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第5話 足湯に浸かるくらいいいだろ

 ◀︎◁◀︎


 まだこのとき、イオリはこのやり直しの能力を"再試行(リドー)"とそう呼んでいた。それはまだ試行回数が足りず、未来が確定することにイオリが気づいていなかったからだ。


 イオリが"再試行(リドー)"で戻ったとき、寸前までの痛みはどうなるのかと言えば、一度瞬きするようなその一瞬で痛みは消えてなくなる。

 だが、心に負った傷はそうはなってくれない。

 癒えるまで相応の時間と処理が必要で、或いは一生抱え込むことになるかもしれない。

 だから戻った先で、すぐに切り替えて行動できるとは限らない。


「――誰かいる」


 もう3度目のレイの呼びかけ。だが、イオリの耳も脳もそれを聞き入れる状態にない。


(気持ち悪い)


「――イオリ?!」


 身体はなんともない。だが心に負った深い傷との乖離に耐えきれず、イオリはその場に力無く倒れた。



 ◀︎◁◀︎



 嘲笑うあの声がいつまで経っても消えて無くならない。そして何より、彼女の苦しむ叫び声がいつまでも頭を響かせ、胸を締め付け、身体を強張らせる。


 ――俺のせいで。


 レイが苦しんだのは自分のせいだ。考えが足らず、ただ無策に敵に挑んだ結果だ。


 もう二度と、彼女を苦しめたくない。


 それがなくなった過去だとしても、イオリはそれを覚えておかないといけない。力無くとも、彼女を守ること、それがイオリのやるべきことだ。


「……オリ」


 手を握られた気がする。手のひらの温かさが徐々にイオリの意識を現実に引き戻し、ゆっくりとイオリは目を開けた。


「イオリ!」


 目を覚ますと、すぐに視界に入ってきたのは彼女の顔だった。いつものキッと睨みつけるような視線は今はずっと柔らかく、やはり彼女が優しい人間なんだと改めて認識する。


 未だぼーっとする意識の中、手のひらの温かさに気づいて、イオリはその視線を落とした。

 イオリの手はレイの小さな手に握られていて、きっとうなされている自分を見兼ねて握ってくれていたのだろう。


「あっ」


 その視線に気付いたのか、レイは慌ててその手を離すと、サッと後ろに手を隠した。


「こ、これは。アンタがあまりにも苦しそうにしてたから――」


 そう恥ずかしそうに目を逸らすレイを見て、イオリは思わず彼女を抱き寄せた。


「っ。ちょっと!」


 突然の抱擁にレイは目を見開き驚き、その身を引き剥がそうとするが、震えるイオリに気づいて、ハァとため息をついた。


「……なんなのよ」


 レイはそうポツリと呟くと、力無く下ろしていた右手をイオリの頭に伸ばそうと――


「あっ。お邪魔してしまいました」


 部屋の扉を開けて入ってきた少女は申し訳なさそうにそう言って、また扉を閉めた。


「っ! 違うから!」


「いてぇ!」


 慌てたレイの叫び声と共に、平手打ちがイオリの頬に決まり、パシンという音が響いた。


「ごめんなさい。お二人の時間を邪魔してしまって」


 そう言って少女は何度も何度も頭を下げた。


「違うって言ってるでしょ! コイツとは何もないわよ!」


「……」


「アンタも否定しなさいよ!」


 平手打ちのおかげでだいぶ意識がはっきりしてきた。無事でいる彼女を見て、つい感極まって抱きついてしまったが、随分と恥ずかしいことをしてしまったと我に返る。


「あ、あぁ。彼女の言う通り俺らの関係はそんなのじゃないよ。ニシェ」


 3度目の邂逅となる少女、ニシェにイオリは苦笑いでそう返す。


「そうですか。でもイオリさんが倒れたとき、レイさんの慌てようは――」


「その話はいいから! 何しに来たのよ」


「……確かにどうしたんだ?」


 ニシェの話の続きも気になるところではあるが、それを追求しようとすれば平手打ちどころじゃ済まなそうなので、イオリもレイに乗っかってニシェに問いかける。


「ああ、そうですね。イオリさんにこれを持ってきたんです」


 そう言ってニシェが差し出したのは、イオリも見覚えのある果実だった。ニシェが採取していた果実で、イオリもそれを取ってあげて彼女に渡してあげたのを覚えてる。


「さっきももしかしてと思ってたけど。それ、神果(シンカ)じゃない?」


「ええ、そうですよ。これを食べればきっとイオリさんの体調も良くなります!」


「なにそのシンカって?」


 聞き覚えのない名前にイオリが首を傾げると、レイはハァとため息をついた。


「アンタってほんと何も知らないわよね」


(そりゃこっちにきてまだ1ヶ月と経ってないしな)


 イオリもまた不服そうに眉を顰めるが、文句を言うと話が進まないため黙っている。


「神果はあらゆる難病を治すことができる果実よ。なんなら、怪我も呪いもあっという間に回復する」


「何それ。すげぇじゃん。万能薬だ!」


 イオリは目を見開いて凄いと手を上げるが、対面する二シェは苦笑いで、レイもまた、ため息をついた。

 予想外の2人の反応にイオリは首を傾げると、レイが口を開いた。


「万能薬だったらよかったんだけどね。この果実を食べるには色々と条件があるの」


「条件?」


「まず第一に果実の収穫自体が困難。心優しい人間が取らないとあっという間に腐り果てる」


「ふむふむ、人間の選別とかできそうだね」


 今でこそ魔法具が多くなって使わなくなったが、その昔この神果を収穫させて、冤罪を晴らすために使われたり、逆に犯罪者を炙り出すために使われていたらしい。そういえば前回のループで剣を突き立てられたニシェもレイが神果を取ってあげたことで警戒を解いていた。イオリ達の表情ではなく果実の方を見ていたのはそれが理由だったのだ。


「第二に、これが最も重要だけれど、神果だけでは万能薬にはならないということ」


「……どういうことだ?」


「神果にも治癒能力はあるわ。ただそれを万能薬にするためにもう一つ別のものを調合する必要がある」


 活性化の触媒とでも言うべきか、神果の効力を最大限に引き出すために必要な別の果実。それがなければ神果は本来の力を発揮できない。


「魔界を越えた最果ての地"リゾート"そこに神果の活性させる果実があるの。この意味わかるわよね?」


「……魔界を通らなきゃ手に入らない。いや、魔王を倒さないと手に入らない?」


 イオリの答えに、レイは静かに頷いた。


「なんなら逆に魔界にいる魔族らはこの神果と活性させる果実の両方を手に入れることができる。つまり――」


「魔族の標的になる」


 そこでイオリの中で点と点が繋がった。あのカゲと名乗った者が何者で、何故この村を襲ったのか。


『今の僕、まさにそんな感じだろう?』


 奴は"今の"とそう言っていた。つまりはその前までは黒く染められてはいなかったということだ。


「……呪いも治るって言っていたけど、身体全身が暗く影に染まったようなそんな呪いってあるのかな?」


 イオリの唐突な問いに、レイもニシェも目を丸くした。


「何言ってるのよ、イオリ」


「そうだよね。そんな呪いあるわけ――」


「それは勇者が魔王に刻んだ"影の呪い"そのものじゃない」


「っ……」


 ――魔王に刻んだ呪い?


 イオリがこの世界に転生する以前よりもずっと前。当時、勇者と呼ばれた男が魔王を封じ込めた。それは魔王の姿を黒く染め、魔法を封じ込め、魔界から出ることを禁じた。

 その魔王の復活が迫り、イオリはその魔王を再度封じ込める命を受け、転生させられたのだ。

 だが、封印状態とはいえ魔王を再度封じ込めるには勇者の残した剣が必要で、その剣を手に入れるためにイオリはレイと旅を始めたのだ。

 それなのに、その道半ば、どころか始めたばかりの最初も最初。そんな場面でラスボスと対峙しなければならない状況に陥っている。


 イオリは口元を抑え、焦る気持ちをなんとか抑え込もうとする。


(――無理だ。勇者の剣もない状況で魔王相手に勝てるはずがない。こっちは魔剣なしじゃゴブリンにすら苦戦するんだぞ)


 こんな旅の初めでつまづくどころか下手すればゲームオーバー。一生魔王に弄ばれて、イオリの心は粉々に砕けてしまうだろう。


「……皆んなを助けるために」


「イオリ?」


 ベッドに縮こまったまま動かないイオリを変に思ったのか、レイはイオリに近いてその名前を呼んだ。

 だが、イオリはベッドから立ち上がり、レイの横を通り過ぎるとニシェの方に手を差し出した。


「ニシェ、その神果。いただくよ。ありがとう」


「あ、はい。よかったら食べやすいようにすりおろしましょうか?」


「いや、いいんだ。そのままで」


 そう言ってイオリはニシェから神果を受け取ると、ニコッと笑い、お礼を言う。同じようにニシェも笑顔を浮かべて、少し話した後に用事があるからと部屋を出て行った。



 ◀︎◁◀︎



 ニシェが出ていき、レイも一緒に部屋に戻るかと思ったが、レイは部屋の壁に体を預けるように立ったままイオリを見つめていた。


「それじゃあ、俺着替えるから、ちょっと外出てて欲しいんだけど」


 だが、そう外に出るよう促してもレイは黙ったまま動こうともしない。


「ほらー、早くしないとパンツになっちゃうぞー?」


 イオリは冗談混じりの上擦った声で、ズボンを下ろすような仕草をするが、レイは真剣な顔でイオリを見つめ、口を開いた。


「アンタ、本当に何があったわけ?それで私を置いてどこに行く気?」


「いや、置いていくなんて一言も」


「そう、どこかに行く気なのね。どこに行くの?」


「っ……」


 思った以上に彼女は鋭い。イオリの咄嗟の嘘なんてすぐに見破ってしまうだろう。イオリはそこまで無理やり作っていた笑顔をやめて、丸テーブルの上に置いた神果を手に取る。


「……言っても信じられないと思う」


「そうね。突拍子もない事を言われても寝ぼけてんの?って返すわね」


「だよな」


「でもね」


 レイは壁に体を預けるのをやめて、イオリに近づくと両手を広げ、イオリの頬にパチンと両手を当てた。さっきの平手打ちとは違う、優しい手だ。だが、その手には強く力が篭っていて。


「……アンタが私のことどう思っているか知らないけど、アンタは無駄な冗談を言うような奴ではないし、真剣に頼んできてる相手を蔑ろにするほど、私は薄情ではないつもりよ」


 それは前のループで彼女が言った言葉そのものだった。どのループでも、どの時でも、やはり彼女は変わらないのだとイオリは口角を上げる。


「……レイ」


「うん」


「俺に騙されてくれ」



 ◀︎◁◀︎



「これは驚いた」


 表情は見えないが、カゲのその声色は本当に驚いているようだった。

 村の周辺、そこはイオリが一度殺された場所であり、レイが殺された場所で、イオリとレイはカゲが来るのを待っていた。


「お前が欲しいのはこれだろ?」


 イオリはそう言って神果を差し出すと、カゲはクスクスと小さく嗤った。


「気に入らないなぁ。まるで主導権はそっちにあるような、そんないいようじゃないか」


「どうかしらね。残念だけど貴方の求めている神果はもうこれだけ。この村にあったものは全て燃やしたわ」


「それで?」


「もし、貴方が私たちの要求を受け入れなかった場合、今ここでこれも燃やす。アンタの呪いが解けるのもまた遠くなるでしょうね」


「どうかな。またここに僕が取りにくればいいだけだろう?」


「いいえ。それもない」


 レイの断言を聞いて、カゲは辺りの異変に気付いた。


「君たち、正気か?」


 ツンと香る灰の臭い。そして迫る炎から発せられる熱がカゲの心を焦らせた。村の周辺、神果がなる樹ごと全てを燃やしているのだとカゲは理解する。


「どうする。魔王。これは取引だ」


「僕がここで君たちを瞬殺し、神果を奪ったら?」


「っ!」


 レイはそれを聞いて瞬時に手に持った剣に力を込め、襲撃に備えたが、イオリは左手を横に掲げて大丈夫だとレイに剣を下ろすよう促した。


「やってみろ。その場合、お前は絶対に神果が手に入らなくなる」


「――?」


 イオリの言葉にカゲもレイも疑問を浮かべる。

 ここで奪えば、その果実が手に入る。のにも関わらず、手に入らなくなるという矛盾。だが、イオリのその言葉がハッタリでないことをカゲは感じ取っていた。


「……いいだろう」


 カゲがそう言うと、イオリは手に持った神果をカゲに投げ渡した。


「連れてきた魔獣を引き連れて帰れ」


「……なんだ。魔獣のことまで知られているとは。どうやら君たちは相当やるらしい」


 カゲはそう言ってフフと微笑んだ。


「君たちの名前を聞いておこう。いずれ、私の宿敵となるだろうからな」


 カゲの声色が変わり、その口調も飄々としたものから堂々と重みのあるものへと変わり、イオリとレイは気圧されそうになる気持ちを堪えて答えた。


「イオリ」


「レイ」


「覚えておこう。そして――」



 ◀︎◁◀︎



「……よくあんなハッタリかませたわね」


 村に戻ったイオリとレイは足湯で温まりながら、事の終幕について話していた。


「魔王が話ができるやつでよかったよ」


「魔王が目が見えないなんてアンタよく気づいたわね」


「なんとなくね。だから上手くいったじゃないか」


 結局、森を燃やしたことも、村にある神果を燃やしたことも全てハッタリでしかなかった。

 既に魔王の目的を知っているイオリ達から、これ以外は全て燃やしたと言われれば、普通信じるだろう。まずそうしなければ取引の(ぶつ)として神果はあまりにも弱いからだ。

 そして、そんな彼等を前に、辺りに火が近づいていると分かれば、森ごと燃やしたと勝手に予測してくれる。

 ただ、最後の交渉に関してはハッタリでもなんでもなく、そうなればイオリは"再試行(リドー)"で全てを実行する覚悟だった。

 だからこそ、魔王を騙し通せたのだが。


「でもこれで……魔王の復活は早まる」


 イオリはそう言って俯くと、レイはイオリの脇腹に手刀を当てた。


「どうせ私達が倒すんだから、いいでしょ」


 そう悪戯に笑ったレイに、イオリもまた口角を上げた。


「……そうだな」


 足から徐々に身が温まっていく。少しだけ吹いた春風が心地良く、ボロボロになった心に沁みていく。


 そして――私を殺しに来い。イオリ、レイ。


 魔王が残したその言葉が重しく、イオリの耳に残った。

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― 新着の感想 ―
ついに懐かしいあの子、レイの話ですか! それが今にどう繋がってくるんだろう……?澪と血が繋がってる?それとも転生?レイはいいキャラだから死なないでほしいけれど、過去として語られるってことはやっぱり失っ…
タイムリープもので、巻き戻しの回数に制限はあるのは緊張感が出る良い設定だと思います。
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