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第7話 幼馴染なんて負けフラグでしかないと思う

 予想以上の衝突音と、一瞬にして目の前にいた人が消えてなくなるその衝撃的な光景。それが脳裏に焼きついたまま三宮寺澪の世界は巻き戻る。


「っ――」


 処理しきれていないうちに突如バツンと場面が切り替えられ、普通の日常が始まった。

 五織の"5回の試行"による巻き戻し。それは今までも突然の切り替わりに違いなかったが、鼓動が早くなり、叫んでしまいたかった感情が宙に浮いたまま、何ともなかった身体に入り込んでくるのだ。そのギャップに酔い、全身に嫌悪感が流れてくる。


(……気持ち悪い)


 澪もまた五織と同じように戻った世界でそのまま意識を失った。



 ▶︎▷▶︎



「三宮寺さん」


 保健室の先生に声をかけられ、澪はゆっくりと覚醒した。


「あ」


 もう外はそろそろ紅く染まるくらいになっていて、壁にかけてある時計を見ると16時半を過ぎていた。


「もう放課だから起こしちゃった。寝不足による貧血だとは思うけど、もしきつかったら病院で診てもらったほうがいいかもね」


「あ、はい。ありがとうございます」


 澪はお礼を言って保健室を出ると、廊下には吹奏楽部の楽器の音が響いていて、外ではサッカー部などの運動部の声が聞こえていた。


 保健室はクラスがある館とは別館にあるため、サッカー部を横目にして外の廊下を通り、教室のある一号館に入る。まだパラパラと生徒はいるが、もうほとんどは部活動か帰宅していて、一号館は既に閑散としていた。


 教室にたどり着き、前の扉を開けると、外の明かりしか入ってきていない薄暗い教室に澪を待っていた五織の姿があった。

 澪は五織の姿を確認すると、ハァとため息をつく。


「あんな風に飛び出すなんて聞いてないんだけど」


 澪は珍しく機嫌が悪そうに顔を顰めて、五織の座っている席の前の席に座った。


「それは……本当に申し訳ないと思う」


 そうやって頭を下げた五織の胸元のポケットにはシルバーのピンがついていて、菜月とは既に会ったのだと澪は理解する。


「それで。菜月ちゃんはもう大丈夫なの?」


「ああ。もう問題ないはずだ」


「そっか、よかった」


 澪は胸を撫で下ろし、安堵の息を吐く。

 だが、そうして一拍置くと、急にキッと五織を睨みつけ「そ・れ・で!」と澪は五織の座ってる席の机をぽんぽんと叩く。バンバンと強く叩かない、その加減具合にやっぱり彼女は優しい人なのだと改めて五織は思わされる。


「何をしたの!」


 じっと目を細めてそう問い詰めると、五織は小さく頷き、


「……三宮寺さんは俺が異世界転生してたって言ったら信じる?」


「え?」


 そう言って五織は事の顛末を話し始めるのだった。



 ▶︎▷▶︎



 七瀬菜月が死ぬ理由。それは他でもない五織が生き返ったことにあった。

 本来、トラックに轢かれて死ぬはずだった五織だが、女神によってそれが無かったこととなり現世に蘇った。だが、女神の力は世界の道理とは異なるところにあり、本来死ぬはずだった五織が生き返ってしまったことでそれを補完しようとする力が働いた。

 そして、それは五織に最も近しく、最も影響を与えた人物に転嫁された。それが七瀬菜月だったわけだ。


 澪の発言によってそれに気づかされた五織は"世界を騙す"ことを選択した。


 元より、観測者として存在する五織。だが、五織自身の死は誰にも観測されない。実際は五織が死んだところを誰かが見ていることはあるが、戻った世界では誰もそのことを覚えていないため、実質的に五織の死はなかったことになる。そのため自身の死は"5回の試行"の回数制限の外にあるわけだが、三宮寺澪という記憶を引き継ぐイレギュラーが現れたことにより、五織の死は例外ではなくなった。


 これによって菜月を殺そうとしていた世界の動きは五織へと転嫁、つまりは元通りの形となり、菜月の死は訪れることのないものとなった。


「それじゃあ、私の目の前で死んだのはそれが理由……」


 事情を聞いて澪は顔を俯かせた。椅子に対して横向きに座る彼女の横顔は複雑そうな表情を浮かべていた。


「どうしても、三宮寺さんに死ぬのを観測してもらわなきゃいけなかった。それに、俺が死のうとすれば三宮寺さんは止めに入ると思ったんだ。だけど、勝手なことをしたと思ってる。本当にごめん」


 五織はそう言ってまた頭を下げた。


「……ううん。それしか菜月ちゃんを助ける方法がなかったのなら仕方ないし。それに五織くんの言う通り、それを知っていたら私は止めていたと思う」


 そう言って澪も申し訳なさそうに顔を俯かせた。


 そうして数秒の静寂が流れると、五織の下げた視界に澪の小さな手が現れ、五織はゆっくりと顔を上げた。


「お互い様ってことで。いいんじゃない?」


 澪はニコッと笑ってそう言うと、五織もまた少しだけ口角を上げて差し出された手を握った。

 握手を交わすと、澪はにっしっしと悪戯に笑っては、また横向きに座り直した。


「それにしても異世界かー。他の人にこのことは?」


 澪は太腿の間から両手で椅子の底を掴んで後ろに体重を乗せてそう聞いてきた。そんなことしていると後ろに倒れるぞと思いながら、五織は首を横に振った。


「いや、三宮寺さんみたいにループ前のことを覚えている人ならまだしも、そんなこと言ったら頭おかしい奴としか思われないし」


「確かにそっか。じゃあ私だけ特別だ」


 澪はすこし揶揄うようなそんな感じで笑顔を浮かべる。気持ち悪くなるような衝撃的な光景を見せてしまった手前、五織はまだ苦笑いではあるが、澪のそんな姿に少しだけ安堵する。


「でも、身体能力で本気見せたらみんな信じてくれるかもよ?」


「言ったってオリンピック選手並みくらいだから。人の域は越えないし、ていうか本気出しても七瀬に勝てる気がしねぇな……」


 2度目のループで見せた背負い投げ。改めて七瀬菜月の異常な身体能力を見せつけられた。そもそも彼女と向き合って取っ組み合いはやる気はないが、それでも無敵感のある彼女に勝てるビジョンが五織にはどうしても浮かばなかった。


「……菜月ちゃんも転生者なんじゃ?」


「いや…それはないと思う」


 勘の域は出ないところではあるが、五織はキッパリとそう言い切った。そもそも菜月が異世界に行ったとしてもあの無愛想ぶりでは最初の街で何も出来ずに詰んでしまってこちらに戻ってくるなんて不可能だろう。


 そんなこんなで話しているうちに校庭からはホイッスルが鳴って「集合!!」と掛け声が聞こえてきた。おそらく、顧問が来たのか、アップが終わったのだろう。「はい!!」と揃った声が聞こえるとまたホイッスルが鳴りはじめた。


「そろそろ帰ろっか。とりあえずこれで一件落着だもんね」


 澪は椅子から立ち上がり、自分の席の方に行くと机にかけてあったリュックを背負った。


「……そうだね」


 五織もまた立ち上がり、机にかけてあったバッグを肩にかけ、教室を出ようとする。


「待って」


 だが、不意にバッグを掴まれて、五織は後ろを振り返った。


「まだ何かあるんでしょ?」


「あ……」


 五織は目線を逸らして頬をかくと、澪は一層視線を強くして五織を見つめた。


「……ごめん」


 そう言って五織は人差し指で澪のおでこをつついた。


「っ――」


 澪は突然触れられたおでこを抑えて後ろに蹌踉けて、五織を見上げた。


「いお――」


 急に何するんだと問おうとした澪だったが、まるで寂しさに染められたその表情。そして、それを包み隠すように見せた五織の苦笑いに澪は言葉を見失った。


「……世界を騙すにはあと一つ足りなかったんだ」


「え?」


「さっき話しただろ?俺の異世界で得た能力は3つ。運動能力向上と"5回の試行"それと女神が保険のためにつけた"俺に関する記憶を全て消去する"力」


「それって……」


 澪は静かに息を呑み、五織の言葉を待った。


「七瀬菜月から繰生五織に関する記憶を全て消した。世界の対象から外すために俺から完全に切り離す必要があったんだ」


 五織が菜月と過ごした約12年間の記憶。それが七瀬菜月を助けるために必要な代償であった。



 ▶︎▷▶︎



 2人はゆっくりと帰路についていた。だが、前のループのように澪は元気に喋ることなく、ただ静かに2人は並んで歩いていた。


「ありがとう。三宮寺さん」


「え?」


 唐突にお礼を言われて、澪はピタッと足を止めた。それに気づいて五織はゆっくりと振り返ると、優しく笑いかけた。


「三宮寺さんがいなかったら七瀬は助からなかった。そして俺も助からなかった。本当にありがとう」


「いや…でも、私は」


 澪は首を横に振って、グッと手を握った。

 俯く澪のその姿を見て、五織はふぅと息を吐くと、震える肩に手を置いた。


「その気持ちも全部俺が持っていくから」


「え?」


 澪は驚いて顔を上げると、五織は少しだけ口角を上げた。その表情を見て澪は自分の額に手を置いて、五織の言葉の意味を理解した。


「……待って五織く――」


 呼び止めようとしたそのとき、澪は肩を五織に弾かれ、そして次の瞬間には五織の姿は突如突っ込んできたトラックに呑まれた。


「ありがとう」


 ――そしてまた三宮寺澪の世界は暗転した。



 ▶︎▷▶︎



 七瀬菜月を助けるために必要だった条件。それは前述した通り、菜月と五織の関係を消去した上での死の塗り替えだった。

 だがそれだけでは繰生五織の死は避けられないままだ。しかも三宮寺澪という五織の死を観測できる者がいることにより、五織も6回目の死を迎えてしまった場合、永遠に死のループにハマることになる。

 それを避けるための最後の画策が、三宮寺澪から繰生五織の記憶を消去した上での死の観測だった。

 消去により、五織に関する記憶は消えたとしても、目の前で"誰か"が死んだことは澪の記憶に残る。

 それは死が観測されたことと同義となり、そうしてようやく、澪が見た"誰か"が五織の死を転嫁されたこととなって五織も世界から消されることもなくなった。



 ▶︎▷▶︎



 もう5回目の音楽の授業(一度、気分が悪くて倒れたから4回目だが)へと戻ると、五織はグッと伸びをした。あまり変に思われたくないため、伸びをしながら澪をチラリと見るが、彼女は普段通りの様子で五織は安堵の息を吐く。

 五織に関する記憶が消えたことで、きっと彼女の中では悪い夢を見ていたようなそんな感覚が残っているくらいだろう。


「どうしました? 繰生くん。退屈ですか?」


「あぁ、いえ何でもないです」


 伸びをして、ため息を吐けば(本当は安堵の息)退屈だとそう思われてしまってもしょうがないだろう。五織は咄嗟に伸びを止めてピシッと背筋を伸ばしてそう言った。


「因みに繰生くんはおすすめの失恋ソングってありますか?」


 唐突の質問に五織は顔を顰めた。


(このタイミングで目立った俺が悪いか)


 五織は少し考えたようにして、口を開いた。


「……"Happy End"ですかね」


 それは一年くらい前に少しだけ話題になった映画の主題歌だ。確か映画の内容は結婚を約束した幼馴染と疎遠になった主人公が大人になってその幼馴染と再会するのだが、再会した彼女は事故で記憶喪失になっていて、しかも既に結婚しているという何とも主人公が報われない物語だ。

 このHappy Endもその物語に寄り添った歌詞になっており、彼女が幸せならばそれが自分にとっての幸せという主人公の気持ちを歌ったものであるが、やけに心に響いて一時期アラームにセットしていたくらいだ。


「あー」


 音楽の先生は納得だけしたようにすると、「他にはー?」と他の人に聞き始めた。


(もっと反応しろよ!)


 どうやら、先生以外もあんまり刺さっていないようで、五織は恥ずかしくなって顔を伏せた。


 そうして5回目の音楽の授業も終わると、五織は教材を持って椅子を立った。


「繰生五織くん!」


 元気よく声をかけてきたのはほかでもない三宮寺澪だ。その呼び方がフルネームなのは、きっと記憶抹消によってこの音楽の授業の時間までの記憶も消えてしまったからなのだろう。

 それでも変わらず声をかけてきた澪に安堵と嬉しさが表情に出てしまいそうになるが、グッとそれを抑えて知らないフリをして首を傾げた。


「えっと、三宮寺さんだよね。……どうしたの?」


「皆んなでお昼行こうよ!」


 それは何度も繰り返した世界で一度も果たされることのなかった誘い。今度こそと五織は笑みを浮かべそう言うのだ。


「もちろん!」

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