第43話 空白の三時間
そうして時間は現代へと戻る。
五織は眉を顰め、口に手を当てる。
(どうなってる? ディアナの時は俺の時間感覚が狂っていつの間にか時間が過ぎていたに過ぎない。今回は時間をしっかり見た上で戻った。なのに――)
五織は自身の腕時計を改めて確認する。
――17時32分。
戻る前は19時半頃だったはずだ。なのに時間としては二時間しか戻っていない。5回の試行の誤作動なんて今まで起こったことがないのだ。
何か他に要因があるはずだと、五織が思考を巡らせていると、菜月が顔を覗かせてきた。
「あの……難しかったら大丈夫ですよ?」
そう声をかけられて五織はハッとする。どちらにせよここは二時間前。菜月にお買い物デートに誘われたところだ。
「あ……えっと悪い。なんて言うか予定が――」
「五織くん!」
歯切れの悪い五織に突如後ろから声がかかり、五織は振り返る。すると、そこにはいるはずのない人物が立っていた。
「澪さん?!」
「良かった。やっと戻ったんだ」
澪はホッと胸を撫で下ろしそう言うが、五織の頭には疑問が増えていく。そんな五織の手を澪はグッと引いた。
「ごめん、菜月ちゃん! 五織くんを借りてくね」
「え……ああ。はい。大丈夫です」
菜月は少し戸惑ったようだったが、菜月の了承を得ると澪はすぐに五織の手を引いて早歩きを始めた。
五織はまだ呆気に取られていたが、クルッと振り返り菜月に手を振っておく。だが、三脚が邪魔で手は触れないことに気づいて声だけかける。
「わるい。七瀬。また明日な!」
「はい」
▶︎▷▶︎
澪に手を引かれたまま改札を通ると、電車がホームに入ってきたのを見て急いで飛び乗った。
そしてようやく落ち着けると、五織は澪に声をかける。
「澪さん――」
「怖かったぁ!」
五織の声を遮り、澪はハァと大きなため息をつくように膝に手をついてそう言った。
「なにがあったの?」
五織がそう聞くと、澪は小さく頷いた。
「五織くんから電話があって、予定通り五時間前まで戻ったの」
▶︎▷▶︎
放課後。澪は部室に行く足を止めて、一緒に部室に向かっていたバスケ部員に声をかける。
「――ごめん、今日体調悪いって先生に言っておいて」
あまり褒められたことではないが、五織の元に向かうにはそうするしかないと澪は嘘をつく。
だが、部員達は澪の言葉に小さく頷き、そのまま何事もなかったかのように話を始めた。
少しは問い詰められるか、心配されるかされると思ったが、あまりの反応の無さに澪は変に思いながらも五織との待ち合わせ場所へと向かった。
だが、いくら経っても五織が現れなかったため、澪はスマホを取り出して電話をかけようとする。
「……なにこれ」
スマホはいくらタップしてもその明かりが点かず、電源ボタンを押しても反応しなかった。
仕方なく、澪は道行く生徒に声をかける。
「あの……繰生五織くんを見ませんでした?」
だが、生徒は澪のことなど見えてないようにただその場を通り過ぎた。
「あの!」
澪は先生に声をかける。だが、先生もまた澪のことは見えていないようでその場を通り過ぎようとした。
「待って! 先――きゃっ」
澪は先生の進行を塞ごうと前に立ったが、強い力で吹き飛ばされて、地面に手をついた。澪がそんな状況になっても先生はそのまま廊下を歩いて行ってしまった。
「どう……なってるの?」
――澪は訳がわからないまま、だがその場にいても五織が見つからないことがわかると急いで学校を出た。
道すがら、通行人に声をかけてみるも誰も澪に反応はしてくれなかった。
まるで世界から自分だけが切り離されたような感覚を覚え、澪は恐怖に背筋を凍らせた。
「……落ち着け私」
胸に手を当て、とにかく五織と合流することを考える。菜月と買い出しに行くというのは聞いていたから、緑英高校の最寄りから四つ先の主要駅にいるはずだ。だが、一つだけ澪は心配が過ぎる。
「……電車乗れるかな」
しかし、澪の心配を他所に電車には特に問題なく乗ることができた。
電車はちょうど空いている時間でそれほど混んでいないため、人にぶつかる心配もなかったのも幸いだった。
そうして目的の駅へと辿り着くが、この広い場所で五織を捜すのは至難の業だ。
「……よし」
澪は目を瞑り、自身の頬を優しく叩くと、気合を入れて駆け出した。
▶︎▷▶︎
「それで結局、改札に戻るまで五織くんが見つからなくて……。何度か話しかけて、そしたら気づいてくれて……ホントにホッとしたの」
澪の瞳はほんの少し潤んでいて、相当怖かったのだろうと五織は理解する。それと同時に澪にあった出来事を聞いて、五織は一つ確信する。
「澪さん。どうやら5回の試行は別の特異者のせいで二時間前にしか戻れなくなっているみたいだ」
五織の体感としては二時間前にしか戻っていないのにも関わらず、澪はしっかり五時間前へと戻った。これは澪の"能力を受け付けない"という力が発揮されたことによる。
別の特異者の力で五織の5回の試行に影響を与え、五織は感覚的に二時間前に戻ったが、澪にはその影響がなかった。結果的に空白の三時間が生まれてしまった。
五織の能力は"死んだ時点から五時間前に戻し、その結果を五回の試行中まで変えられる"というものだが、五織の意識下による改変が行われなければ、結果は変わることがない。
つまりは五織の意識下ではない三時間は、改変を加えられない固定されたモノであり、澪がどれだけ動いても、本来そこにいるはずのない澪は世界から無視される。ということだ。
「五織くんの力に誰かが介入しているってこと?」
「澪さんの状況を考えると間違いないだろうね」
「……一体誰が」
「今のところ怪しいのは久遠先輩だけど……」
四暮の言う感情が見えない人=特異者であるのなら、今のところ容疑者は久遠と一縷花の二人だ。
だが、今回。遥と一縷花が何か事件に巻き込まれたことを考えると怪しいのは久遠だけになる。でもそうなると、林間学校では久遠がいなかったため、林間学校の件は別の誰かが仕掛けてきたことになる。
――敵は一人ではない。
そう考えて五織は首を横に振る。
「敵が誰かを考えるのは今はやめておこう。まずは二人の安否を確認しないと」
「……確かにそうだね」
澪も同意してくれると、五織は「それで」と話を始める。
「この電車の目的地は?」
「牧高だよ。遥と一縷花ちゃんが何かに巻き込まれたんだとしたら牧高の生徒が一番怪しいから」
「確かに」
そして、二人は牧高の最寄駅。主要駅側が上りとするならば下り方面。緑英の最寄りの隣の駅で降りる。
部活帰りにしては早く、学校終わりには遅いこの時間はホームにほとんど人がおらず閑散としていた。
牧高もとい、大牧高校に向かおうと足早に進む五織を澪がストップをかける。
「待って五織くん。流石に荷物が多いと思う」
澪に止められて五織は手に持った体育祭用具の存在を思い出して「あ」と口にする。マーカーやゴールテープなんかは問題ないが、箱に入った三脚が邪魔だ。
前回は死ぬのが決まっていたからテキトーに投げ捨てられたが、今回はそうはいかない。
「あそこのロッカーに閉まっておこう」
澪が指差すのは駅のコインロッカーだ。あまり使われていないのだろう。日焼けはしているが、取手の部分は綺麗なままだ。
区画の一つにそこそこ大きめのロッカーがあったため、五織はそのロッカーの取手に手を伸ばして引いた。
「大牧高校ってここからどのくらい――」
――カチッ
軽い音が耳に届く。
瞬間、五織の視界は真っ赤な世界に包まれた。
「服を買いに行きたいのですが……よかったら付き合ってくれませんか?」
「――――――――」
予想外の言葉――否、予想外の三度目となるその状況に数秒の時間を要してようやく五織は口を開く。
「…………は?」




