第42話 いってらっしゃい
「そうしてディアナは四千年、異世界転生者を導いてきたッス」
ディアナから語られた過去の出来事はあまりに壮絶で辛かった。四千年という長い時を経ても、ディアナはアキトを愛しているのだろう。
だから四千年という長い時間を生きてこれた。たった一人の想い人から託された想いを繋いできたのだ。
「二人目の異世界転生者は、それから千年後に現れたッス」
「二人目……」
イオリが復唱するとディアナはこくりと頷いた。
「二人目の転生者は"錬成"という力を持っていたッス。ハゴロモもイオリに渡した龍砲も、その転生者が開発したものッス」
ハゴロモの柄が日本刀にそっくりだったり、龍砲がスナイパーライフルにそっくりなのは作り手がイオリと同じ転生者だったからなのだと、イオリは納得する。
「二人目の転生者もアキトやイオリのように聡明なやつだったッス。未来に力を残し、そしてアキトの誤算を精算し、その生涯を終えた」
「誤算って、魔獣が発生したことだよね?」
イオリが問いかけると、ディアナは肯定する。
「魔獣はどんどんと増え、人間界を脅かしたッス。でもそれのほとんどを地下へと閉じ込めた」
「……ダンジョンのことか」
イオリの口から自然と出た言葉に、ディアナは微かに笑みを漏らした。
「正解ッス」
今や冒険者の稼ぎ場となっているダンジョンだが、それもまた転生者が残したモノだったのだ。
イオリは転生してきてすぐのことを思い出す。ゴブリンに襲われ、何度も何度も繰り返させられた。
それにレイと最初に訪れた村でも、大量の魔獣が襲ってきた。
今もなお、それだけの魔獣がいる中でそのほとんどを封じ込めた二人目の転生者の功績は大きいだろう。
「そうして代は千年ごとに移り変わり、それぞれが段階を踏んできたッス」
一人目の転生者は魔族から魔力を奪い。
二人目の転生者は魔獣を封じ。
三人目の転生者は魔法陣を作り、人間に魔法を与え。
四人目の転生者は魔王を封印した。
ディアナの説明を掻い摘めば、転生者はそうして時代を繋いできたのだった。
また、ディアナの予見眼や、今こうしてイオリの脳内に話しかけている"念話"の力も、転生者から引き継いだモノだとディアナは言った。
「イオリ」
ディアナから改めて名前を呼ばれる。その言葉には強い念がこもっているようだった。
「……ディアナはもう手伝いはできないッス。だからこそ、言わなきゃいけない」
ディアナはイオリを見据えて、言葉を続けた。
「女神から貰った力を過剰に信用しない方がいいッス」
「……え?」
「ディアナは予見と念話、二つの力を引き継いだッス。いずれも制限があるッス。多分、イオリのその再試行も」
「……制限って言われても。五時間というのが十分制限になると思うけど」
ディアナの言葉にイオリはそう答えると、ディアナは首を小さく頷いた。
「確かにそれも一種の制限ッス。でも、信用し過ぎるときっと痛い目を――」
ディアナはそこで言葉を切って、「いや」と首を横に振った。
「イオリならきっと大丈夫ッスね」
「……全幅の信頼はありがたいけど、ディアナの言う通り注意しておくよ」
イオリが転生した時、女神は大した説明もせずに異世界に放り出したし、女神を完全には信用してない。だからこそディアナの言葉には説得力があった。
注意しておく。元よりそのつもりではあるが、改めて胸に留めておくに越したことはないだろう。
イオリの返答にディアナは「そうしとくッス!」と笑顔を向けると、その笑顔がぼやけ始めた。
「……この念話もこれまでッスね」
ディアナはそう言って苦笑いを浮かべた。これが念話の制限ということなのだろう。
ディアナはそうしてグッと拳を握って突き出してきた。
「託したッスよ」
◀︎◁◀︎
「ディアナ!」
イオリが目を開けたのと同時、横たわっていたディアナが目を覚まし、レイとビナーラが駆け寄った。
「ナハハ。心配かけちゃったッスね〜」
ディアナはいつもの調子でそう言った。だが、呪いの影響で衰弱し切ったその声は少しだけ弱々しく聞こえた。呪いは確実にディアナの命を奪い始めているのだと全員が悟った。
そんなみんなの表情にディアナも少し視線を落とすと、口を開いた。
「時間はもう残り少ないッス。だから少しの間、ディアナの言葉を聞いてほしいッス」
ディアナの言葉に皆軽く頷くと、ディアナはレイの方をまっすぐ向いた。
「とりあえず死ぬ前にレイのおっぱい揉ませ――」
「呪いで死ぬ前に、私に殴り殺されたいのね。わかったわ」
「待って待って冗談ッス!」
拳を握って振りかぶったレイにディアナは慌てて、手を振って訂正すると、こほんと咳払いをして向き直った。
「イオリ、レイ。二人に渡したいモノがあるッス」
そう言ってディアナはベッドの横にあったハゴロモを手に取ると、イオリの方に差し出してきた。
「いいの? ディアナの愛刀だろ?」
「何のためにイオリに使わせたと思ってるんスか。最初からイオリに渡す予定だったッス」
そんな大事なものは貰えないと、イオリは断ろうとするが、ディアナはグイッと押し付けてきたので、イオリは渋々それを手に取った。
「勇者の剣はカタチをもたないッス。だから素にする魔剣にハゴロモを使ってやって欲しいッス」
「そうなんだ。わかった」
イオリはディアナから受け取ったハゴロモを改めてマジマジと見ると、何がおかしいのかわからないがディアナはナハハと笑った。
「それと、レイにはこれを」
ディアナはベッドの下をゴソゴソと漁り出すと、一本の剣を取り出し、それをレイに差し出した。
「これは?」
「先代勇者が使っていた魔剣。名をドライトロア」
「! ドライトロアってそれって」
「無論。ドライトロアの家名の元になった剣ッス」
「なんでアンタがそんなの持ってるのよ」
「このときのためッスね」
「答えになってないわよ」
「ナハハー!」
ドライトロア。言わずもがなレイの家名だが、レイが問いただしてもディアナは悪戯に笑うだけで、答えない。
異世界転生者に関わってくる話のため、口に出そうとしても出せないのだとイオリは悟った。
そのうちレイは「まぁいいわ」と諦めた。
「どんな剣なの?」
「斬るという事象を与える剣ッス」
「事象を与える?」
「まぁレイなら使いこなせるッスよ」
「ふーん、そう。ありがとうディアナ」
レイは受け取ったドライトロアを鞘から少しだけ抜いて、刃を見ると、ギュッとその剣を抱きしめた。
ありがとうの言葉はなんとも素っ気ない感じだったが、ディアナから贈られたのが嬉しかったのか、レイの口元は少し緩んでいた。
そして、二人への贈り物が終わるとディアナは真剣な表情を浮かべて、二人を見据えていた。
「イオリ、レイ。こんな不甲斐ない師匠で申し訳なかったッス。もっと二人と一緒に色んなところに行ったり、楽しいことも苦しいことも共有したかった」
「ディアナ……」
「たった一ヶ月。されど一ヶ月。この一ヶ月はディアナの生きてきた中で最も濃い時間だったと思うッス」
ディアナはニッと笑った。目の下には隈が浮かび上がり、その笑顔も痛みをグッと堪えているようだった。
徐々に弱っていくディアナを見て、徐々にその時が近づいているのを感じると、イオリはグッと喉の奥が細くなった。
「ビナーラ……最後に頼んでいいッスか?」
弱々しいその声にビナーラは小さく頷いた。
「イオリとレイについて行ってほしいッス。二人が傷ついた時、ビナーラの存在がきっと支えになるッス」
ビナーラはその言葉を受け取って、返事の代わりにディアナの小さな手を両手で握った。
「任せなさい」
力強い言葉にディアナは笑顔を浮かべて頷いた。
「レイ。イオリを頼んだッス」
「ええ。任せて師匠」
「……お! いい響きッスねぇ。じゃあ一揉みいい――。なんでもないッス」
ディアナのおちゃらけに、レイはギロっと睨みつけると、ハァとため息をついた。
「……なんでここぞという時にふざけるのよアンタは」
「湿っぽいの苦手なんスよぉ」
「まったく……」
レイはそう言いつつも、その表情は柔らかい。
「イオリ」
ディアナに呼ばれて、イオリはグッと背筋を伸ばした。二人は互いに目配せだけすると、頷いた。
もう、ディアナから十分過ぎるくらい受け取った。これ以上、言葉は必要なかった。
「みんな……大好きッス!」
ディアナは最後に飛び切りの笑顔を浮かべると、ゆっくりと息絶えた。
◀︎◁◀︎
一つの墓石にイオリ達は手を合わせる。
風が静かに草を揺らし、木漏れ日が墓石を照らした。その場所はアキトが眠る場所だ。
ディアナからそうして欲しいとは言われなかったが、きっと彼女も、アキトの傍で眠ることを望んだだろう。
「イオリ。行くわよ!」
手を合わせていたイオリにレイが声をかける。イオリは小さく頷くと、ゆっくりと腰を上げた。
「行ってくるよ。ディアナ。アキトさん」
その言葉を風に乗せ、イオリは踵を返すと、レイとビナーラが待つ方へと歩き出した。
イオリの背中には静かに陽光が降り注いでいた。
お読みいただきありがとうございます!
三章の異世界パートはこれにて幕引きとなり、次回から現代パートに戻ります。
イオリとレイ。二人の歩みに幸あれッス!




