第11話 黒猫と、赤い髪の伝承
タイトルのみ、変更しました
ジュリエッタを学園まで送った後。
御者はパン以外の荷物を男爵家に届けた。
ダレル男爵は驚いたが、すぐに上機嫌で。
果物や花などは家令に命じて屋敷で使い、民芸品や雑貨はジュリエッタの小屋に放り込んだ。
これだけ人気があれば身分の差など、さほど問題にはならないだろう。
王族に我が家名が連なる日も遠くなさそうだ。
男爵は有頂天だった。
第一王子好みの少女を探しだして隠し子と偽り、王子に近づけた。
なぜか好意的なセシル第二王子の協力で、次期王妃にも収まりそうな勢いだ。
一抹の不安は。頭の切れるセシル王子と、今後も協力関係を築いていけるかどうか。
王家に名を連ねた暁には、きっと目の上のコブとなるだろう。
脅威となる前、幼い今のうちに排除するべきではないか。
「……つらい選択だがやむを得まい。輝かしい前途に犠牲は必要不可欠なものだからな」
自分に酔っている今の彼に、恐いものなどなかった。
暗殺ではなく呪いの類いなら足もつくまい。
聡明な自分が恐ろしい……などと思いながら、男爵は。
占いを生業とし呪術にも詳しいジュリエッタの母親のもとを訪ねることにした。
夜。
夜着に着替えたセシルは、ベッドの上で考えごとにふけっていた。
レニーの作戦通り、たった一日で城下でのジュリエッタの知名度と好感度は、急上昇していた。
城下はなんとかなりそうだし、この勢いで宮廷内の方も上手く丸めこみたい。
今日の朝議では、隣国オルコット王の代理が近々表敬訪問に訪れるという話題がでていた。
あそこは小国で王も若いがうまく国を運営している。今度使者として来国する王の弟も、なかなかの好人物だという話だし。
何かに利用できないかな。
腕を組んで考えこんでいたセシルに。
「そろそろお休みになりませんか?」
レニーが声をかけて、温かいココアの入ったカップをサイドテーブルに置いた。
頭が疲れていたセシルは素直に応じて。
「わかった、もう寝る。レニーも休んでいいよ」
「はい、それでは失礼いたします」
レニーが静かに一礼して。
「お休みなさいませ、セシル様」
と退室していった。
ミルク多めのココアの甘さで、脳が癒される。
考えるのをやめて、身体の力を抜いて寝る体制に切り替えると。
すぐにフワッと眠気がきて、欠伸がでた。
窓の外では、赤ん坊が泣いているような猫の鳴き声がする。
猫の発情期っていつだっけ……
ぼんやりと思い出そうとするが、睡魔が思考を霧散していく。
高く低く、なぜか不安を誘う音階の猫の声。
それがだんだんと近づいてくる。
何かまずい、と思った時には。
「!?」
身体は金縛りにあって、指一本動かせなくなっていた。
いつの間にか猫の声は、部屋の中から聞こえている。
壁に巨大な猫の影が映った。
ベッドの端から何かが這い上ってくる気配に、セシルは息を飲む。
トン、と胸の上に現れたのは。
碧眼翠眼のオッドアイを持った、普通より少し大きいくらいの黒猫だった。
身体が動かないまま黒猫と目があう。
胸に馬乗りになった猫はセシルを馬鹿にしたように見下ろして。
「ナァー」
尖った歯を見せつけるように口を大きくあけて、低く鳴いた。
……魚くさい。
猫のはいた息に眉をひそめたセシルを、恐がっていると勘違いして。
黒猫は馬鹿にしたように、フンと鼻息をかけた。
「お前に恨みはないが、希少な宝石と幸薄い女の涙のために死んでもらう。悪く思うなよ」
黒猫は人語で話した。さらに。
「シャキーン」
とギンギンに研いだ自慢の爪を伸ばして、セシルの目の前にチラつかせてくる。
やたらと人間くさい黒猫の赤い首輪には、指輪が通してあった。
大きな赤い宝石がついた指輪だった。
「俺様に恨みはないんだから、お前も恨むな。絶対にだぞ、わかったな」
さらに強く念を押される。
命が危うくなってきてセシルは焦るが。
黒猫はのんきに。
「ひと刺しで人間をやれるのって……どこだっけ?」
ブツブツと言いながら首を傾げている。
そのうちに思い出すのに飽きて、気が散りだすと。
「んー? なんだこれ」
セシルの首に前足をのばした。
器用に爪先で銀の鎖を引っ掛け、セシルの首にかかっていたロケットを目の前に持ってくる。
「お前、いいもの持ってるじゃんか」
蓋の部分に大きなルビーがついた、高価なロケットだった。
「今から死ぬニンゲンにこんなもの必要ないぞ、もーらいっと」
と黒猫が器用に前足でロケットをつかんだ瞬間。
「ん?」
その動きが止まった。
ぶわっ。と突然ロケットから吹き出してきた大量の白い靄に包まれて。
「何これ!? あ〜れ〜!?」
黒猫はロケットの中へ吸い込まれるようにして消えた。
金縛りがとけて。
「レニー!!」
セシルが呼ぶと、すぐにレニーが飛び込んできた。
「セシル様!?」
説明は後にして、セシルがロケットを開く。
ロケットの中には。
クレアの肖像画と。弟の協力で手に入れた、彼女の赤い髪が入っていた。
「……どこに消えた?」
赤毛の伝承が真実だったとは。
セシルはこの時まで思いもしなかった。