第39話 忘れていた
――効いている。レイへのサポートなら力になれる。
イオリは思わず口角を上げる。
一撃、二撃と、レイの剣線が敵の鱗を捉え始めている。レイのブラジオーゼが鱗を割り、敵の動きが鈍くなったのもあるが、レイの動きがどんどんと増しているのもあるだろう。
それを感じたのはイオリだけでなく、ディアナも同じようだった。
「調子出てきたッスね! レイ!」
「ディアナ。私に合わせなさい!」
師匠に対する敬意がなっていない高飛車な物言いだが、ディアナは笑顔を浮かべて、返事した。
「了解!」
二つの剣撃と狙撃。徐々にであるが敵を追い詰め、その表情にも陰りが見える。
「ちぃ!」
敵。魔獣王コーネリアは舌打ちをすると、六つの手を背中から生やして、レイの剣を受け止め、ディアナの剣を躱す。
そして、受け止めていた手を切り離すと、それが拘束具となってレイの手足を封じる。そのまま追撃するかと思ったが、コーネリアは翼を広げ、レイの横を一瞬で通り過ぎる。
「っ! イオリ!」
レイの警告が耳に響く。
狙撃を厄介だと判断したのだろう。一直線にコーネリアは向かってくる。
「くっ……」
イオリが狙撃で迎え撃つも、その弾はコーネリアを掠めることすらできない。
「お前から死ね!」
「死なせないわよ!」
コーネリアの鉤爪がイオリを捉える直前で見えない何かに阻まれて曲がった。
「っ――結界だと?!」
「ありがとうございます!」
ビナーラの結界の魔法陣。いわば防御結界なのだが、ビナーラのそれに助けられてイオリは間一髪を逃れる。
先にビナーラに「守ってね」と言われたのに、逆に守られる側になってしまったのは歯痒いが、そもそもビナーラはイオリが守らなければならないほど弱くはない。
その一瞬でレイとディアナがコーネリアに追いつく。二人の剣撃に合わせ、イオリは二発ほど撃ち込むと、その場から立ち上がる。
「場所を移動します。目隠しお願いします」
「了解!」
ビナーラは手を広げ、新たな魔法陣を描く。否、準備しておいた魔法陣に魔力を流したというのが正しい。
隠蔽の魔法陣。ディアナの家と同じそれを展開し、イオリとビナーラは自身の姿を隠して移動する。
そもそもスナイパーが敵の前に姿を現すこと自体ナンセンス。スナイパーは一つ撃ったら移動。それが鉄則だろう。
と言ってもこの世界は銃撃はそれほど強いとされていないため、戦い方はイオリが漫画やアニメで得た知識に過ぎない。
レイの炎を纏った剣が鱗に触れ、コーネリアに斬撃を与えていく。コーネリアは何故自身の鱗を割れるようになったのかわからないようだった。
レイは炎の魔法が得意であり、咄嗟に出す魔法は炎だし、必殺技も炎が主体だ。そのため、彼女が炎の剣士であると勘違いしてしまう。だが、彼女は宮廷魔法師の娘。五つの属性全てを司る最強の魔法師の娘なのだ。
彼女もまた全ての属性の魔法を携え、全ての魔法に精通している。
剣速に雷を合わせてその速度を雷光まで上げ、一撃に風魔法を合わせ火力を高めている。一見、炎の魔法しか使っていないように見えるが、彼女は状況に応じ魔法の組合せを変えている。
先ほどまでは焦ってその使い分けが出来ていなかったようだが、逆にそれが敵の不意をつけている。
「ちぃ……!」
コーネリアは舌打ちし、紫の炎を放った。紫の炎は全てを燃やし尽くし、瓦礫さえも灰へと変えた。
そこはイオリが先ほどまでいた場所だ。隠蔽の魔法陣で隠れているとはいえ、一度銃を放てば場所は丸わかり。コーネリアは未だイオリを狙っている。
(なんつー威力だ)
その威力を目の当たりにして、一瞬背筋を強張らせるも、イオリは落ち着いていた。落ち着いて銃を構える。スコープに目を通し、その時が来るまでジッと待つ。
◀︎◁◀︎
どんどんとその地形が崩れ、建っていたはずの柱もその形を保っていない。
部屋を照らしていたはずの炎もいつのまにか消え去り、パチパチと燃える炎と紫炎が視界の端で揺れる。
轟然と唸る熱風が自身の肌すら焦がすが、レイの青眼はコーネリアを捉え続ける。
「はぁ!」
そして、剣撃も敵の鱗を捉え続ける。一度割っても、すぐに再生をするが、再生も無限ではない。
魔族は魔力がない代わりに命力。命を削った力を使う。つまり鱗を削るのは命を削るのと同じ。血は出なくとも敵にダメージは入っているはずだ。
「いい気になるな!!」
コーネリアが怒号を上げ、背中から触手のようなものを伸ばしてくる。
だが、レイはそれを気にも留めず、剣を振るうのをやめない。一つだけ足を狙って伸びてきたため、それだけ跳躍して躱すが、空中で回転しながら剣を振るう。
その他の触手はイオリの銃撃が弾き、ディアナの剣がはね返す。そして、空いた敵の隙に剣を滑り込ませる。
「ブラジオ――」
途端、視界が闇に包まれた。一瞬何が起こったかわからなかった。全て捌いたはずの触手が爆発し煙幕を作り上げたのだ。
それを理解するのに一秒。たった一秒だ。だが、その一秒が形勢を変えた。
レイは敵が見えなくなったことで、ブラジオーゼを一時中断しそうになるが、そのまま剣を振るった。
煙幕を斬るが、そこに敵の姿はない。すぐに防御に切り替えるも、振り斬った体勢から替えきれず、不完全なまま横から衝撃を受ける。
「くっ……」
骨が軋む音と共にレイは地面を転がった。剣を突き立て転がる体をなんとか止めるが、顔を上げて、視界に映ったのは手に禍々しいオーラを込めたコーネリアの姿だ。
「――――」
終わり。きっと敵もそう考えているはずだ。だが問題ない。何故なら――
コーネリアはその手に込めたそれをレイに向けて放とうとする。その攻撃体勢のコーネリアを横から銃撃がはねる――はずだった。
レイの双眸に映ったのは、銃撃を翼で完全に防ぎ、嘲笑ったコーネリアの表情。その表情でレイは理解した。釣ったのではない。釣られたのだ。
コーネリアはぐるりと顔を回し、イオリの方へと込めていたオーラを向ける。
「ドラゴン・アッシュ!!」
竜を模した禍々しい闇の炎がイオリへと放たれた。
「っ! イオリィイイ!」
結界では防げないと瞬時にわかるその絶望にレイは手を伸ばし悲鳴を上げた。
地面を抉り、空間を削り、魔法陣が削られ、隠蔽の魔法陣すらも消失し、イオリとビナーラの姿が露わになる。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」
その間に雄叫びを上げて滑り込んだのはディアナだ。ハゴロモを突き立てて、コーネリアの命法を留める。
「モタモタしてんじゃねえぇぇぇッス! レイいぃぃぃ!!」
初めて聞いたディアナの怒号にレイは背筋を伸ばし、立ち上がる。
グッと足に力を込め、目の前にいるコーネリア目掛け剣を突き立てる。
「はぁ!」
「無駄だ!」
だが、それは鉤爪に弾かれ、そして瞬く間に尻尾が右から向かってくる。
「がぁあ!!」
レイは尻尾を剣で受けながら前へと進む。刃で受けきれていない、ごつごつとした鱗が肌を削るもレイはそのまま突き進む。
「特攻とは……イかれたか!」
目の前に紫炎が放たれる。それでもなお、レイは突き進んだ。削れた肌からは血が流れ、炎が肌を焼く。
――かまわない。
レイの両手に剣が握られる。紫炎に焼かれながら取り出した二本目の剣。コーネリアも予測してなかったのだろう。映り込んだその表情は驚きに満ちていた。
片方に炎を込め、片方に雷を込め、叩き込む。
「レイジ……オーゼェェェエエエエ!!」
二本の剣が交差した瞬間、爆ぜるような音とともに炎と雷が絡み合い、紅蓮と蒼雷の双渦となってコーネリアを包み込んだ。
「なっ……!」
コーネリアが六本の腕を生やして反射的に盾とするが、そのたびに焦げ、裂け、雷鳴のごとき衝撃が骨の芯まで突き抜ける。
レイの全身から魔力の奔流があふれ出す。炎が髪を舞わせ、雷光が青眼をきらめかせる。双剣が刻む軌跡はもはや剣筋ではなく、奔る龍のような光の双螺旋となって敵の胴を貫く。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁあああああッ!!!」
コーネリアが絶叫する。鱗が音を立てて剥がれ、命力が火花のように散る。紫炎が霧散し、禍々しい翼すら引きちぎられていく。
レイは止まらない。炎の剣を振るうごとに雷の剣が追い、雷の剣を振るうごとに炎の剣を叩き込む。
「はぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
二つの剣がクロスし、バツ字の光が閃光となってコーネリアを真上に弾き飛ばした。遅れて爆裂のような衝撃波が広間を薙ぎ払い、瓦礫が弾け飛ぶ。
そうして一時の静寂の後、コーネリアが力無く地面に落ちた。
レイは膝をつき、両手に握る双剣を地面へ突き立てる。肩を使って無理やり空気を取り込まなければ、意識が遠のいてしまうだろう。それほどまでの疲労感がレイを襲っていた。
「……みん……なは」
だが、皆の安否を確認するまで倒れるわけにはいかないと、レイはゆっくりと立ち上がった。
視界がぼうっと揺れる。その虚ろな視界でレイは歩を進める。
「あっ」
瓦礫に躓いて倒れそうになったところを誰かが支えてくれる。
「……良かったわ」
「弟子が師匠の心配なんて、偉くなったもんスね」
そういつもの調子でディアナは特徴的な笑いをすると、「よっこいせ」と言ってレイを背負った。
「……ちょっと」
「どうスかー? 師匠っぽいでしょ?」
ディアナの方が背が低く、筋骨隆々というわけでもない細い腕に、背中だってレイが収まりきるには小さい。だが、その背中には不思議と安心感があった。
「……そうね。今はもう抵抗する力すら出ないから、このままでいてあげる」
レイは少し恥ずかしさがあるも、そのまま力を抜いてディアナに体を任せた。
「レイ!」
すると、イオリとビナーラもレイの元へと走ってきた。心配そうな表情を浮かべるイオリにレイはフッと鼻で笑った。
「安心しなさい。私は大丈夫よ」
「良かった……本当に」
レイはイオリの言葉にキョトンとした表情をする。こっちが心配していたというのに、なぜ自分の方が心配されているのだろうかと。
「アンタも無事で……良かったわ」
その言葉にイオリもまたキョトンとした顔を浮かべた。きっと心配の言葉がよっぽど意外だったのだろう。
(失礼しちゃうわ)
そう思ってレイはフッと笑った。
◀︎◁◀︎
魔獣王コーネリアはレイに倒されると、禍々しかったその見た目が徐々に変わっていった。
コーネリアが現れる前に戦った魔族とブラックドラゴンがコーネリアの体から分離し、その姿が現れると砂煙になって消えていく。
ディアナが言うには最初に戦った魔族は魔族ではなく、魔獣に自身の遺伝子を注入した改造魔獣だったらしい。
一度ひいて戦力を集めていたら、あのレベルの改造魔獣が十数体いたかもしれない。「そうなったら絶対勝てなかったッスね〜」と笑っていたが、それを聞いてイオリは背筋を凍らせた。
とにかく、勝てて良かった。それも一度も戻ることなくだ。
レイはそこそこ重傷だったが、それも転移魔法陣に辿り着くまでにビナーラがささっと治してしまった。
すると、レイはすぐにディアナの背中から降り、ディアナは「せっかくレイの感触を感じていたのに」と不平を垂れていた。
結果、誰も欠けることなく戻ってこれたとイオリはホッと胸を撫で下ろした。だが――
(……なんだ? この何か引っかかる感じは)
四人は転移魔法陣を通り、ダンジョンの外まで出てくる。久々の外だ。サンドレアは今日も太陽が照りつけていて、イオリは眩しさに目をすがめた。
日の照りつけを見る限り、四日は経過しているだろう。
そこまで考えて、イオリはハッとする。
(四日も経過してる!?)
予定では今回の件は三日で完了する予定だった。最後にイレギュラーがあったとはいえ、順調だった前半を考えれば予定通りだったはずだ。
(……狂っていた)
時間感覚が狂っていたのだ。
イオリは忘れていた。再試行を使えば"きっかり五時間前"に戻れることを。
再試行を使用する頻度も減り、安心し切っていた。慎重さを欠いていた。
ダンジョン内で一度でも再試行を使っていれば時間感覚の狂いはなかっただろう。
「……イオ……リ」
そしてイオリの嫌な胸騒ぎはカタチとなって現れる。
――ダンジョンから戻ってすぐ、ディアナが倒れた。




