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異世界帰りの勇者、恋愛に現を抜かす  作者: ミゾレ
第三章 体育祭編
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第48話 体育祭②

「お嬢! 回れ回れ! 速く!」

「二麻さん! 頑張れー!」


 五織は四暮と共に声を上げ、走る二麻を応援する。今は午前中最後の競技である部対抗リレーだ。(文化部の後、運動部部門がある)

 四暮は既に走り終わり、ぶっちぎりの一位で回したはずだが、二位の吹奏楽部がかなり追いついて来てしまっている。

 そういえば林間学校のドッジボールでも早々に退場していたし、二麻はあまり運動が得意ではないのだと五織は理解する。

 何とか一位のまま三走者である一縷花に繋がる。だが――


「……んん! 遅い!」


 一縷花のあまりの遅さに四暮が思わず声を上げた。ダンス部に所属しているからそれなりに運動はできるものだと五織は勝手に思っていたが、走るのは得意じゃないらしい。

 追いついてきていた吹奏楽部はもちろんのこと、男子が多い軽音部、それから美術部にも抜かれてしまった。抜かれる度に隣の四暮が「あぁ!」と声を上げているが、五織は特に焦る様子を見せない。なぜなら――


「……っごめん」


 謝罪と共に一縷花からバトンを受け取った少女は小さく頷いて答える。


「任せてください」


 問題ない。だって四走者目は――七瀬菜月だからだ。


 ドンッ――そんな音が鳴った。否、実際にはきっと鳴っていない。だが、そう錯覚するほどの速さで目の前にいたはずの菜月は消え、レーンを走り抜けていった。

 コースの半分に着く頃には既に一位に躍り出て、更にその距離を開いていく。五織以外のメンバーは菜月の速さに驚いて応援すら忘れているようだった。


「異世界行ってないのに規格外すぎるだろ」


 そう小言を漏らしつつ、だが口角を上げて五織はレーンへと並ぶ。

 菜月が走ってくる。五織は前を向き、右手を後ろに差し出してリードを取って加速する。


「繰生さん!」


「おう!」


 菜月からのバトンを受け取って五織は駆け出した。

 

 牧高のことがあったからすっかり忘れていたが、最初は部を存続させるため、ひいてはこの部対抗リレーのために四暮や二麻を勧誘し、そして一縷花が入って来たのだ。

 そう考えると、五織の体育祭は勧誘の時から始まっていたのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに五織はゴールテープを切っていた。



 ▶︎▷▶︎



 午前の競技が終了しお昼休みになる。一度教室に戻って昼食を取ると、五織達は三十分程でグラウンドへと戻って来た。

 一応、昼休みは一時間あるのだが、これから吹奏楽部やダンス部のパフォーマンスが行われる。

 吹奏楽部には奏乃、ダンス部には一縷花と、それぞれ知り合いがいるため観ないわけにはいかない。


 最初は吹奏楽部。幕開けを知らせるようにファンファーレが鳴り響く。グラウンドをぐるっと行進しながら、軽やかな音を奏でる。

 奏乃の姿はすぐに見つけることができた。ユーフォニアムの低い音が、グラウンドいっぱいにゆったりとした響きを広げる。最初は静かに、しかし確かに空気を震わせ、風に乗るように音が流れていく。

 

 五織と奏乃の目が合うと、奏乃はパチリとウィンクをしてみせた。すると、五織の周りにいた男子達が「今の俺に?」「いや俺だよ!」と言い争いを始めた。

 そんな状況に五織は苦笑いしつつ、合奏に耳を傾ける。

 

 次第に他の金管、木管、打楽器が加わり、柔らかな和音が重なっていく。トランペットの高い音が軽やかに跳ね、クラリネットの旋律が流れ、ドラムが一定のリズムを刻むたび、全体がひとつの波のように動く。


 二曲目、三曲目と次第に盛り上がりを見せ、そして、最後の一音がグラウンドに静かに溶け込む。

 音が消え、観客からは自然と拍手と歓声が湧き上がると、綺麗な行進のまま退場していった。


 それと交代するように、ダンス部のパフォーマンスが始まる。

 グラウンドの中央に駆け出した影がロンダートからのバク転、バク宙をして、一気に会場を盛り上げる。その人物は五織もよく知る人物――。


「一縷花ちゃん、凄い!」


 隣にいた澪が歓声を上げた。

 

 一縷花はそのままソロダンスに入る。ジャンルはまさかのブレイクダンスだ。

 軽快なステップを踏むと、トーマス、ウィンドミルといったパワームーブの後、音楽と共にピタっとフリーズする。


「一縷花ちゃーん!」

「かっこいい!!」

「一縷花さまぁぁあ!」


 黄色い声援がグラウンドに響く。男子も女子も関係なく、観客全員が一縷花のファンになってしまっただろう。そう錯覚するほどのすごい歓声がグラウンドを包み、ボルテージが上がったまま、ダンス部全員のユニゾンが始まる。ヒップホップを主体としたダンス。かと思えばロックダンスの要素も交わると、男子数人がバク転をして、緩急が混ざる。

 素人が見ても、十分に凄いとわかる。緑英はバスケ部が有名だが、ダンス部もそれなりの成績を残しているらしい。そしてその中心にいるのは間違いなく周防一縷花だ。

 

 五織は松葉杖をついている遥の脇腹にちょいちょいと肘を当てる。


「かっこいいな。周防さん」


「うん。凄いね」


 遥もすっかり見入っているようだった。五織は少し揶揄ってやろうかと思ったが、遥はジッとダンス部のパフォーマンスを観ていたのでやめておいた。



 ▶︎▷▶︎

 


 ダンス部のパフォーマンスが終わり、応援合戦から午後の部が始まった。

 五織は本来ならそれだけに出場する予定だった台風の目を難なくこなし、続く遥の代わりの障害物競走も特に問題なく終えた。

 途中、菜月が徒競走で全員を置き去りにして一位になり、グラウンドが騒めいていたこと以外は特に気にすることもなく、五織はそろそろかと学年対抗リレーに向けて入場口の方へと移動していた。


「あ! 五織くん!」


 すると、奏乃が手をひらひらと振ってこちらへと向かって来た。


「皇さん、吹奏楽部良かったよ」


「ありがとう! 五織くんはこれからリレーだよね?」


「そうだよ」


「応援団に負けない応援するからね!」


 奏乃はそう言うと、首から下げていたプラスチック製のメガホンをぽんぽんと叩いた。


「まさかそれで応援?」


「もちろん!」


 当然とばかりにフンと鼻を鳴らした奏乃に五織は少しだけ笑ってしまう。普段は物静かで、お淑やかな感じなのに、メガホンで応援するというちょっとしたギャップに笑みが溢れてしまった。

 そんな五織に奏乃は首を傾げるが「あ!」と何かに気づいたようにして、ポケットからスマホを取り出した。


「五織くん! 写真撮ろ!」


「うん。もちろん」


 ピースを作って写真に映ると、奏乃はカメラロールを確認して「えへへ」と満足そうな笑みを浮かべた。


「それじゃあ五織くん頑張ってね!」


「うん! ありがとう!」


 手を振る奏乃に手を振り返して、五織は入場口へと向かった。



 ▶︎▷▶︎



「お、五織じゃん」


「……久遠先輩」


 四暮達と入場口に並んでいると、横にいた久遠が声をかけてきた。

 五織は一瞬だけ顔を上げ、すぐに視線を前へと戻す。

 いつもと変わらない久遠の口調、笑みにどこか薄気味悪く感じながらも、五織はそんな素振りは見せないように努めていつもの調子で返す。


「久遠先輩も学年対抗リレーの選手だったんですね」


「おう! これでも学年一位だぞ?」


「知ってますよ」


 知っている。おそらく十河久遠の凄さは学校の皆が知るところだろう。勉強は学内どころか、全国模試の一桁位の常連の秀才でありながら、過去、あらゆるスポーツ、音楽、美術において実績を残している天才でもある。まさに文武両道を絵に描いたエリートである。

 加えて家柄も良く、整った顔立ちやスタイル、コミュニケーション能力にも長けており、人を引っ張るカリスマ性を携えている。

 そのため、学校の顔でもある生徒会長を一年次から務めている。完璧な人間と言っても差し支えない。五織も目指すところはきっとこの人だろうとそう認めている。


「得点ボード見たか? 今年は接戦で面白い。このリレーで優勝色が決まるな!」


「いや、昨年は知らないですけど」


 五織が冷静にそう答えると「そうかぁ!」と言って久遠は笑った。

 確かに久遠の言う通り、現時点は青組の優勢だが、赤組、黄組との差はほぼない。この学年対抗リレーの結果で優勝が決まると言っていいだろう。

 加えて、五織達一年は赤、青。久遠達二年は青、黄。三年生は赤、黄。と偶然であるが、色が均等に分かれている。

 タッパのある三年生が有利。というのはもちろんあるかもしれないが、それなりに戦力は均等に分かれていて、どこが勝つのかはわからないという状況だ。


 最後の応援合戦が行われ、学年対抗リレーの選手達が入場する。

 アンカーである五織は赤い体育祭Tシャツの上からさらに赤いビブスを着用させられる。

 隣にいた久遠もまた青いビブスを着て、アンカー同士横に並んだ。


 五織達、Aクラスのトップバッターは予選と変わらず四暮だ。一年生だけの予選ではそれほど目立たなかったが、周りに並ぶ二、三年生はいずれも背が高く、背の低い四暮がより一層小さく見えた。


「位置について――」


 第一走者の選手達は両手を線に沿ってつき、「よーい」の合図で腰を上げる。

 ざわついていた校庭が一気に静まり返り、吹き抜ける風の音だけが、耳に届く。


 ――パンッ


 号砲が鳴って選手達が駆け出し、応援の声がグラウンドに響き始める。

 レーン走区間を抜けた選手達が一斉に、第一コースを走っていた四暮の横から迫ってくる。皆、距離の短い第一コースへと行きたいのだ。

 走る六人がほぼ横並びになったままカーブを曲がる。今のところ、四暮が一位を死守している。

 だが――


「あっ!」


 観客席のどこからか声が上がった。コースの競り合いの中で足を踏まれてしまったのか、当たってしまったのかわからないが、四暮が転んでしまったのだ。

 四暮はすぐに立ち上がって駆け出すも、完全に上位層からは切り離されてしまい、無情にも更にその距離は広がっていく。

 おそらく、もう一年A組が勝つことはないだろう。五織のクラスの面々が「あぁ」と残念そうな表情を浮かべている。

 そんな状況になって、五織も少し残念そうに俯いていると横にいた久遠が肩をトントンと叩いてきた。


「なぁ、五織。俺と賭けをしないか?」


「……え?」


 そう言って不敵に笑った久遠に五織は猜疑の目を向けるのだった。

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