に囚われてただ存在するだけの毎日には飽き飽きしていたし。百年を超えて囚われていた者にいたっては、すでに消滅さえも解放と同じ意味を持つ。
「行きたい場所を強く想ってみて下さい。その場所に行ける可能性があります」
クレアが一人づつに触れながら、外に解放していく。
希望者が消えていき、残ったのは三人。
帰るあても身内もいない外へなど出る気にならないと言ったのは、宝石泥棒だった男。
ここには、果物がなる木や魚が泳ぐ小川もあって。川のそばの小屋には、釣り具や火を起こす道具まで揃っている。
徐々に弱っていき、最後には消えてしまうことをクレアが説明したが。
気晴らしに釣りができるなら、ここでいい。と残ることを決めた。
残る人物にも、話しかけてみる。
「外への興味がありませんか? それとも、外に出ると消えてしまうかもしれないことが気にかかりますか?」
最初に殺された鉱物掘りの男と。
もう一人は高貴なオーラを放つ貴婦人だった。
貴婦人が身につけているアクセサリー類は、その辺の貴族より数段は勝る高価なものだ。
彼女は最初から、一言も口を開いていなかった。
「いつから囚われていたのですか?」
『……』
クレアと視線を交えようともしない。
『こちらさんは一番の新入りで、17年前にはオルコット国の王妃様だったお方だ』
代わりに鉱石掘りの男が説明してくれる。
『……下賤の分際で、差し出がましい真似を』
少し怖いタイプだったが、まさか隣国の元王妃様とは。
17年前といえば、クレアが生まれた頃だ。
「そうだったのですね。たしかその頃、王様がご隠居されて。第1王子様が新たに王様となられたのですよね」
『なんですって!?』
扇子をバッと開くと。
元王妃は目元から下を扇子で隠した顔を、グッとクレアに近づけて。
『確かに、第一子が王になったのか!?』
「は、はい。弟君と力を合わせて国民に慕われる良い施政を行なっていると、この国まで噂が聞こえてきますよ。いい王様なんですね」
『そう、ジュリアスが力になって……』
急に肩の力が抜けて。
ホッとしているのか、しょんぼりしているのか。
どっちともつかない様子でフラフラと、元王妃はベンチに向かって歩きだした。
クレアと鉱物掘りの男は顔を見合わせて、その後についていく。
すでにベンチには宝石泥棒の男が座っていたが。
王妃に無言で目の前に立たれ、何とも言えない顔で席を譲った。
王妃はベンチに優雅に腰をかけると。
ほう、と扇子の影で上品な溜め息をついた。
「大丈夫ですか?」
『ええ、ありがとう』
すっかり毒気の抜け落ちた様子が気になって。
「何があったのですか?」
クレアは尋ねてみた。
『わたくしが知り得なかった事を教えてくれた恩人だから……あなたには、話しても良いのかしらね』
足元の高価なヒールの先に悲しげな視線を落として、王妃は静かに話し始めた。
『あの頃わたくしは王妃として、第1王子である我が子を立派な王にする為だけに、心血を注いでいたの』
そんな彼女には心配の種があった。
長男のクリスは子供の頃から身体が弱くて、病気がち。対して側室が産んだ弟のジュリアスは体にも恵まれて、周りに慕われる素直な性格だった。
『だから常に、第2王子を次期国王に望む声があったわ』
ある時、ジュリアスが密かに会っていた娘に子供ができたことを知った王妃は。
『この呪われた宝石を、彼女のもとに送りつけたのよ。でもジプシーによって呪いは返されて……』
フッと、自分を鼻で笑う。
「どうしてそんなことを?」
『当人は知らなかったようだけれど、彼女は公爵が外でつくった娘。公爵さえ認めてしまえば、次期王にふさわしい後ろ盾にもなるわ。だから関係が露見しておらず、子供が生まれる前に。呪いですべてを亡き者にしようと思ったの』
「そんな事があったのですね。今ではクリス陛下もご結婚されて、お子様もいらっしゃいますよ。元気な王子様だそうです。ジュリアス様はお独りのようですが、バリバリお仕事を頑張っていると聞きます。近々この国にも王様の名代としてやってくるとか」
『そう、わたくしは考え違いをしていたのね。本当に良かったわ、誰も犠牲にならなくて』
憑き物が落ちたような顔で王妃は微笑んだ。
少し落ち着いたらここから出してほしいと、彼女はクレアに言った。
鉱石掘りの男は、全ての者の行く先を見届けてから消滅すると決めているそうだ。