第37話 順調の時こそ慎重に
虹の洞窟に行った次の日。イオリ達はまたしてもディアナに呼び出された。
と言っても今日の集合場所はギルド。つまりは何か依頼が入ったということだ。
「五十層の視察?」
「そうッス。既に依頼は受注済み。張り切っていくッスよ〜!」
そうディアナに言われ、イオリはレイを見る。だが彼女はこちらに目も向けず、ため息だけついた。
「五十層までになると三日はかかるでしょ? こっちだって準備があるんだから言っておきなさいよ」
「ありゃ。また叱られてしまったッス。レイは手厳しい。いや、細かい!」
「アンタが大雑把なだけでしょうが。それと、ビナーラは?」
「ビナーラにはもう伝えてあるッス。ビナーラも準備するからってどっか行ったッス」
レイの視線がさらに鋭いモノになった。「ビナーラにも伝えてなかったのか。このババアは本当にダメだ」とでも言いたげな表情だ。
「じゃあダンジョンの入り口であらためて待ち合わせね」
「了解ッス!」
ダンジョンの方へ向かうディアナ。商店街の方に向かうレイ。どっちに着いて行けばいいのか悩んでいると、レイがくるりとこちらを向いた。
「何やってんのよ。アンタはこっち」
「お、おう」
レイに呼ばれて横に追いつく。
(よかった。別にいつも通りか)
昨日のやり取りで、イオリは多少気まずさを感じていたが、当の本人は気にしていなかったようだ。
いつも通りのツンとした表情。高々と結ばれたツインテールがイオリの視線に入ってくる。
その視線を変に思ったのか、レイは足を止めて訝しむ目を向けた。
「なに?」
「いや、なんでもない。お金足りるか?」
「問題ないわ」
レイは懐から取り出した小袋をジャラジャラと鳴らしてみせた。
ポーションや保存食など、準備を整え、ダンジョンの方に向かっていると偶然ビナーラと一緒になり、ダンジョンの入り口でディアナと合流する。
遠くからイオリが手を振ったが、ディアナは何か物思いにふけている様子で空を見上げており、イオリが声をかけて、ようやくこちらに気づくと飄々とした笑顔を浮かべた。
「お! ビナーラも来たッスね! じゃ! 行くッスよー!」
元気に声を上げる姿に、さっきのディアナの表情は気のせいだったのだと、イオリは結論付けてダンジョンへと入っていった。
◀︎◁◀︎
二十層。以前はブラックドラゴンが巣くっていたが、現在は元通り、『ウロミノタロス』がボス部屋に鎮座していた。
ダンジョンに蔓延る魔獣は、倒しても一定時間が経過するとダンジョン内の魔力を素に再生成される。
まるでRPGのようだが、イオリはそういうものなのだと特に考えることもなく納得する。
――ただ、問題は別にあった。
このダンジョンの中では再試行が上手く機能しないのだ。
サンドレア特有の"時飛ばし"が干渉していると思っていたが、ダンジョンそのものもまた時間感覚を狂わせている。
最初はそのことに多少の心細さを覚えていたが、頼りになる彼女たちのおかげで、いつの間にかイオリは再試行を前提とした考えを無くしていた。
故にこれも今となっては問題ではないが――。
さてウロミノタロスだが、イオリ達が部屋に入ると、玉座から立ち上がり、すぐに戦闘モードへと入った。
イオリを簡単に真っ二つにしてしまえそうな巨大な斧を振るい、隆々な肩でそれを背負うように持った。
「イオリ。一人でやってみるッス!」
「えぇ?」
そう言ってディアナはハゴロモを鞘から抜いて放ってきた。
それをキャッチすると、ディアナは顎を上げた。使ってみろということなのだろう。
そんな簡単に自身の愛刀を貸していいものなのかとイオリは思うが、借りられるものは借りておこうという精神でハゴロモを構えた。
「――――」
目の前の魔獣と相対する。家を超えるほどの巨躯。魔獣の赤い瞳に睨まれて、一瞬イオリはたじろいだ。
だが、ギュッと刀柄を握り直し、腰を落として構える。
「――いくぞ」
イオリは前へと出る。ウロミノタロスが肩に乗せていた斧を持ち上げ、それを思い切りイオリに振り下ろしてきた。
イオリはそれを軽々と横へと躱すと、そのままウロミノタロスに目掛けて突き進む。
横からウロミノタロスの手が迫ってくるが、掴まれる寸前で跳躍し、その太い手首に手をつくと体を回転させて大腕へと着地。そのままウロミノタロスの腕を駆けていく。
そして、肩までたどり着くと、また大きくジャンプ。ハゴロモの照準を赤い目へと合わせる。
「シッ!」
レイピアのように突き出し、その視力を奪おうとする。だが、ウロミノタロスは顔を動かし目への直撃を回避。イオリの攻撃はウロミノタロスの頬を掠める。
「――っ!」
空中にいたイオリにウロミノタロスの拳が横から撃ち込まれ、イオリはなす術もなく壁へと吸い込まれた。
咄嗟にハゴロモを大剣へと創造し、防御できたが、背中に受けた衝撃が全身に走る。
「っ! イオリ!」
レイの声が部屋の中に響いて、イオリの鼓膜を揺らした。
心配の声が聞こえる。つまりは大丈夫だ。致命傷ではない。
イオリは目の前に斧が迫っていることに気づいて、寸前でそれを躱し、地面へと着地する。斧が衝突した衝撃が部屋全体を揺らし、パラパラと砕けた壁が降ってくる。
イオリは口を濡らしていたものを拭いとり、すぐに次の行動へと移す。
視力を奪うことに失敗した。なら次は――
「おらぁ!」
イオリはウロミノタロスの足元に滑り込むと、大剣を振るうかの如く、ハゴロモを振るい、その太い足を斬り込む。
途端、ウロミノタロスが低い悲鳴をあげて膝をついた。もちろん、イオリは手を止めない。
膝をついたウロミノタロスの背に跳び乗ると、その背に斬り込む。太刀の如く、一撃一撃を深く、素早く。
そしてまた悲鳴を上げたウロミノタロスはその背を立たせて、イオリを振り払おうとする。その勢いに合わせて、イオリはもう一度跳躍する。
ウロミノタロスの背の勢いを合わせた大ジャンプ。イオリは姿勢を制御し、ぐるりと一回転。ハゴロモを高く掲げる。
「うおおおお!」
大剣と創造したハゴロモがウロミノタロスの頭を捉え、その勢いは地面までたどり着く。
一刀両断。その巨大な体が真っ二つに割れ、ズドーンと地面に落ちた。
完勝。というわけではないが、一度もループすることなく、イオリはウロミノタロスに勝利することができた。
だが、ドッとやってきた疲労感に視界が奪われ、そしてそのままイオリは倒れた。
◀︎◁◀︎
パチパチと鳴る音に気づいて、イオリは目を開く。目の前には炎がゆらゆらと揺れて、その奥にディアナの姿を見つけると、ディアナも気づいて声をかけてきた。
「起きたッスねー! イオリ。お疲れ様ッス〜」
そうしてようやく自分の置かれた状況に気づいて、イオリは背を起こした。
「レイとビナーラさんは?」
「レイは薪を取りに。ビナーラは見回りッス」
そう淡々と説明されて、「そっか」と返事をする。
「なんとか勝てたんだな。俺」
「そうッスね〜イオリも強くなってるッス」
「いや……あんなのほとんどハゴロモのおかげだよ」
ウロミノタロスの攻撃を一発受けてしまった。咄嗟にハゴロモで防御したから良かったものの、普通の魔剣であればアレで即死だっただろう。
魔力がないイオリにとって、たった一発の攻撃が致命傷になる。つまりは攻撃を受けないように立ち回らなければいけなかったのだ。
「初めてでハゴロモをあれだけ使いこなすのはすごいことッス。ちゃんとイオリの功績ッスよ〜」
「でもレイだったら、もっとあっという間に倒してただろ?」
「んー、どうスかね〜」
ディアナは薪を折りながらそう答え、火の中へと放った。
「でもレイは悔しがってたッスよ」
「え?」
「……二人はいい関係だと思うッス。互いに意識し合い、切磋琢磨しながら、高め合っている」
ディアナの言葉にイオリは眉を顰めた。レイは強い。自分が守るなんて烏滸がましいくらい彼女は気高い。今は彼女に追いつくのがイオリの目標だ。
だから自分が意識しているのは当たっているが、彼女が自分を意識しているなど、それこそ烏滸がましい考えだろう。
「……レイが俺をライバル視なんてするとは思えないけどな」
「なんでそう思うッス?」
「そりゃだってレイは俺よりずっと強いし、アイツは上を見てるから」
きっと自分のことなど眼中にない。旅を共にしているから多少気にしてくれているとは思うが、ディアナの言うような切磋琢磨している関係とは違うと思う。
「そうスか。まぁ夫婦共々頑張ってほしいのが師匠心ッス」
「……夫婦じゃないっての」
イオリは弱々しくそう返しておく。
そうこうしていると、レイとビナーラが戻ってきた。ビナーラは「念のため」ともう一度治癒魔法をかけてくれた。
レイは隣に座ると「もう大丈夫なの?」と保存食の缶を手渡してくれた。
「……ああ。ありがとう」
「そ。じゃあ明日は目指すは四十層ね」
「四十層もまたボス魔獣がいるんだよな」
「安心しなさい。明日は私がやってあげるから」
「そうか。じゃあ安心だ」
一人で戦う必要はそもそもないのだが、きっとウロミノタロスとの戦いに感化されたのかもしれない。
そう思うと、ディアナの言っていたことにもなんとなくしっくりくるようになった。
ゲームをやっている友達を見て、自分もやりたくなっちゃうアレだ。
そう自身の中で納得していると、レイがジッとこちらを見ているのに気づく。
「どうした?」
「……別に。アンタみたいな失態はしないからって言ってやろうと思ったのよ」
「……レイらしいね」
そして翌日。宣言通り、四十層のボス魔獣をレイは危なげなく倒した。
流れるような一連の剣撃にボス魔獣は一切の反撃をすることができずに倒れて砂煙と化していった。
あまりに順調。元々ディアナも「このメンバーなら全く問題ないッス〜」と言っていたから当たり前なのだが、依頼の目的地である五十層に着くまで、危機はいずれとしてなかった。
――だからその時が来るまでイオリは忘れていた。




