第35話 お前らはいつも俺の前を行く
「Sランク?」
「そーッス! Sランク冒険者ディアナちゃんッス! んで、パーティどうッスかー?」
「どうって言われても……」
イオリは戸惑いを見せつつ、レイに視線を向けると、レイはハッと小さく息を吐いた。
「Sランクがいてくれるなら願ったり叶ったりだわ」
「お! 話が早いッスねー!」
ディアナはイオリの肩に回していた手を戻して、受付嬢の方に目を向ける。
「それじゃあ、Sランクの依頼書見せて欲しいッス〜」
「は、はい。只今!」
「そんな焦らなくて良いッスよー」
慌てる受付嬢にそう声をかけると、ディアナはナハハと笑いながらイオリとレイの方に視線を向ける。
「意外だったッスか?」
「そうね。まさかSランクだとは思わなかったわ」
「SランクってAランクよりさらに上ってことだよね?」
イオリがそう確認すると、レイはこくりと頷く。
「国が認めた最高戦力。今Sランクの冒険者は十人に満たないと聞いたわ」
「そんなにすごいの?!」
「いやぁ〜照れるッス」
レイの言葉に驚いたイオリが見ると、ディアナは照れ照れと緩んだ表情を浮かべる。
「……まぁこんな子がって思ったけど」
「む? 失礼ッスね! ディアナはこれでも四十八ッスよ!」
ディアナの発言にイオリもレイも目を見開いて驚く。ディアナの見た目はイオリのイメージするエルフからそう離れてはいないものの、背はレイよりも低く、女性らしい部分もかなり貧相だ。それに加えて活発な感じの後輩口調。二人が驚くのも無理はなかった。
「……嘘でしょ。年上なの?!」
「どーいう意味ッスか!! 確かにディアナはレイさんのような大層なもの持ってないッスけどー!!」
「ちょっ! 揉むんじゃないわよ!!」
ディアナの頭にレイの渾身の拳骨がぶつかると、ディアナは「痛いッスー!」と子どものような絶叫を上げた。
だがそれに懲りずに次はレイの胸元に顔を押し付け始め、レイがそれを引き剥がそうとして戯れ合いが始まった。
「……なにやってんだか」
イオリは呆れ顔でそのやりとりを見ていると、受付嬢が戻ってきたのに気づいて「すみません」と小さく頭を下げた。
◀︎◁◀︎
「ありえない! あんな変態年齢詐称ババア。Sランクなんて言っても願い下げだわ!」
「まぁまぁ。落ち着いて。もう依頼の受注も済ませちゃったし」
「はぁ?! アンタ勝手に!」
「ちょっと! ババアとはなんスか! 確かに年齢的にはババアだけど、人に言われるのは傷つくッス!!」
「うるっさいわね! 全部本当のことなんだからいいじゃない!」
レイとディアナの戯れ合いがそこそこ長く、止めるのも面倒だったイオリは受付嬢と話して一連の手続きを済ましてしまった。
依頼も受付嬢がおすすめというか、なかなか依頼が達成できずに滞っているモノを勧められて、それを受注した。
そして今。依頼のあったダンジョンの方へと向かう道の途中であり、その間もレイとディアナのやりとりは続いていた。
(さすがにダンジョンに入ってからはやめてくれよ)
だが、イオリの心配を他所に、意外にもダンジョンに入ると二人は急に意識が変わったのか真面目に話だした。
「それで? 依頼の内容は何なのよ」
「二十層に棲みついてしまったブラックドラゴンの討伐だってさ。本来ここにはいないってことかな?」
「そうッスね。ブラックドラゴンはもっと深層の五十層くらいなはずッス」
ブラックドラゴンがいるせいで、浅い層の依頼すら滞る始末で困っているため討伐してほしいというのが今回の依頼だ。
それだけ深層にいるはずのブラックドラゴンがなぜ二十層という浅い層にいるのかは謎だが、実力者であっても中々討伐できないのが現状なのだろう。
イオリとしてはそんな強い魔獣を相手するのは嫌だが、ディアナの実力を確かめるちょうどいい相手であるのも確かであり、レイもそう思ったのか「ふーん」と依頼内容に納得を示した。
道中もほぼ問題なく、レイが片っ端から倒し、ディアナとイオリは手持ち無沙汰なくらいで二十層まで辿り着いた。
「…………」
二十層に着くなり、ディアナがその足を止めると、イオリとレイは振り返って小首を傾げた。
「どうしたのよ?」
「……いや、なんか空気が変な感じッスけど、そもそもブラックドラゴンが棲みついているんだから当然ッスね」
ディアナがナハハと笑い声を上げてそう言うと、イオリたちに追いついた。
「それで? ブラックドラゴンと遭遇したらアンタがやるの?」
レイがディアナにそう問うと、ディアナは手を組んで「うーん」と首を傾かせた。
「ブラックドラゴンくらいならレイさんの力で十分倒せると思うッス。もし倒せたならこの依頼の報酬は全部あげるッスよー」
「……そう。アンタの実力も見てみたかったんだけど」
「いやぁ〜。その時が来れば良いッスね〜」
「ディアナさんはレイよりも強い自信があるんですか?」
イオリが唐突にそう聞くと、ディアナは手を前に出して横に振り、
「急に敬語とか、さん付けなんてやめてくださいッス〜。歳とか関係なくフランクに接してほしいッス」
そう照れながら言い、そしてイオリの問いに対しては真剣な表情を浮かべて答える。
「まぁ正直、レイさんの数倍は強い自信はあるッス」
「……へぇ? 言うじゃない」
ようやく落ち着いたと思っていた二人の言い合いがまた始まってしまいそうになり、イオリは失言だったと自身の口を抑えた。
だが、レイはディアナを睨み付けつつも、ハァとため息をついてふいっと道の方へと顔を向けた。
「とりあえず依頼を済ませましょ。話はその後よ」
「同意ッス〜!」
意外にも冷静を保ったレイの態度にイオリはホッと胸を撫で下ろした。
普段、傲慢な態度なレイもどこか飄々としているディアナも感情任せになることなく、場をわきまえる。実力者というのはきっとそういうところから成っていくものなのだろう。
イオリもまた二人のやりとりに自身の気持ちをグッと締め直した。
「着いたわね」
――大きな扉の前。所謂、ボス部屋というものに辿り着く。おそらく、ブラックドラゴンが棲みついてしまっているのはこのボス部屋だ。
レイが一度振り返り、目が合うと、イオリは小さく頷いた。
「――いくわよ!」
扉が開かれ、真っ暗な空間に青い炎が次々と灯り、ブラックドラゴンの姿が露わになる。
漆黒の鱗に覆われたその姿はブラックというのに相応しく、その青い眼が開かれるまで全てが黒に染まっていた。
イオリたちの侵入に気付いたブラックドラゴンがこの巨体を起こして翼を広げると、まずはとばかりに咆哮を響かせる。
ほとんどの人間であればその咆哮を受けるだけで体が硬直し、恐怖に身を強張らせるだろう。しかし、今回ばかりは誰も咆哮に畏怖することはない。
それどころかレイはあっという間にブラックドラゴンの目の前に飛び込むと、炎から剣を取り出し、躊躇なくそれを振るった。
「ギャァぁァァアア!!」
ブラックドラゴンの悲鳴がまたしても地面を震わす。レイの剣がその青い瞳に食い込み、真っ二つに斬り込んだのだ。
「……るっさいわね」
蹌踉けるブラックドラゴンに間髪入れることなく、レイは空中で体を捻り、ブラックドラゴンの全身にその剣を叩き込む。
地面に落ちながら、ドラゴンの体を沿うように斬り刻むそれはまるで曲芸のようであり、レイが地面に着地する頃にはドラゴンの血が空中に絵を描いていた。
あまりの速度にイオリも目に映すのがやっとであり、改めて彼女の強さを思い知らされる。
「……すごい」
魔王と戦ってからというもの、レイはその実力をどんどんと伸ばしていた。ある意味、序盤での魔王との接触はレイにとって良い肥やしになったということだろう。
元々、自身を高めることに一切の躊躇はなかったが、倒すべき相手との接触で目標値がわかったのが大きい。
どんどんと突き進む彼女にイオリもまた感化され、あの時よりも強くはなったと思うが、こうしてまた彼女の強さを目の当たりにするとその距離はまた開いていると実感する。
「……お前らはホントに」
どうしてこうも彼女たちは自分の上をいくのか。悔しいし、プライドだって傷付けられる。だが、それでも諦めないのが繰生五織であり、クリュウ・イオリである。
目標は高ければ高いほど燃えるのだ。イオリは奥歯を力強く噛むもその口角は上がる。同時に決してドMでは無いと自分に言い訳しながら。
ブラックドラゴンの全身が斬り刻まれ、決着かと思われたその時、イオリはその足を動かし、腰の剣を抜いた。
「まだだ! レイ!」
「――!」
イオリの警告を受け、レイは一瞬緩めた気を引き締め直す。イオリは知っていた。この後、ドラゴンが魔力を解放し、鋼鉄よりも硬いその漆黒の鱗を飛散させることを。
イオリはレイの伸ばした手を引いて位置を交代すると、雷を込めた魔剣を振るい、飛散する鱗を全て弾き返す。そして握ったままの手を再び引き寄せ、レイを思い切りドラゴンの方へと投げ飛ばす――
「グロリオーゼ!!」
一閃。紅蓮がブラックドラゴンの体を断ち斬り、その巨体は力無くその場に倒れ込んだ。
「おおー! さすが夫婦ッスね〜!」
「「夫婦じゃない(わよ)!」」
イオリとレイの息のあった連携にディアナはパチパチと拍手して褒めると、二人のツッコミが重なってディアナがまたニヤニヤと表情を緩めた。
その表情にイオリもレイも眉を顰めていると、皆、違和感に気づいてブラックドラゴンの方へと視線を向ける。
「きぃああああああああああああ!!」
ブラックドラゴンは倒れた体を起こすことなく、断末魔のような叫び声をあげて、砂煙へと変わって消え去った。
「……今のってただの断末魔じゃないよね?」
「……アンタもわかってきたじゃない。その通りよ」
イオリの問いにレイも同意を示す。蜂が自身の死の間際にフェロモンを放出して仲間に知らせるように、ブラックドラゴンの叫びもまたこれと同じ――。
一体どこに隠れていたのか。次々と違う個体のブラックドラゴンが姿を現し、咆哮を上げた。
十数体ものブラックドラゴン。しかも今戦った個体よりも大きいのがゾロゾロとイオリたちを取り囲んだ。
「……番にしては数が多くない?」
「さっき褒めたのを取り消そうかしら? こいつらは子どもよ」
「さっきのよりもでかいけど?」
「魔獣の大きさは魔力の大きさで変わる。歳じゃないわ。勉強不足ね」
「……ご教授ありがとうございます。とか言ってる場合じゃないよね」
さすがのレイも苦笑いを浮かべており、イオリも冗談言っている場合じゃないと周りを見渡す。
子どもであればさっきのよりも弱いということもなく、なんならその逆。出産後で力が無くなった母ドラゴンよりも産まれたばかりで活発、かつ魔力量も多い子ドラゴンの方が強いのはイオリも理解していた。
「ナハハ。これはギルドに再報告ッスね〜! 報酬を増やしてもらいましょう!」
だが、ディアナはその状況に全く動じない。それどころか上機嫌に後処理の話をし、イオリとレイの前に立つと腰の剣を引き抜いた。
「――なによ……その剣」
腰にあったときから日本刀のようなその見た目にイオリも気にはなっていた。だが、ディアナが抜いたその剣には刃がなく、つまりは柄だけであり、イオリもレイと同じく目を見開き驚いた。
「無刃剣――ハゴロモ。これがディアナの愛刀ッス!」
ディアナはそう言うと、その刃のない剣をドラゴンへと向けて構え、レイピアの様に突き出す。
「――――」
途端、ディアナの目の前にいたドラゴンの腹に真っ直ぐな穴が開いて、そのまま力無く倒れ込んだ。
別のドラゴンがその鉤爪でディアナを引き裂こうとすると、ディアナはそれを軽くジャンプして躱し、そのまま空中で一回転。大剣を振る様に柄を下ろすと、そのままドラゴンは真っ二つに断ち斬られる。
また次にまた次にと、繰り出されるドラゴンの攻撃に応じてディアナは全く型にハマらない動きで、まるで演舞の如く剣を振るう。
双剣を扱うかの様な連続の剣撃がドラゴンを細切りにし、太刀の様な一刀でドラゴンを横に引き裂き、ひいては銃剣の様に弾が炸裂する――
そして、ディアナは全てのドラゴンを葬るとクルッと背を翻して、
「少しは認めてくれたッスかね?」
そういつもの特徴的な笑い声と共にイオリ達に問いただした。
お読みいただきありがとうございます!
励みになりますのでブックマーク、評価。感想などぜひよろしくお願いします!




