第26話 友達に言い訳する必要なんてないだろ
五織がいなくなり、途方もなくなった澪は五織を信じ待つことにした。だが、一つだけ気掛かりがあった。それは――
「中村くんが何をするかわからない……」
五織の二度目の死。それは中村の闇うちによるものだと聞いた。だがその後の遥と同行し見つけたときは、何か企んでいるような気さえ見えなかったという。
遥と2人でいたことで中村の行動が大きく変わったのかもしれないが、普段の彼を見ても衝動的に人を殺すような人ではないと澪は思う。
つまりは中村の行動が変わるターニングポイントが他にあるのだと澪は推測する。
だが、注意すべきは彼が人を殺す可能性を秘めていることだ。五織達が無事に帰ってきたとしても、澪自身が死んでしまっていたら、きっと五織は躊躇わずタイムリープをするだろう。そうなってしまっては本末転倒である。
しかし、一方で中村が不安要素であるのは間違いなく、もしかしたら帰ってきた五織達を襲うことだって考えられる。
故に澪は慎重に事を進める――
裏口から外に出た澪は、暗闇の中をゆっくりと歩く。虫の音と自身の足音だけが耳を鳴らし、1人で外に出たことを少しだけ後悔する。
「ひっ……」
すると、ガサっと物音がして澪は恐る恐る振り返る。
「……中村くん?」
「……ぅ」
姿を現した中村はどうやら澪に気づかない様子で、ボソボソと何かを呟いていた。
「……違う違う違う違う違う違う違う」
「中村くん?」
澪は少しずつ中村に近づき、俯く中村の顔を覗き込んだ。そうしてようやく澪の存在に気づいたのか、中村は顔を上げて驚愕の表情を浮かべてその場に尻餅をついた。
「違う! 俺は何もしてない!」
「お……落ち着いて。ゆっくりでいいから」
「俺はただ――奏乃が勝手に」
「?! 皇さんがどうしたの??」
「違う! 俺は何もしてない!!」
要領の得ないやり取りに澪はどうしようかと頭を捻る。
「とりあえずホテルに戻ろう?」
澪はそう優しい声で地面に座り込む中村に近づきその肩に触れた。
「触るなぁ!」
だが、中村はその手を払いのけ、地面に倒れ込むと頭を抱えてブツブツと呟き始めた。
(まるで何かに取り憑かれてるみたい)
声には出さないが、明らかに異常なその状況に澪は眉を顰める。
「…ぅのせいだ。全部あいつが悪ぃ」
ブツブツと呟く中村の声に澪はじっと耳を傾けた。
「繰生のせいで!」
「五織くん?」
「うるせぇ!」
澪が五織の名を呼んだ瞬間、中村は大声を上げたかと思えば突然飛び上がって澪を地面へ押し倒し、首を締め上げた。
「……っう! あ……が」
必死に抵抗するも男子の力には抗えず、足をバタバタさせることしかできない。
「ぅ……ちゃ……ん」
必死に振り絞った声は、いつかの想い人の名前だった。
苦しみ踠き、意識が無くなる寸前――
目の前から中村が消え、突如として苦しみから解放される。
「ゴホッ! ゴホッ!」
澪は咳き込んで、必死に空気を吸い込み、起き上がると、目の前には想い人によく似た背中があった。
「……はる…………か?」
「良かった……間に合って」
遥は澪の方見て、安堵の息を漏らして笑うと、すぐに中村の方へと向き直った。
「……中村。ただじゃ済まさない」
その遥の声色は怒りに満ち満ちており、思わず澪は息を飲んだ。
「うるせぇ!」
中村は地面から起き上がり、遥へと飛び込む。だが、遥は飛びかかってきた中村の頭を掴んではそのまま地面へと叩き落とした。
あっという間の決着に澪は声すら出せなかった。
遥はぴくりとも動かなくなった中村を見下ろし、クルッと振り返ると、まだ呆気に取られて座り込んでいた澪に優しく抱きついた。
「ちょ……遥!」
「良かった……本当に」
安堵の声を漏らし、グッと強くなった抱擁に澪はふぅと息を吐いて、遥の背中に手を回した。かなりデカくなったとは思っていたが、こうして密着して見ると随分とゴツゴツとした体になったのだと思い知らされる。
「……ありがとう。助けてくれて」
「ううん、ごめん」
「なんで謝るの」
触れる背中は震えていて、顔は見えないがどうやら泣いているようだった。やっぱりどこか頼りないというか、まるで弟ようなのは変わっていないと澪は少し安堵すると、背中をぽんぽんと叩いて抱擁を解いた。
「なんでここに?」
「それはこっちのセリフだよ、外に出ていく澪が見えたから慌てて追ってきたんだ。流石にこんな夜中に1人でなんて危ないよ」
「そんな保護者みたいなことしなくていいのに。でも今回は本当に助かった。ありがとう」
「うん。それはもういいよ。それより」
そう言って遥は地面に倒れ込んで動かない中村の方を見ると、澪も同じようにそちらを向いた。
「……死んでないよね?」
「さすがに手加減はしたよ……澪は中村くんに呼び出されてここに来たの?」
「ううん、なんて言うか嫌な予感がして?」
「? なにそれ。自分がやられてたら世話ないよ」
「うん、それは本当に反省してる。けど、中村くんが気になることを言ってて」
「気になること?」
「奏乃がどーのって。ずっと俺がやったんじゃないって呟いてて」
「……まさか」
遥は歩を進め、中村が来たであろう方角へと向かい、その跡を追ってきた澪を「危ない」と言って制止させた。
遥と澪が止まったそこには先が無く、真っ暗な闇がずっと下まで続いていた。
「……皇さん」
そうして中村から事の全貌が聞けたのは五織達が戻ってきた頃のことだった。
▶︎▷▶︎
「殺す気は無かったけど、ちょっと追っかけたらそのまま皇さんは――」
澪は歯切れ悪く、言葉を紡いだ。
澪の言葉を聞く五織の表情はどんどん暗くなっていき、頭を抱えて塞ぎ込んだ。
「どう……して」
既に5回の試行のスタート地点は刻々と進んでいる。
今回四暮を助けることはできたものの、本来四暮が死ぬはずの時間。その時間をまた繰り返すことは"あった未来"に観測されるのと同義だ。つまり、次が5回目の試行。次失敗した場合、四暮の死は永久的に覆せなくなる。
そして、澪達から聞いた皇奏乃の死の時間。おそらくではあるが四暮とほぼ同時刻。
「……無理だ」
スタート地点は更新され、奏乃が屋外に出ることはきっと止められない。奏乃を助けに向かえば四暮が死ぬことになる。
――"片方しか"助けられない。
不可能の文字が五織の頭に浮かび上がり、五織は地面を勢いよく叩いた。運動能力向上の制限を忘れた五織の拳はホテルの床を突き抜け、周りに亀裂をはしらせる。
「……なるほど。こりゃ隠したくなる能力だわ」
「え?」
地面に怒りをぶつけた五織に最初に声をかけたのは二麻だった。
「澪から聞いた。全部な。五織がどんな風に苦労してきたのかも」
「聞いた……って。信じるの?」
「そりゃー、今だって信じられねぇよ。けどウチら友達だろ?」
そう言って二麻は顔を少しだけ赤らめて、頬をかいた。その反応に遥は小さく頷き、四暮はなんのこっちゃと顔を顰めた。
「もっと周りを頼ってくれよ。信じられなくたって、友達が困ってたらウチは助ける」
「僕もだ」
「な、なんの話してるかわかんねぇけどよ。それは俺も同意だ」
そう言って3人は床に伏せていた五織の手を、腕を、肩を掴んで起き上がらせた。
そして、五織の目の前に立っていた澪はその胸に手を置いて、微笑んだ。
「五織くん。私は力が無くても五織くんを信じたよ。証拠とか説明とか、そんなもの要らない。私たちをもっと信じて、もっと頼って! その代わり私たちも五織くんを頼るから」
「澪……さん」
「まぁそういうことだ。五織」
二麻はそう言ってポンっと五織の肩を叩いた。
「このチビの方はウチに任せな。なんつーか、アテがあるんだ」
「アテ?」
「細かいことはいいから。澪が連れてってくれれば多分ウチは動くから」
「ん? もしかしてチビって俺のこと言ってんのか!」
「他にどこにチビがいんだよ。お前が首突っ込んだせいでこうなってんだろうが!」
「つーか、さっきからなんの話してんだ! 俺にも説明しろ!」
「意味ねぇんだよ。今しても! 察しろ!」
「無理に決まってんだろ! どういうことだよ!」
「コラ、時間ないって言ってるでしょうが」
言い合う2人の頭を澪はポカっと殴りつけると、2人は「ごめん」と謝り、遥はクスリと笑った。
「僕は車の方には乗れないだろうから、五織について行くよ」
「ああ、頼む」
そうして五織は自身の頬をぶっ叩く。あまりの音に4人はびっくりした顔をするが、五織がスッキリした顔を浮かべているのを見て4人は顔を見合わせて頷いた。
「運命……変えてやろうか!」
▶︎▷▶︎
「あれ? 奏乃じゃん」
「――中村……くん」
予期しない巡り合わせに奏乃は喉の奥を細めた。
以前、中村に告白されたとき、その場でキッパリと断ったのだがあまりにもしつこく、学校で会えば「今日可愛いじゃん」とか身なりを指摘してきたり、しきりにラインを送ってくる始末だった。
彼の学校での評判がそれほど悪くないために、友達に相談することもできないでいたが、最近は彼女ができたためか、あまり接してくるようなことが無くなり、ようやく安心していた。
だが、どうやら奏乃が五織に好意を寄せてることを良く思っていないらしいと友達から聞いたため、奏乃は中村をまた警戒していた。
「奏乃も外に出たりするんだなぁ? もしかして俺を追ってきてくれたり?」
「いや……私は」
言い淀んでいた奏乃に中村は徐々にその距離を詰めて、奏乃の顔をまじまじと見つめた。
「違ってもいいや。こんなところで二人っきり。運命感じちゃうわ」
そう言って中村は奏乃の肩に触れようとした。
「嫌!」
奏乃がその手を払いのけると、中村は急に不機嫌な表情になった。
「なに。俺には触れられたくもないって?」
そう言って中村は奏乃の腕を掴み上げると、奏乃の顔に自身の顔を近づけようとした。
「きゃ!」
だが、寸前のところで奏乃はそれを避けて、腕を振り払うと、山道を駆け出した。
「おい!」
背後から怒号と共に追いかけてくる。奏乃は必死に草木を掻き分け、暗い山道を駆ける。山用のスニーカーで来たのは正解だった。五織に可愛い姿を見せたかったから本当はこんな地味な物を履いてきたくは無かったが、今はその判断をした自分に賞賛したいくらいだ。
だが、相手は男子。それもサッカー部でレギュラーを取るようなバリバリの体育会系だ。奏乃は運動が得意な方ではないから必死で逃げまわる。
「あ――」
ガクンと足先に道がないことに気づいたときにはもう遅く、奏乃の身体は暗闇の中へと落ちて――
「……っ! ギリギリセーフ」
寸前に伸ばしたその手。その手を握り、安堵の息を漏らしたのは他でもない奏乃の想い人であった。




