第45話 エセ関西弁は胡散臭い
「異能力について話があるの」
いつものようにお昼ご飯を囲うそこで、遥はそう一縷花から囁かれた。
突然のことで遥は目を見開き、一縷花の顔を見るが、彼女は悪戯に笑い、人差し指を自身の口元に添えた。
「どうした遥?」
横から四暮が尋ねてきた。遥の挙動が不自然だったのだろう。遥はニッといつも通りに笑顔を浮かべて取り繕う。
「うん? なんでもないよ」
「ほーん、そうか」
四暮は特に訝しむ様子もなく、お弁当の唐揚げを頬張り、その口を膨らませていた。
四暮の能力が特異者相手には効かなくて良かったと遥は表情を変えずにホッとする。
そうしてまた一縷花の方に向き直るが、一縷花はスマホをいじり、そして遥のポケットが震える。
『放課後。時間をください』
そのメッセージを見て、遥は小さく頷くと「わかった」と返信をした。
▶︎▷▶︎
放課後。
本来なら部活があったが、遥は体調が悪いと言って部活を休ませてもらった。
嘘ついて部活を休んだなんて知られたら今後の部活での立場が大変なため、一縷花とは緑英の生徒がいる場所で合流はできなかった。そのため、一縷花の最寄りである隣駅。その近くの河川敷での待ち合わせとなった。
加えて、自分の帰る逆の電車に乗るのもまずいと思い、結局遥は歩いてそこまで向かうことにした。
そうして辿り着いた河川敷だが、一縷花の姿はまだそこにはなかった。
「……あれ? もう来てるかと思ったのに」
遥と違い、一縷花はいつも通り電車で帰ったはずだ。歩いてきた自分よりは早く着いていると思い、早歩きしたからか一縷花より早く着いてしまったようだ。
「もしかしたら、一旦帰宅とかしてるのかも」
そう口にして、一応とばかりに「着いたよ」とメッセージを送っておく。
遥は橋の下に腰を下ろし、流れる水を見ていた。
――静かだった。
この時間は人が少ないらしい。遠くで草が揺れる音、川面を撫でる水音が心地良く耳に鳴る。
その静かな時間を過ごして、遥はスマホを見る。
もう三十分は経過しているが、一縷花から連絡すらなかった。
穏やかだった遥の気持ちが少しずつざわめいていく。
そのざわめきの正体はすぐに目の前に現れた。
「……君たちは」
「やあ〜。こないだはどうも」
遥に四人の男の影が落ちた。彼らはこの間一縷花に絡んでいた不良。牧高の生徒達だ。
遥はスッと立ち上がり相手を睨みつける。レンズ越しのその不良らはニタニタと嗤いを浮かべていて、遥は状況を理解する。
「周防さんはどこだ」
「話が早くて助かるぜ。こいよ」
襟足の長い男はそう言うと背を翻し、歩き始め、遥はそれについて行った。
連れられてきたのは河川敷からそう遠くはない空き地だった。空き地の奥には廃ビルがあり、落書きや割れた窓。捨てられた吸殻が彼らの溜まり場になっていることを物語っていた。
「それで周防さんは――」
遥が不良に問いただそうと振り返ると、ブンッ風を切る音と共に金属バットが目の前を通り過ぎた。
寸前で後ろに下がらなければ、頭を割られていただろう。
「ちぃ――!」
不良は舌打ちをすると、そのバットを握り直し、また遥に向かって振り翳してきた。
「懲りないね」
遥はそのバットを軽々と躱し、能力を使ってその姿を一瞬だけ消して、カウンターストレートをくらわす。
「……かっ」
バットを持った不良を一撃で仕留めると、そのほかの三人も能力を使って姿を消しながら倒す。あっという間に決着し、遥はふぅと息を吐いた。
「やんなぁ。自分」
パチパチと、乾いた拍手が響く。廃ビルの入口から、十字架のピアスを揺らす男が姿を現した。
「すまんなぁ。急に。そいつらが自分に用があるゆーてな。ここまで連れてきたら何してもええとゆーとったんや」
「……周防さんはどこだ」
エセ関西弁でいかにも胡散臭いピアスの男を睨みつけると、男は両手を挙げて「怖い怖い」と笑いを浮かべる。
「ついてこい。メッシュ娘は上にいる」
そう言ってピアスの男は背を翻して、廃ビルの中へと消えていった。
「待て!」
遥はその男を追いかけ、廃ビルの中に入ろうとすると、入り口の陰に隠れていた不良が鉄パイプを振り翳してきた。
「――っ!」
遥はギリギリでそれを右腕でガードすると、不良の脚を払って転ばせ、腹部を踏み付けた。
「ごっ――」
腹を抑えて悶えている不良を尻目に、遥はそのまま廃ビルの奥へと入っていった。
▶︎▷▶︎
廃ビルの中、天井からぶら下がる蛍光灯がチカチカと瞬く。足元のガラス片が踏み砕かれる音が、やけに響いた。
そうして辿り着いた一室にピアスの男は待っていた。
かつてはオフィスだったのだろう。ワンフロアの空間に古びたデスクや椅子が散乱し、タイルは剥がされボコボコになっている。
そんな空間に不良達は遥を囲むように待ち、遥の視線の先にはソファにふんぞり返ったピアスの男がいた。そして、その男の横には一縷花の姿があった。
手首を後ろで縛られ、椅子に座らされている。頬に細い傷、口元には布が巻かれ、視線だけがまっすぐ遥を捉えていた。
「周防さん!」
遥が一縷花を助けようと前に出ると、囲んでいた不良達が立ち塞がり、遥は足を止めた。
「まぁ待ちや。焦る気持ちはわかるけどな」
ピアスの男がそう言ってソファから立ち上がり、一縷花の背後に立つとその肩に手を置いた。
一縷花はビクッと体を震わせ、その目には涙が浮かんでいた。
「何が目的だ。周防さんを攫って、僕をここに呼びつけて」
遥がそう問うと、ピアスの男はニィと顔を歪ませた。
「やぁ〜。なんて言うんやろな。仕返しだの、報復だの、復讐だの、言葉はあるにはあるんやけど、仲間がやられたからとかクサイこと抜かすつもりはないねん」
「――――」
「下でのびてる奴らなんてどうでもええ。エリートぼっちゃんの緑英にやられたとあっちゃ他のチームに舐められちまう。だーかーらーこれはケジメや。そう、ケジメやね」
自身の言葉に納得を覚えているようにピアスの男はうんうんと頷き――
「ほな、やろうか。ケジメ」
そう言って手を叩いた。
すると、遥の前に立っていた不良達が動き、そして転がっていたデスクや椅子を並べる。
「……なにを」
遥の立っていた場所を囲むリングが出来上がり、ピアスの男はデスクを乗り越えて、リングへと入ってきた。
「牧高名物。リングバウトや」
「リング……バウト?」
呆気に取られている遥にピアスの男は指をくいくいと動かして挑発する。
「さぁやろうや。眼鏡くん」
ピアスの男は軽いフットワークをすると、一瞬で遥の前に向かってきた。
「――はや」
遥は男の拳を寸前で躱す。だが、男の手には鎖が握られており、その鎖が遅れて遥の体に打ち付けられる。
「――っ!」
痛みに悶えながらも、遥はカウンターに足を振り上げるが、その蹴りも空振りに終わり、今度は腹部に強烈な一撃をくらう。
「かっ――は」
遥はそのまま吹き飛び、デスクに背中を思い切りぶつけ、だらりとその体から力が抜ける。
「……クソ」
揺れる視界で一縷花が叫んでいるのが見える。手足も口も抑えられているのに、必死に抵抗している姿が見えた。
遥はデスクに手を置いて、なんとか立ち上がると、グッと奥歯を噛んだ。
口の中に血の味が広がる。殴られた時に口を切ってしまったようだ。
「……ぺっ」
遥は血を吐くと、ズレていた眼鏡をかけ直した。
「周防さん大丈夫だから。待ってて」
「おうおう、カッコつけちゃ――」
一秒。時間が飛んだ。外野から見ればきっとそう見えるであろう。遥は一瞬でピアスの男の前に出ると、思い切りその顔面を殴りつけた。
殴打の衝撃は耳鳴りのように周囲の音を消し、ピアスの男の顔面に――骨の折れるような鈍い音が鳴った。男の頬が内側からへこみ、口元から赤い霧が飛び、デスク崩れてガシャンという音が鳴ると、静寂が流れた。
「マジかよ」
誰かがそう言ったのが耳に届く。
これで終わりだと遥は少しだけ緊張を解いた。だが――
「……れ」
ピアスの男は倒れながらも口を動かし、そして――
「やれ! てめぇらぁ!」
その声で不良達は枷が外れたように遥に向かってきた。
▶︎▷▶︎
「遥……くん」
一縷花は肩を震わせた。いつの間にか口を抑えられていた布が外れ、声が出せるようになっていた。
だがそんなことどうでも良かった。
もう全て終わっていたからだ。
床には倒れた男たちが散らばっていた。呻き声や息づかいが僅かに聞こえるが、もう誰も立つことはできないでいた。
照明の割れた蛍光灯が一つだけ不安定に光り、静かな現実を照らし出した。
その中央に、ただ一人、遥だけが立っていた。
肩で息をしながら、拳をだらりと下げ、額から血が一筋伝って落ちる。
そして、遥はゆっくりとその顔を上げて、おぼつかない足で近づいてきた。
「終わったよ……」
遥は一縷花に近づくといつもの笑顔を浮かべ、一縷花の背後に周り、拘束を解いてくれた。
「遥くん……大丈――」
一縷花が声をかけようとすると、遥はその身を蹌踉けさせ、一縷花はそれを支えた。
そして、ゆっくりと遥の腕を肩に回し、持ち上げる。
「まずはここから出よ」
一縷花の提案に遥は小さく頷いてみせた。
本当は休ませてあげたいが、今床に転がっている不良達がいつ立ち上がるかもわからない。そんな場所で休もうとしても気が休まらないだろう。
そうして足を進めた時だった。
「……帰すと思うか?」
一縷花と遥の前にピアスの男が立ち塞がった。フラフラで覚束ないようだったが、その手にはナイフが握られていた。
「……この期に及んで」
一縷花はピアスの男をキッと睨みつける。コイツらは負けたのだ。遥に二度も。多数で追い詰めるだけでなく、武器も使って。それでも負けたのに、この期に及んで刃物を向けてきた。
そんなクソ野郎を前に一縷花は怒りで肩を震わせた。
だが、それに気づいたのか遥が一縷花から離れて、一縷花の前に立った。
「遥くん! 危ないよ!」
「……大丈夫」
遥はそう返事し、ピアスの男の方に向き直った。
「ああああぁぁあ!」
ピアスの男は刃物を向け突進してきた。だが、遥は一瞬だけその姿を消し、呆気に取られたピアスの男の手を払い、ナイフを落とさせ、足で蹴って床に転ばせた。
ナイフはカランカランと音を立てて、一縷花の足元に止まる。
「……まだやるか?」
「……クソが……クソがぁ!」
ピアスの男は立ち上がると、今度は一縷花の方に向かってきた。その手には別のナイフが握られているのが一縷花の視界に映り込む。
「っ――周防さん!」
遥の叫びが聞こえるが、咄嗟に一縷花は足元のナイフを拾いあげ、向かってくるピアスの男に向けて突き出した。
「――ぇ」
一縷花の手に鈍い感触がはしった。刃が肉に止められ、グッと抵抗が腕に伝う。
「……ぃや」
だが、刺すはずだった男は床に倒れており、一縷花はゆっくりとその顔を見上げた。
「遥……くん……」
一縷花が刺したのは遥だった。遥は一縷花に向かうピアスの男を後ろから蹴り飛ばした。だが、その勢いのまま一縷花に向かい、一縷花はそのまま誤って刺してしまったのだ。
一縷花の呼吸が荒くなる。手が、刃が、全てが震えていた。膝から力が抜けそうになる。
罪悪感が全身を呑み込み、焦りと不安で過呼吸になる。
「違う……遥くん! 私は!」
一縷花は後退り、首を振る。
――視界が歪む。
目の前にいるはずの遥の顔が見えなくなる。自分が立っている場所がわからなくなる。
ふと、自分の足元に転がったナイフが目に入る。自分が刺したやつでは無い。ピアスの男が再度持ち直して落としたナイフだ。
「――――」
一縷花はそれを拾い上げ、そして自分の首元に当てる。
躊躇いなどない。大好きな人を刺してしまった償いをするべきだと、体も心も受け入れていた。
――死ぬはずだった。本来なら、そこで一縷花は絶命したはずだった。
だが、一縷花の手は何者かに留められる。
遥ではない。どこから現れたのか、赤髪の少女が一縷花のナイフを持つ手を抑えつけていた。
「五織くん! 今!」
ここにいるはずのない赤髪の少女。三宮寺澪が声高らかに叫ぶ。
――そうして時間は巻き戻った。




