第41話 四千年後も愛してる
「だから魔族に魔力がなかったんだね」
魔族だというのに魔力を持っていないことに違和感があったが、ディアナの話を聞いてイオリは納得する。
「てことはディアナが魔力侵蝕病に罹った理由って――」
イオリが言い切る前にディアナは頷き、答えた。
「そうッス。ディアナには生まれながらに魔力があったッス」
そして、同時にイオリは理解した。ディアナが故郷で迫害を受けていた理由。それがまさに魔力を持っていたことだったのだと。
「でもなんで魔力を?」
魔力は魔族のモノ。であればなぜ突然ディアナは魔力を持って生まれたのか。そのイオリの問いにディアナは頬をかいた。
「言うなれば、確定した未来に追いつくため……ッスね」
「確定した未来?」
「生まれた時点でディアナは四千年生きることが確定していた。そして四千年後には皆、魔力を持って生まれるようになる。だからその皆に追いつくため、ディアナは魔力を持って生まれたっていうのがアキトの仮説ッス」
「それってまるでアキトさんが四千年後の未来を知っていたように聞こえるんだけど」
イオリがそう言うと、ディアナは俯いて、そしてイオリを見据えて口を開いた。
「……話を続けるッスね」
◀︎◁◀︎
魔力侵蝕病を患ったディアナだったが、次に起きた時には身体を蝕んでいた痛みが嘘のように消えていた。
自分が眠りについてからどれほどの時間が経過したかわからないが、きっとアキトがなんとかしてくれたのだろうと、ディアナはゆっくりとその体を起こした。
アキトの姿を捜そうと辺りを見回すと、アキトは床で毛布をかけて横たわっていた。
きっとディアナの病気を治すために昼夜を厭わずにいたのだろう。ディアナが起きてもピクリとも動かない。
だが、そんな床で寝ていたら冷たいし、硬いし、体に悪いだろう。病気のディアナを気遣ってくれたのだろうが、せっかく二人が並んで寝られる大きなベッドにしたんだから、一緒に寝ようとディアナはアキトを起こそうとする。
「アキトー! 愛する妻のお目覚めッスよー! そんな硬いところで寝てないでこっちで一緒に――」
アキトは起きなかった。その瞬間、心臓の奥が冷たい何かに掴まれた気がした。
「…………アキト?」
嫌な予感がディアナの身体を駆け巡り、ディアナはアキトにかかっている毛布をゆっくりと捲る。
「――っう」
ディアナは床に頽れ、信じられないと首を振った。
「ぃや……」
アキトは――死んでいた。その胸には手が入るであろう大きな穴が開き、そこに通じる管が机の上に置いてある魔石に繋がっていた。
そして、ディアナは自身の胸に大きな縫い痕が残っていることに気づいて全てを悟った。
「いやだ……こんなの……嘘だ……」
ディアナは床を這うようにアキトに近づき、倒れ込むように肩を抱きしめる。
「アキト……お願い。お願いだからぁ」
涙が溢れ、嗚咽が声を千切る。言葉にならない声が喉に詰まり、ディアナは縋るようにアキトの亡骸を揺さぶった。
「ディアナを……置いてかないでぇ」
必死に声を出すもアキトからの返事はいつまでも返ってくることはなかった。
――そうしてどれだけの時間が過ぎただろうか。
涙も枯れ、声も出なくなったディアナはふと机に目がいく。そこにはアキトに繋がれた魔石とは別に、紙が置かれていた。
「……てが……み?」
"ディアナへ"と書かれたそれを手に取り、封を開け、中に入っていた手紙を取り出した。
ディアナ。君がこの手紙を読んでいるということは俺は君の蘇生に成功したのだろう。
だが、こうして手紙を贈ることになってしまったことをどうか許してほしい。
そう書き始められた手紙をディアナはゆっくりと読み進めた。
君は病で一度、息絶えた。だから俺の心臓を使って君を蘇生することにした。俺にはもうそれしかできなかった。
俺の体は魔力を一切持たないために、抗体となり君を助ける。俺の心臓を移植された君は、もう魔力侵蝕病に罹ることはない。安心してくれ。
そして、ここから先に書かれていることが君に伝えることができているのか。それはわからない。でもきっと大丈夫だ。俺が視た◾️◾️で君は生きて、そして◾️◾️◾️◾️◾️◾️と一緒にいたから。
「なんスか……これは」
そこから手紙の文字が途中途中、火で焼かれたように消えていた。誰かが意図的にそれを消したみたいに、大事なところだけが穴抜けていた。
だが、不思議とディアナはそれが読めた。
俺が視た"未来"では君は生きて、そして"異世界転生者"と一緒にいたから。
まるでそこにあった過去を視るように。いや、これは未来だ。ディアナが病で死んだ後の未来。アキトが視ていた光景がディアナにも視えているのだ。
俺はこの世界とは全く違う世界で生まれて、死に、そして魔王を倒せば、元の世界に帰れるという条件を得て、この世界へと転生した。
俺は俺を転生させた女神から魔王を倒すための力を与えられていた。それが"未来を見通す"という力だ。
「未来を……!」
ディアナはようやく納得がいった。アキトが全てにおいてタイミングよく、事をこなしていたことに。
だが、転生してすぐ俺は絶望した。視えたのだ。
俺は魔王を倒すための力で、魔王を倒せないことを知ってしまった。なんとも皮肉なことだと思ったよ。
でも、俺は絶望に呑まれなかった。
君がいたからだ。ディアナ。
君といた時間はかけがえなく、俺の絶望に染まった黒が、幸せに溶け込み、いつしか現世に帰りたいという気持ちも無くなっていた。
そんな君を残すことになってしまったこと。何より病で苦しい思いをさせてすまなかった。
自身の死の間際は未来視には映らなかったんだ。だから君に魔力が宿っていることも俺は知らなかった。だが、四千年先の未来を視て、俺は察するべきだったんだ。
四千年先の未来では人間も魔力を持ち、魔法を使えるようになる。そこには君の姿もあった。君には四千年以上生きるための未来の体が備わっているのだと。これは俺の落ち度だ。本当に申し訳ない。
そして、謝罪する立場でありながら、君に頼み事をする俺を許してくれ。
――どうか未来を繋いでくれ。
魔王は侵攻を止めることはない。この世界は魔族に脅かされ続ける。どうか俺たちの未来のために、戦ってほしい。彼らを導いてほしい。
「……わかったッス」
ディアナは枯れていたはずの涙が、また頬を伝っていたことに気づくと、グイッとそれを拭った。
すると、手紙の一枚がひらりと舞い、横たわるアキトの隣に滑り込んだ。
最後に。
ディアナ。そう名付けたときを覚えてるか?
俺は君に月の女神の名前だと言ったと思う。君は真っ暗な夜を照らす女神だとそう思ったんだ。
だけど、もう一つ理由がある。
俺の名前は"旭人"と書くんだ。この字には朝日の意味を持っている。月は太陽がいなければ輝けない。君の中で俺の光が少しでも届いていてほしいと、そう願いを込めたんだ。
「アキト……」
ディアナはキュッと唇を結び、そしてディアナはアキトの手を握りしめる。もう温もりはないはずなのに、掌の奥にだけかすかな熱を感じた。
「ディアナもずっと――」
口下手で、最後まで君に言えなかったが、俺は君をずっと愛している。君が一番だと照らし続ける。
『四千年後もずっと――』
「『愛してる』」




