第19話 ジルニアの馬
都会の雑踏から離れた大自然の中で、穏やかな時間が流れていく。
シルドの案内で、クレア達は馬に乗って草原や森をのんびりと散策していた。
よく来ていた避暑地なので、遠出の手段として必要な乗馬は従兄姉達から習っていた。
運動が苦手なルイも乗馬だけはできる。
ジルニアは馬の名産地で。白馬の名馬が多いことで、この辺境の領地は国内外に広く知られている。
クレア姉弟と夕月、シルドの4人は、馬の飼育が盛んな山裾の村まで足をのばすことにした。
村に着くと。
シルドがクレアに馬を一頭くれると言いだして。柵の中で自由に草を喰む馬から好きな馬を選んでくれ、と言った。
「この土地にいるなら馬は必要だからな。この白馬はどうだ? 今年初めて人を乗せた3歳の雄だ、元気いっぱいだぞ」
クレアと目が合うと若い白馬はトコトコと近づいてきて。
遊んで遊んで、とまだ少し幼い視線で話しかけてくる。
「かわいい子ね、いい子いい子」
と満足するまで撫でてあげた後、他の馬も見まわして。
「みんな素敵だから、じっくり見てまわってもいい?」
「おう、ゆっくり選んでくれ」
クレアは柵から入って、馬特有の大きな美しい瞳を一頭づつ確かめていく。
クレアの足が、黒い馬の前で止まった。
「綺麗……」
漆黒の美しい馬だった。
毛だけでなく皮膚までが黒い、青毛と呼ばれる漆黒の身体。額にある特徴的な星の模様だけが唯一白く光っている。
色艶も良く、他の馬よりも足が太い。しっかりと大地を蹴って走る姿がすぐに目に浮かんだ。
「この子は?」
「クロエか? 立派な青毛だろ。4歳の賢い牝馬(メス)だ。精神年齢は、クレアと近いくらいかな」
初めの3歳児以外は、クレアの視線をさらりと受け流す大人の馬ばかりだったのに。
クロエはクレアが視線をあわせると、こちらの本質を読み解こうと瞳をのぞき返してくる。
近づいてきたクロエが、足を止めて落ち着いたタイミングをはかってから。ゆっくりと手の甲を近づけて、安心させるように匂いを嗅がせる。
クロエはリラックスした様子で、クレアの手に甘えた。
クレアが振り返って。
「この娘さんを私にください!」
と言うのを、シルドは笑顔で頷いた。
「いいぞ、家族として大事にしてやってくれ。いい主人ができて良かったなー、クロエ」
馬の首をポンポンと軽く叩く。
「シルド、ありがとう! クロエって素敵な名前ね。私はクレアよ、これからよろしくね」
頬をなでて話しかけるクレアに、クロエは嬉しそうに鼻をすり寄せた。
クレアに新しい家族ができた。
クロエと一緒に戻ると。
離れた村から祖母がクレアに会いにきていた。
ここよりもさらに西、魔物の土地を隔てる山脈に近い村。そこで祖母は村長を務めている。
今日は泊まっていくという祖母に。
この先は祖母の村で一緒に暮らしたいと、前から願ってきたことをクレアは真剣に頼んでみた。
祖母は意外にもあっさりと承諾してくれて。
明日。村に帰る祖母と一緒に、クレア達もここからさらに辺境の村へと出発する。