第33話 楽しい時間ってあっという間に過ぎるよね
――水曜日。
今日は体育祭2日前ということで短縮授業となり、14時半には放課となった。と言っても強豪である部活は普通に活動していたり、生徒会、放送部、ダンス部、吹奏楽部など、体育祭に向けて準備のある部活も普通に活動しており、短縮授業の恩恵を受けているのは帰宅部や活動が少ない文化部くらいなものだ。
五織と菜月は生徒会室に寄ると、久遠からお金と買い物のメモを預かり、学校から出た。
部活がない者は既に下校しており、通学路は五織と菜月以外には緑英の生徒は見当たらず、それは駅に着いてからも同じだった。
(……まぁ変な噂流されても面倒だし、良いんだけど)
そう思いつつも、外堀を埋めていく方法もありだと思っていた五織としては、誰にも遭遇しないのを残念がる。
だが、外堀を埋めたところで全く意に返さないのが、七瀬菜月であるから結局のところ意味はないのだが。
「電車、しばらくこねーな」
駅の電光掲示板を見ると、五織達が乗りたい電車は後10分ほど来ない。その状況になんだか過去をなぞっているような気がして五織は「いやいや」と首を振っては隣に並ぶ菜月を見る。
長い睫毛に整った鼻立ち。たまに風が吹けばその綺麗な黒髪が小さく靡く。その凛とした佇まいに見惚れていると、菜月はその視線に気づいたのかクルッと顔を向けて少しだけ眉を顰めた。
「なんですか?」
「いや、なんか不思議な感じがしてさ」
菜月が五織に関する記憶を失って3ヶ月が経つが、こうしてまた隣に並んで電車を待つことになるとは思わなかった。まだ口調や呼び方は距離を感じるものがあるが、たった3ヶ月でここまで関係値を戻せたのはかなり上出来だ。
(まぁそもそも高校になるまでまともに話したことすらないんだが)
なんなら今は完全に友達認定されているし、記憶があった時よりも仲がいいかもしれない。いったい、12年間なにをしていたのだろうと五織は自身の不甲斐なさを情けなく思う。
「……ところで繰生さん。今日って他に予定入っていたりしますか?」
「ん? いや特にないけど」
「そうですか」
唐突な質問に五織は首を傾げたが、菜月はそれ以上聞いてはこなかった。
――そんなこんなで途切れ途切れの会話をしていると電車がやってきて二人は電車に乗り込んだ。
▶︎▷▶︎
目的の駅に着くと、五織はメモをポケットから取り出した。
「三脚が一番でかいし、一番最後にしよう。まずは――」
グ〜〜〜
五織の声が大きな腹の音にかき消され、当人の方を向くと、菜月は珍しく無愛想な表情を崩して恥ずかしそうに俯いた。
「……お腹減ったのか?」
「い……いえ、おかまいなく」
菜月はお腹を抑えてそう答えると、五織は「じゃあさ」と提案する。
「俺のバイト先。ちょっとここから歩くんだけど、寄ってみない? チーズケーキが美味いんだよ」
「……チーズケーキ」
菜月が復唱すると共にまたグ〜〜〜と腹を鳴らしたため、五織はクスリと笑うと、ショッピングモールとは別の方向を指差した。
「行こっか」
――店の前までやってくると、菜月は外観を見てふむふむと顎に手を置いた。
「……良い雰囲気な感じですね」
「だろ? 中も結構良い感じだから」
五織は自慢げにそう言うと、店の扉を開けて菜月を先に中に入れ、後から自身も入る。ドアベルがカランコロンと良い音を鳴らし、カウンターにいるマスターに挨拶しようと手を挙げた五織はその場でピタリと止まった。
「いらっしゃいませ――って……」
「――レイ?!」
今日は平日なため、澪菜がいるとは思わず五織は驚きの声を上げた。
▶︎▷▶︎
「チーズケーキ二つとホットコーヒー、紅茶ですね。少々お待ちくださいませ〜」
澪菜はニコニコ笑ったまま注文を受けると、五織に小さく「こっちに来い」と合図をした。
「……七瀬。悪いちょっとだけ席外す」
「はい。どうぞ」
席を立ってカウンター裏の方に回ると、五織を壁際に寄せて澪菜はジッと睨みつけた。
「私がいるときに友達とか呼ばないでよね!」
「なんでだよ?」
「お姉ちゃんにはここを手伝ってること言ってないの! 多分知られたら辞めることになっちゃうし」
「……そうなのか」
澪がというよりはおそらく両親に知られたくないんだろう。だが、澪は知ったところで内緒にしてくれそうだし、五織としてはあまりピンとこないところではあるものの、当の本人がそう言っているのだから、そうなのだろうと五織は小さく頷いて納得して見せた。
「気をつけるよ。でも今日いるなんて思わなかったよ。平日だし」
「アンタ、うちの学校の卒業生でしょ? それに六叶ちゃんもいるんだからわからないの? 創立記念日よ。今日は」
「なるほど」
そう澪菜に言われて五織は納得する。そういえば七月の頭は毎年休みだった気がする。と言っても異世界に行っていた五織としてはもう2年以上前の話だし、そんなの抜けてて当然の話だった。
「……それであの綺麗な人は誰? アンタの彼女?」
澪菜のその問いに五織は胸をドキッとさせた。男女が二人でいたらそりゃそう捉えられるのは至極普通のことで、そう問われるのも普通だ。
だが、それをレイに聞かれたと思うと、何故だか胸がざわついてしまった。彼女がレイではないことはわかっているのに、どうしても五織はそこが切り離せないでいた。
「いや、友達だよ」
「ふーん、そう」
五織は澪菜から視線を外してそう答えると、澪菜はそれ以上は追求してはこなかった。
▶︎▷▶︎
自分の問いに対して視線を外して答えた彼の姿を見て、溢れてくる自身の感情を抑えつけ、そして彼に悟られることないように口を開く。
「悪かったわね。戻って良いわよ」
「あ、ああ。澪さん達を呼ぶときは気をつけるよ」
五織が席に戻り、カウンター裏に一人残った澪菜は顔を俯け、
「……ばか」
そう誰にも聞こえないように呟いた。
▶︎▷▶︎
「意外とすぐに買い終わりましたね」
買い物袋を持った菜月は五織の持った買い物メモと照らし合わせてそう言うと、五織も「そうだね」と頷く。
「会長のメモに店の名前も商品名もしっかり買いてあったからね。さすが仕事ができる人だ」
「そうですね」
「――――」
腕時計を見れば17時半を過ぎている。五織としてはちょっと残念だが、買い物も終わったしこれでお開きだ。
「それじゃあ帰ろうか」
五織がそう言って駅に向かって歩き出そうとすると、「あの」と菜月から声がかかって、五織はクルッと振り返った。
「……もし、時間があればなんですけど」
「うん?」
「えっと……」
菜月にしては珍しく、言葉を言い淀んでいるため、五織は「ゆっくりでいいよ」と優しく声をかける。すると、菜月も何か決心したのか、五織の目を見て、口を開いた。
「服を買いに行きたいのですが……よかったら付き合ってくれませんか?」
「――――」
予想外の言葉に五織は一拍時間を置いて、否、時間をかけて菜月の言葉をもう一度頭の中で繰り返してから声を出す――
「え?!」
▶︎▷▶︎
「どうです? これ」
「……か――ちょっとこれからの季節には暑いかもな」
「確かに。安いから手に取ったんですが、季節外れだから安かったんですね。次の着ます」
そう言って菜月はカーテンを閉めた。
(あっぶね。可愛いって言いかけた)
ほとんど制服の姿しか見たことないし、林間学校でもシャツにチノパン。それか無地のパーカーを羽織ってたくらいの質素なファッションしかしていなかったため、おしゃれしてる菜月に思わず本音が漏れそうになる。
(でも急におしゃれとか……)
五織は口を手で抑えて考える。あのファッションに全く興味のない菜月が突然おしゃれを気にするようになったのだ。菜月の中で気が変わる何かがあったのは間違いないと眉を顰める。
(まさか……好きなやつとか)
やはり女の子が変わるきっかけとして、好きな人というのは外せないだろう。だが、五織はそう考えていやいやと首を振る。
(あの七瀬がそんな女の子らしい行動に出るとは思えないし、澪さんとか二麻さんの影響だろう)
好きな人が〜とかより、友達と仲良くなるためにとかの方がよっぽど菜月らしい。そこまで考えて五織は納得したように頷くと、ちょうどカーテンがまた開いた。
「どうですかね?」
「……似合う……けど」
赤のオフショルのトップスに白いワイドパンツ。普段の菜月の印象とはだいぶ違うが、意外にも赤が似合うし、大人っぽさもある。ただ、肩の露出が気になるため、五織はうーんと頭を悩ませるようにした。
「次、着替えますね」
そんな五織の反応を察したのか、菜月はそう言ってまたカーテンを閉めた。
そんなやり取りを繰り返し、グレーのオーバーサイズのTシャツにハイウェストの黒スキニーを合わせたファッションで落ち着いた。こなれ感もあり、菜月のイメージ的にもあまり外れたモノではなく、五織としても満足な仕上がりになった。
▶︎▷▶︎
楽しい時間もあっという間に過ぎて、時間ももう19時過ぎ。さすがにお開きの時間だ。二人は店を後にし、駅に向かっていた。
「そういえば、繰生さんのアルバイト先にいた女の子。綺麗な方でしたけど、緑英の人ですか?」
菜月が思い出したかのように五織に問うと、五織は「ううん」と首を横に振った。
「レイはまだ中学生だよ。今はお手伝いとして働いてるって感じ」
「そうなんですね。大人びて見えたのでてっきり同級生かと」
「まぁアルバイト着だと余計そう見えるかもね」
「それに繰生さんが随分親しそうにしていたので」
「え? そう?」
そもそも菜月の前で澪菜と話していた記憶がほぼないため、心当たりのない指摘に五織は首を傾げた。
「はい。何というか――」
〜〜〜♪
五織のスマホの音が菜月の言葉を遮り、五織は「ちょっとごめん」とスマホの画面を見る。
(――遥?)
画面には一ノ瀬遥と映し出されており、急に電話は珍しいなと思いながら、少しその場から離れて電話に出た。
「どうした? 遥。急に電話なんて――」
『……り』
「? ごめん、電波が悪いのか、あんまり聞こえない」
『――――』
「……遥?」
電波が悪いなら言葉が途切れるはずだが、電車の音や掛け声のような周りの音は絶えず聞こえるため、電波のせいではなく、どうやら遥の声小さいのか電話に乗っていないようだ。
その状況に電話越しではあるが、五織は異様な空気感を感じ取る。
『い……おり』
「遥? 大丈夫か?」
やっと聞こえた遥の声は本当に微かなもので、それだけで異常事態なのがわかる。
『……ごめ、ん。守れ、なかった』
「? 何を――」
『……お願ぃ、助けて……、周防、さんを』
「――――」
『戻って……くれ――』
――そこで電話が切れ、五織は額に手を当てると、電話が終わるのを待っていた菜月の方に視線を向ける。
電話越しでは何が起こったのかはわからないが、遥と一縷花に何かがあったのは間違いない。それも五織に5回の試行を使ってくれと頼むほどの。
「ごめん、七瀬。ちょっと急用ができたから先帰っててくれ」
五織がそう言うと、菜月はこくりと頷いた。
「わかりました。でも大丈夫ですか? なんだか顔色が悪い気が――」
「それじゃ」
菜月の心配の声を他所に五織はあっという間に駆け出した。
五織は菜月に見えないところまで走ってくると、手に持っていた三脚や買い物袋を手放して、スマホを取り出す。そして、走ったまま澪に電話をかける。
『――もしもし? 五織くん?』
「澪さん。急にごめん。今から5回の試行を使う」
『! ――何があったの?』
「わからない。ただ遥から電話があって、遥と周防さんに何かが起こったらしい。俺に戻ってくれって言うなんて相当だ」
『……わかった。今から5時間前なら、ちょうど放課になった頃だね。まずは合流しよう』
「助かる。二号館の踊り場に集合しよう」
『うん! すぐ行くから』
▶︎▷▶︎
――高いビルの屋上。
あと一歩踏み出せば真っ逆さまにアスファルトへと飛び込めるだろう。
正直、五織としては首を掻っ切った方が痛みもほとんどないまま死ねるため、そっちの方が良いが、あいにく刃物は持ち合わせていないため飛び降りを選択する。
「……遥。すぐ助けるから」
そう口にして、五織は空中に歩を進めた。
耳を切る風の音に背筋を強張らせるも、どんどんと迫っていくアスファルトに視線を向けたまま、五織は最後に少しだけ心残りを口にする。
「七瀬とのデートはまたの機会だな」
自身の地面にぶつかった鈍い衝撃音が聞こえて、あっという間に視界が切り替わる――
「服を買いに行きたいのですが……よかったら付き合ってくれませんか?」
「――――――――」
予想外の言葉――否、予想外の状況に数秒の時間を要してようやく五織は口を開く。
「…………え?」
お読みいただきありがとうございます!
今回は三章の中でもかなり重要な回でした。
エイプリルフール回とぜひ読み比べてみてくださーい!
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