第17話 出発の朝
婚約破棄の翌日。
早朝、両親に見送られてクレア達は出発した。
薄い靄と、日の出前の白い光が包む城下町を。
屋根の荷台にたくさんの荷物を積んだ、無骨で頑丈な馬車が静かに進んでいく。
カーテンが降りて外からは見えなかったが、馬車にはクレアとルイが乗っていた。
御者台では、若いのに器用に何でもこなす腕利きの使用人ルディが、馬の手綱をさばいている。
その横に座る眼鏡をかけた娘は。メイドキャップに収めた明るい茶色の髪と、同じ色の瞳を持ったメイドのシア。
さらに馬車の横に馬を並べて、馬上からさり気なく周囲に注意を払っている人物は。
軍服に近い服装で、朱色の組み紐を使って黒髪を後頭部の高い位置で一つに括っている護衛の夕月。
イケメンにしか見えない彼女は、クレアよりも少し年上の東洋人で。この辺りでは珍しい刀を腰に差している。
早朝にもかかわらず、すでに商店街では仕入れや仕込みで人が動き出していた。
「夕月じゃないか。こんな朝早くからどこに行くんだい?」
いつも元気なパン屋の女将さんにみつかってしまった。
「おはよう。今日は奥様の御用なんだ。急ぐからまた」
馬上のまま会話して先に進もうとすると。
「ちょいと待ちな」
と言って、女将さんが店に戻るとすぐに紙袋を抱えて戻ってきた。
「ほら新作の焼きたてパンだ、持ってお行き」
と夕月に手渡す。
「お昼にみんなで頂こう、ありがとう」
頭を下げる夕月を。
「気に入ったら、また買いに来ておくれ」
女将さんは元気に手を振って送りだした。
城門にさしかかる。
すでに通達があったようで、そのまま通過できた。
門から少し離れた高台で、クレアは窓をあけて王都を振り返った。
街のそこかしこの煙突から、朝食の為の煙が昇っている。
いつもの日常が、これから始まろうとしていた。
「こんなに素敵な王都を、今まで見たことがなかったなんて。もったいなかったな」
朝の王都の美しさに目を奪われて、クレアが感動している。
「まさか、このまま帰ってこないなんて事はないよね」
不安がポロッとルイの口からでた。
この姉だけにあり得ることだ。
ルイは前から、セシルが姉を好いていることに気づいていた。
姉の中でセシルは、まだ自分と変わらない弟みたいな存在だろうから姉には黙っていたが。
セシルが誰よりも姉のことを慕っていることは知っていた。
馬車は人通りが多くて安全な広い街道を選んで進んだ。
昼は街道沿いの景色が良い草原で、ピクニックのようにみんなでランチを食べた。
新作という町の美味しいパンと、シアが持参したバスケットで、おなかも心も満たされる。
それからまたポクポクと、のんびり景色を楽しみながら。
一行は、母の実家がある西の領地を目指して進んだ。