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異世界帰りの勇者、恋愛に現を抜かす  作者: ミゾレ
第三章 体育祭編
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第30話 彼女は心臓に悪い

 ダンス部に所属する一縷花は、部活仲間と別れると一人住宅街を歩いていた。

 今日は部活が早めに終わったため、時計はまだ17時過ぎくらいであり、住宅街もまだ明るかった。

 だが、明るい方が一縷花にとっては不都合だった。というのも、身長が高く、青のメッシュ髪やピアスが目立つのか、道行く人達にはよくまじまじと見られることが多く、それ故に絡まれることも少なくなかった。

 ならメッシュもピアスをやめればいいと思われるかもしれないが、一縷花としては何故自分の好きな格好を他人を気にして変えなければならないのか納得がいかなかった。


 この日、コンビニに寄った一縷花は買い物袋を片手にコンビニから出ると、駐車場の隅に溜まっていた男達と目が合った。彼らはここらでは有名な素行の悪い高校の生徒であり、指定のはずの学ランも各々の趣味嗜好に染まっていて同じようには見えない。


「君、可愛いね。その制服、緑英の子だよね?」


(……めんどくさ)


 一縷花は目が合ってしまったことを悔やみつつも、そのまま知らないフリをしてその場から離れようとする。


「おいおい! 無視かよ?」


 だが、男達は早足で一縷花の方へと近づいてきてはあっという間に一縷花をとり囲んだ。四人の男達は170ある一縷花よりも背が高く、さすがの一縷花も少しだけ怖気付く。


 それでも無視して男達の間を抜けてその場を去ろうとした一縷花の腕を男の一人が掴み、一縷花は強引にその手を払った。


「離せよ!」


「あらら? 暴力とかしちゃうんだ?」


「テメェがいきなり腕掴んできたんだろうが!」


「いいね。強情な子嫌いじゃねぇよ」


「っ……」


 また掴まれそうになった腕を一縷花は払いのけ、一目散に走り出す。


「おい!」


 一瞬、何かが引っ張られた感じがしたがすぐに解放されたため、一縷花はその場から離れた。

 諦めの悪い男たちはすぐにその跡を追いかけてきたが、一縷花は路地を上手く使ってその場を逃れた。


 なんとか家に辿り着くと、まだ暗い部屋の明かりをつけて、ようやく一息つく。一縷花の両親は二人とも帰りが遅く、夜勤もあるため、家に帰っても一人のことが多い。

 今日もどうやらそのようで、テーブルにはラップに包まれたシチューが置かれており『いるかへ 温めて食べてね』という文字が付箋に書かれて貼られていた。


「……はぁ」


 一縷花は大きなため息をつくと、コンビニで買ったスイーツを冷蔵庫に入れて、一旦自分の部屋に入ると鞄を置いた。


 そこで一縷花はあることに気づく。


「最悪っ!」


 鞄につけていた"グルグル"のストラップが無くなっていたのだ。

 グルグルとはその名前の通り、目が回っているようにぐるぐるに描かれたオオカミのキャラクターである。

 可愛さとカッコ良さがちょうど良く入り混じったそのキャラクターはSNSで密かにバズったくらいのマイナーなキャラクターではあるが、一縷花はこのグルグルが好きで一縷花の部屋にはそのグルグルのグッズで埋め尽くされていた。

 そして、鞄につけていたそれは中学の時に仲の良い友達からプレゼントされた大切なものだった。

 どうやら先の不良に絡まれた時に取られてしまったらしい。逃げようとした時に一瞬引っ張られた感じがしたのはそのせいだったのだ。


「……取り返さないと」


 一縷花はすぐに家から飛び出して、先ほどのコンビニまで戻った。だが、男達の姿はそこにはなく、自分が逃げ道に使った裏路地に入った。そこまで来て自身が何も考え無しに戻ってしまったことを後悔する。


 どこに隠れていたのか、四人の男が一縷花を囲むように現れて、襟足の長い男がその口角を上げた。


「あれれー? どうしたのかなぁ? やっぱり俺らと遊びたくなった?」


「んなわけないだろ。グルグルのストラップを返せ!」


「ふーん? グルグルって言うんだこれ」


 襟足の男がポケットからグルグルのストラップを取り出して手元でゆらゆらと揺らし、一縷花を見てニヤニヤと嗤った。


「返せよ!」


 一縷花が男に近づいてその手を伸ばすと、男は「おっと」と言ってその手を躱した。


「おいおい、俺は大事なものを拾ってやったんだ。お礼をしてくれても良いんじゃないの?」


「ふざけんな!」


 一縷花が声を荒げるが、男達は嘲笑うように一縷花を囲い込むと両腕を掴み上げた。


「離せよ!」


 長い足を振り上げ、グルグルを持っている男を横から蹴るも、寸前で躱されてしまう。


「いやぁ、危ない危ない」


 男はフューと口笛を吹くと、手の空いている一人を顎で使い、一縷花の後ろに回って口元にタオルを回させた。


「騒がれちゃあ、困るしな」


 手を拘束され、口も塞がれ、もう一縷花にはどうしようもできなかった。取り返そうなど簡単に考えるべきではなかったと一縷花は後悔し、その瞳に涙を浮かべた時だった――


「そこまでだ」


「あ?」


 路地の入り口から人が現れ、その手にはスマートフォンが握られていてこちらにカメラを向けていた。


「全部撮らせてもらったよ。その子から手を離せ」


「はん? だったらその携帯今ぶち壊せばいいだろが!」


 男の一人が飛び出して、スマートフォンを向ける男に向けて拳を振るう。だが、その拳を簡単に避けると、足をかけて転ばせた。


「……緑英の」


 一縷花はこちらに歩いてくる青年を見て、その青年が身にしている制服が同じ緑英のものであると口にする。

 緑英の青年はスマートフォンをポケットにしまうと、向かってくる男達を次々と躱し、最小限の動きだけで彼らを倒していく。


「おい! こっちを見ろ!」


 だが、襟足の男は一縷花を人質にして、その手には短いナイフが握られていた。

 首元に当てられた冷たいそれに一縷花の身は恐怖で固まった。


「あんまり舐めてっと――」


 優位に立ったと襟足の男が声を出した瞬間、緑英の青年が視界から消え、青年の拳が襟足の男の顔面に直撃――あっという間の出来事に一縷花も自身が解放されたことに気づくのに遅れるほどだった。


「大丈夫?」


「は……はい」


 呆気に取られたまま彼の腕に抱えられた一縷花は、そのことに気づいて慌てて離れた。


「あ……ありがとうございました」


「ううん、はい、これ」


「え……」


 緑英の青年はいつの間に取り返したのかグルグルのストラップを一縷花に渡すと、そのまま背を翻して去ろうとする。


「あの!」


 一縷花が呼びかけると、青年は振り返り、優しい表情を浮かべる。


「名前……教えてください」



 ▶︎▷▶︎



「ほほぉ! やるねぇ、遥」


 一縷花から一部始終を聞き、興奮した二麻はパチパチ手を叩いた。


「まさに白馬の王子様だな! かっけぇ!」


 四暮の意見に同意だと五織は小さく頷いた。


「それで遥にお礼がしたいと」


 五織がそう聞くと、一縷花は恥ずかしそうに頷いた。


「その……できればそのまま仲良くなりたいって言うか……遥くんがどんな子が好きとか……わかったら嬉しい」


「いいじゃん! よし! そうと決まったら遥に――」


「アホ。ちょっと待て」


 そのまま部室を飛び出しそうになった四暮の襟元を二麻が掴み上げ静止させる。


「なんだよ!」


「アンタ、考え無しに遥に直接言う気だっただろ?」


「んなことしねーって! どんな子が好きだ? って聞くだけだっつーの!」


「いやいや唐突過ぎて不自然だろが。こういうのは五織に任せればいいんだよ」


「え? 俺?」


 突然の指名に五織は驚いて、自身を指差す。


「やっぱりモテ男のアプローチ方法は知っておきたいだろ?」


「っ……なんのことだよ?」


 二麻は菜月の方をチラチラ見ながら、五織を揶揄うようにそう言った。どうやら五織の気持ちは二麻にもバレているようで五織はそれ以外にバレないようにと顔を引き攣らせてとぼけた。

 だが、何故か菜月が好反応を示して、五織の方を向いては目を輝かせた。(と言ってもほぼ無表情でおそらく輝いているくらいの微小な差だ)


「繰生さん、私も聞きたいです。友達を作るための参考に!」


「なんで七瀬が食いつくんだよ」


 五織はハァと息を漏らし、頭を抱えると、皆の視線が自身に向いていることに気づいた。


「……土日のうちに考えさせて」


 とりあえずとばかりそう口にして、五織はその場を逃れた。



 ▶︎▷▶︎



 駅から離れた場所にこぢんまりとある喫茶店。初老の夫婦が営むチーズケーキが売りのその店は、決してお客が多いわけではない知る人ぞ知る名店だ。


「ご注文承ります」


「チーズケーキとコーヒーで」


「はい、ありがとうございます。少々お待ちくださいませ」


 お客さんに気持ちの良い笑顔を浮かべるのは、そこでアルバイトをさせてもらっている五織だ。

 高校からアルバイトをする気ではいたが、入学日からドタバタ騒ぎ、それも落ち着いたかと思えばすぐに林間学校で、なかなか時間が作れないでいた。

 そして、いざアルバイトを探してみると、高校生で働ける場所は限られていて五織は途方に暮れた。

 そんなとき、たまたま見つけたのがこの喫茶店であった。

 最初はここで働くつもりではなく、休憩のために立ち寄っただけだったのだが、五織が入店してすぐにマスターがぎっくり腰で動けなくなり、それを五織が対処し助けたのだった。


「五織くんが来てくれて助かってるよ」


「いえいえ、僕の方こそ助かってます」


 出会い自体はドタバタでかなり焦りもしたが、五織としてはかなり好条件で働けていてラッキーだと思った。平日はお客さんも見知った人が来るくらいなため、五織が働くほどではなく、平日は勉強に専念したい五織にとってはちょうど良い。土日もまばらにお客が来るくらいなため目まぐるしいほど忙しいわけではないし、暇があれば美味しいチーズケーキも食べれる。至れり尽くせりだ。


「あ、五織くんそろそろ時間じゃないかな?」


 マスターが時計を見てそう言うと五織も気づいて「あ」と声に出した。今日はこの後、四暮のハンドボールの試合を観に行くのだ。

 予定に合わせて簡単に調整できるのもここで働くことの良さとも言える。だが、五織は少しだけ心配になる。


「この後、マスターとおばさんだけで大丈夫ですか? まだマスター腰痛いんですよね?」


「ああ、大丈夫だよ。実は五織くんの他にもう一人手伝ってくれる子がいてね」


「お手伝い? ですか?」


「うん、中学生だからね。給料はあげられないけど」


「ええ、じゃあ俺が貰ってるのが悪い感じしちゃいますね」


「いやいや、彼女が高校生になったらちゃんと渡すつもりだよ。それまではお手伝いってことだよ」


 マスターはそう言うとホホホと低い声で笑った。すると、ちょうど店の扉が開いてカランコロンとドアベルが鳴る。


「お、ちょうど来たね」


「あ……」


 鼓動が止まる。と言ってもそれは一時的なもの。すぐにドキッという脈動の後には鼓動がどんどん早くなっていくのを感じる。


「マスター、ごめんなさい。少しだけ遅れちゃいまし――って……」


「レイ……なさん」


 本当に彼女は心臓に悪い。それは違うとわかっていてもその見た目が、声が、五織の心を奪うのだから。

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