第34話 ヒモなんて男のプライドが許さない
――知っている。
思い出したくない記憶の一つが呼び起こされ、五織は額に手を置く。
「……ディアナ」
◀︎◁◀︎
クエラの引く馬車ならぬ鳥車に揺られ、眠りについていたイオリは肩を揺さぶられて目を覚ます。
「着いたわよ」
「……うぅん? 眩……しい」
「そりゃそうでしょ。太陽都市なんだから」
太陽都市サンドレア。そこは一日中、太陽が出ているとされる眠らない都市だ。だが、実際は都市を囲う大きな魔法陣によって太陽が落ちても光を屈折させて、その明るさを保っている。
そうまでして明るさを保つのは、サンドレアが眠らない都市と言われる点にある。そして、イオリとレイがサンドレアに立ち寄ったのもそれが理由だ。
「さて、まずはギルドの場所だけチェックね。そのあと寝泊まりする場所を探しましょ」
「うん。でもギルドカードはどうしよう」
「さぁね。まぁ最悪私が働ければ問題ないわ。どうせアンタがいても戦力にならないし」
「……そうかもだけどさ」
サンドレアに寄ったのは、単純に旅をするための資金集めが理由だ。これまではドライトロアの領地だったため、レイの顔パスでほとんど何とかなっていた。
だが、ここから先はそうもいかない。そのため冒険者が最も集う場所として有名なサンドレアにやってきたのだ。
そして、依頼を受けるにはギルドカードという冒険者であることを証明するカードが必要であり、ここで発行をしようということになっている。そこで問題なのがイオリのことだ。
ギルドカードは自身の魔力を流し込むことで初めて証明書として機能するのだが、魔力のないイオリには発行することができない。
そうなると、依頼も受けられないし、レイの同行も不可能だ。ドライトロア領でもレイに頼りっぱなしだったため、こうなると本格的にレイのヒモ状態だ。
「そこのお二人さん。お困りッスか?」
突然、背後から声がかかって二人はすぐにその場から距離を取ると、レイは剣を取り出して、イオリも腰の剣に手を当てた。
「怖い、怖い。そんなに警戒しなくって大丈夫ッスよ? 攻撃なんてしねぇッスから」
構える二人に、ローブを深く被った相手は両手を挙げて敵意がないことを示すと、そのローブのフードを取って笑顔を向けた。
「……エルフ?」
露わになった相手の姿にレイは眉を顰めてそう言った。人間とほとんど変わらない姿であるが、やはり特徴的なのはその長い耳だ。
イオリも現世でのゲームやら漫画での知識で知っているが、耳が長く、この太陽の下だというのに色白の肌、そして何よりその銀髪が麗しさを見せる。
だが、目の前にいるこのエルフは身長が低く、加えて女性らしい部分も全く育っていないので、幼さを感じさせる。
「エルフってすごい長生きっていうあの?」
「ナハハ。確かに人間よりは長生きかもしれないッス。でも今のエルフは百五十くらいまでッスよ〜。昔は千とか二千もあったッスけどね〜」
イオリの問いにエルフは調子良くそう答えるが、レイは猜疑の目を向け、「それで?」と問いただす。
「アンタは何者で、私たちに何の用?」
「あー! 自己紹介がまだだったッスね。ディアナっていうッス。よろしくッス!」
「……用件は?」
「ありゃー、警戒解いてくんないッスねぇ。なかなか」
「当たり前でしょ」
頭の後ろに手を回してナハハと笑うディアナだが、変わらずレイは握った剣をそのままにして警戒を怠らない。そのレイの様子にディアナはぽりぽりと頬をかいて「あー」と声を出す。
「ギルドカード発行したいけど、訳あって難しそうなんッスよね? それならうちで作っていきませんか?」
「行くわよイオリ。無駄にしたわ」
「うん? いいの?」
用件を聞いたレイはすぐに背を翻し、イオリは後ろを気にしながらレイについていく。
「あれは裏の人間よ。つまりは違法ギルドの人間。関わっちゃいけないわ」
「いいんすか? レイ・ドライトロア嬢。それと持たざる者のお兄さんも」
ディアナの言葉に二人は目を見開いて振り返ると、ディアナはニッと笑った。
「……なんで知っているわけ?」
「そんな睨まないでくださいッス。ドライトロアの御令嬢は有名ですし――」
「そっちじゃないわよ。持たざる者の方よ」
得意げに話していたディアナの声を遮って、レイが問いただすと、ディアナは片目を閉じて、人差し指を鼻の前に持ってくる。
「……お話だけでもどうッスか?」
◀︎◁◀︎
「眠らない都市って聞いたから、もっとみんな疲れてるのかと思ってた」
ディアナの後についていくイオリは街の様子を見ながらそう言うと、ディアナはナハハと笑った。
「逆ッスよ! みんな働きたい時に働いて、疲れたら休む。明るいからいつだって人はいるし、時間にとらわれることなく働けるッスからねー」
「……なるほど」
「ただ問題もあるッスよー! 特に外から来た人は」
「問題?」
「それ、時計の魔法具ッスよねー」
イオリが腕にしている魔法具を指差し、ディアナがそう尋ねると、イオリはこくりと頷いた。
「ここに張られている魔法陣によって、時計は機能しないッス。しかももう一つ。今何時頃だと思います?」
唐突な質問にイオリは首を傾げる。サンドレアに辿り着いたのが昼の12時頃。そしてすぐにディアナと出会ってからの今だから1時間も経っていないはずだが。
「うん? 12時半くらい?」
「ざーんねん。14時ッス」
「――え?」
驚きの声を上げたイオリに対して、ディアナは空を指さしてニッと笑う。
「これが問題ッス。サンドレアでは魔法陣のせいで時間感覚まで狂う。通称"時飛ばし"ッス」
「……時飛ばし」
イオリは額に手を当てる。どうやらこのサンドレアの環境はイオリにとって最悪のようだ。より一層時間に気を配らないと、イオリの唯一の能力である再試行が全く機能しなくなるのだから。
「まぁ、1ヶ月も住んでれば慣れるッスよ」
「それで? まだ私の質問に答えていないのだけど?」
痺れを切らしたようにレイが口を挟むと、ディアナはやれやれと首を横に振る。
「そんな焦らんでも。目的地はもうすぐッスよ」
そうしてディアナに案内され、二人は裏路地へと入る。するとあっという間に別の景色へと変わって、薄暗いバーのような場所が現れた。
「……これは」
「驚いたッスか? 隠蔽の魔法陣ッス」
にっししと笑うディアナにレイはハァとため息をついた。
「それで? 目的地に着いたけれど」
「持たざる者に関しては鎌かけただけッスよ」
あんなに勿体ぶっていたというのにサラッとディアナは理由を口にすると、悪戯に笑う。
「ギルドカードを発行できないほとんどの人が持たざる者ッスからねー」
「え? 持たざる者ってそんなにいるの?」
イオリが声を上げると、ディアナはナハハと笑い声を上げた。
「いるッスよー! 特に裏にはたくさん」
「よく言うわね。ほとんどが違法魔法具での魔力消失でしょうに」
「正解! 大半はレイさんの言う通りッス!」
「違法魔法具?」
話に置いてかれそうになったイオリが口を挟むと、レイは腕を組み、ハァとため息をつく。
「自身の魔力を犠牲にして一時的に強大な力を得られる魔法具のことよ。この時に使った魔法は二度と回復しないから、結果的に魔力消失に陥る。故に違法。禁止されている魔法具よ」
「なるほど。それを使った人が持たざる者になると」
「そういうことッスねー! これまで数々の依頼をこなしてきたッスから安心して頼んで欲しいッス」
調子良くディアナがそう言うと、レイが眉を顰めて口を開いた。
「アンタのその言い分だと、魔族にも分け隔てなく、ギルドカードを与えているようだけど?」
「それはないッス」
「……はっきりと言うのね。見分ける術があるとでも?」
「――それは企業秘密ってやつッス」
ディアナが人差し指を立てて内緒のポーズをすると、レイは「まぁいいわ」と諦める。
「イオリのカードをお願いするわ。お代は?」
「お代は後からいただくッス」
「後?」
「今は大して持ってないッスよねー? 泣けなしのお代なんて貰わんッス」
「……良い商売してるじゃない」
「それは褒め言葉と受け取っておくッス」
ディアナはレイの皮肉を満面の笑みでそう返した。
◀︎◁◀︎
「レイ・ドライトロアさんとクリュウ・イオリさんですね。冒険者登録完了しました〜」
ギルドの受付嬢に正式にパーティの登録をしてもらう。レイはここで発行してもらったものを、イオリはもちろん先ほどディアナに作ってもらった偽装カードでだ。
再度確認をされた時は少々肝を冷やしたが、特に怪しがられることもなく手続きを終え、二人は早速とばかりに依頼リストを見せてもらう。
「ていうか、私の魔力測ったんだから即Aランクにしなさいよ」
「すみません、ギルドの規定でして」
レイの少々身勝手な口ぶりに受付嬢は申し訳なさそうにそう言う。聞けば、過去に魔力を偽った者がいたらしく、飛び級でAランクとなったが、依頼をこなすことができずギルドの信用が落ちたことがあるらしい。
以来、魔力測定だけでランクを上げることを廃止し、十件以上の依頼をこなした後、試験を受けることでランクを上げることしかできなくなった。その際に実力が認められれば飛び級もあり得るのだが――
「そんな悠長にしてらんないわよ……」
正直なところ、お金にかなり余裕がない。依頼リストを見ても、受けられるEランクの依頼はお小遣い稼ぎのような報酬でしかなく、あまりに心許ない。
「でも、やらないよりマシよね」
レイが諦めたように口にして、依頼リストを指差し、受付をしようとすると、誰かがレイとイオリの間に割り込んでそれぞれの肩に手を置く。
「お困りッスか!」
「ちょっと! またアンタ?!」
レイが驚きに声を上げ、肩に置かれた手を払い除けると、ディアナと相対する。ちなみにイオリは肩を組まれたままである。
「ディアナとパーティ組めばSランクの受注ができるッスよ〜」
「?! なにを――」
ディアナの言葉にレイが聞き返そうとすると、ギルドにいた全員の注目がディアナにいっていることに気づき、レイは言葉を止めた。
「Sランカーのディアナさんだ!」
「うお! マジだ!」
「え? 本物?」
「うち唯一のSランカーの??」
次から次へと上がる声にレイとイオリが戸惑いながらも、目の前にいる相手に改めて尋ねる。
「Sランク?」
すると、ナハハと特徴的な笑い声をまた上げて、ディアナはその貧相な胸元に手を置いて笑顔を向ける。
「サンドレアギルドSランク冒険者、ディアナッス。改めてよろしくッス。イオリさん。レイさん」
お読みいただきありがとうございます!
異世界パートが始まりました。ディアナちゃんよろしくッス!




