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異世界帰りの勇者、恋愛に現を抜かす  作者: ミゾレ
第二章 林間学校編
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第25話 私しか知らないこと

「皇さん」


「? ……どうしたの?」


 その場を離れようとした奏乃を五織は引き止め、笑みを浮かべた。


「ごめん、実は俺行かないといけないところがあってキャンプファイヤーには参加できないんだ」


「え?」


「……ごめん」


 五織は下手くそな笑みをやめて、その場から逃げるように背を翻すと、それ以上は何も言わず駆け出した。



 ▶︎▷▶︎



「行っちゃった……」


 奏乃はもう見えなくなってしまった五織の方を見て、残念そうに呟くと、自身の部屋の方へと歩き始めた。


「……振られちゃったってことかな」


 まだ告白したわけではないが、誘った後の自身の態度があからさま過ぎて悟られたのか、その真意はわからないが、少なくともキャンプファイヤーに誘うのは失敗したのは確かだ。

 奏乃はギュッと唇を結んで、溢れ出そうになる涙を必死に堪えた。


 廊下をゆっくり歩いていると、ふと背後から声がかかり、奏乃は目を少し擦ってから振り返った。


「三宮寺さん?」


「皇さん、五織くんがどこ行ったかわかる?」


 澪は少し息を切らしており、その表情は焦っているようだった。


「ううん、わからない。裏口の方に急いで行ったように見えたけど」


「……そっか、ありがとう!」


「待って!」


 背を翻した澪の手を握り、奏乃が引き留める。


「五織くんが行かないといけないところ、三宮寺さん知ってるの?」


「……五織くんがどっかに行かないといけないって?」


「うん」


「……そっか」


 澪は困惑の表情を浮かべた。前回のループでは五織には奏乃にキャンプファイヤーに行けないことを伝えてほしいと言われ、「ホテルの物品壊して、罰として掃除させられてるから行けなくなった」という話にしていたのだが、今回は自身で断ったらしい。

 ただ、『行かなければならないところ』という曖昧な回答のせいで澪は正直に話そうかと一度思考する。


「……実はウォークラリーのとき仲良くなった人がいるんだけど、どうやらその人の連れてた犬がどこか行っちゃったらしくて……捜しに行ったのかも」


「え……こんな暗い中じゃ危ないのに」


「……だね。飼い主の人はホテル近くで見つかったら教えてほしいくらいのつもりだったんだろうけど、ほら、五織くん正義感強いから」


「……そうですね」


「だからごめんね。全然帰って来なかったら私の方から先生には伝えておくから。秘密にしておいて」


「……わかりました」


「それじゃ!」


 澪は颯爽とその場を去った。


(ちょっと苦しかったかな……。でも、四暮くんがいなくなったなんて言ったら皇さんも捜そうとしそうだし)


 咄嗟の言い訳の粗をそう反省する。澪は奏乃のことをあまり知らないが、噂で耳にする彼女の性格は裏表のない正義感の強い子と言ったところだ。入学して間もない頃は裏があるとかそんな話も聞こえてきたが、彼女の周りに人が絶えないのを見ると、そう言ったものは今は払拭されたのだろう。


「……確かにそんな子にアプローチされたら五織くんも揺れるか」


 と、恋愛脳に切り替わりそうになった澪は「いやいや」と首を振った。


「今は四暮くんのこと! 私はどう動けば……」


 ――澪はやはり彼女のことを知らなかった。



 ▶︎▷▶︎



「五織くんはきっとボールから助けた子としか思ってないよね」


 奏乃は裏口から外へ出て山道を駆けていた。澪はやはり知らなかったのだ。彼女がどれだけ五織を想っていて、彼女が簡単に行動に移せてしまうのかを。


「確かに、動こうと思ったきっかけはそうだったかもしれない。けど、私が五織くんに助けられたのはこれが二度目なんだよ?」


 それは奏乃しか知らない過去の話だ。



 ▶︎▷▶︎



 決められていない座席。普段の学校の教室よりも小さなその教室の隅で、黒縁の眼鏡をかけた少女は返された試験の結果を見て肩を落とした。


「おい、ブス! 何点だったんだよ!」


 返された試験結果を見ていた奏乃から男の子はその用紙を取り上げた。


「あ……」


「くっ! 判定Eじゃねーか! 学校のレベル下げた方がいいんじゃねぇの?」


 男の子はクスクスと笑い、そしてその周りにいた男子達も一緒になってその用紙を見てはケラケラと笑った。

 そこは中学受験のために通っていた塾であり、奏乃はその場で少し浮いていた。このとき奏乃は小学4年生。高学年になり、中学受験を視野に入れるようにと親に入れられたのだった。

 だが、その塾は奏乃の通っている学校からは少し遠くにあり、ほとんどの子が隣の学校の生徒で、彼ら彼女らは既にそこで形成された関係があったため、奏乃は全く馴染めなかった。

 勉強自体にそれほど苦手意識はなかったが、慣れない環境と初めてのテストに奏乃は思ったように解くことができず、今回の試験は自分でも全然ダメだったと思っていた。だが、たとえ点数が悪かったとしてもどうしてこんなふうに晒されて笑われなければならないのかと奏乃は悔しさに涙を浮かべた。


「そんな盛り上がって何してんの?」


 その教室に遅れて入ってきた少年が笑ってる男の子達に声をかける。


「おー、五織! 見ろよこれE判定だってよ。成績優秀のお前からもなんか言ってやれよ」


 そう言って男の子が用紙を差し出すと、五織は「ふーん」と言ってそれを受け取り、片目を閉じた。


「お前らに人を蔑む余裕があるわけ?」


「え?」


「いや、俺からしたら大した違いねぇなーって思ってさ。今回の試験難しめだったけど、取れるところはちゃんと取れてるし、国語に関しては塾内2位じゃん。お前ら判定ばっか見ててもしょうがないぞ?」


「んな……」


氷川(ひかわ)さんこないだ入ったばかりで国語2位ってことは今までずっと先生に教えられてたお前らが完全に負けてんじゃん。金がもったいねー、先生かわいそー」


 五織はそう言って「やれやれ」と手を挙げて首を振ると、試験結果の用紙を奏乃の元に返し、受け取った奏乃が辿々しくお礼を言う。


「……あり、がとう」


「気にすんな」


「五織! そんなやつの肩持ってもしょうがないぞ!」


「そんなやつって?」


「そんなブス気にしても得なんてねぇよ!」


「氷川さんが? お前ら節穴だな」


「……え?」


「はい、お前ら試験結果が気になるのもわかるが、授業始まるぞー! 席につけー!」


 その日は塾講師が教室に入ってきたところで騒ぎは止んだ。だが、その日の授業は奏乃は五織のことばかりが気になって集中できなかった。


「あの、五織くん!」


「ん? どうしたの?」


 塾が終わり、帰ろうとしていた五織に奏乃は呼びかける。


「……今日はありがとう」


「全然。なんかあったらまた俺に――いや、何でもない」


 五織は頬をかいて、歯痒そうに口を噤んだ。


「どうしたの?」


「あーいや、俺、塾辞める予定なんだ」


「え……」


「どうしても勝ちたいやつがいてさ。塾に通わず、自分の力で勝ちたいんだ」


「……そう。なんだ」


 五織を止める理由を奏乃は持ち合わせていなかった。それに残って欲しい理由も如何にも自分勝手な理由であり、奏乃はそんなことで彼を引き留めようとは思えなかった。


「頑張って! 五織くんなら絶対勝てるよ!」


「ありがとう!」



 ▶︎▷▶︎



 五織が塾を辞めた後、嫌がらせされることはなかったが、結局受験期に両親の離婚が重なり、奏乃は受験することすらできなかった。

 ただ、元々行こうとしていた学校は中高大一貫の私立であったから、もしそこに行っていたら五織との再会は叶わなかっただろう。だから奏乃はそのことに全く後悔がなかった。


「クラス名簿で五織くんの名前を見たとき、1人で舞い上がっちゃった」


 だが、入学式の日。どれだけ周りを見ても彼の姿はなかった。


「交通事故に遭ったって聞いた時は本当に心配したんだよ?」


 入学式から2日後。遅れてやってきた彼は以前と変わらない笑顔を浮かべていた。


「五織くんだ」


 だが、声をかけるのを奏乃は躊躇った。きっと五織は自分のことを覚えてはない。あのときとは名字も見た目も違うのだから当たり前だ。

 それでも一縷の望みに覚えていてくれたらと、その答えを知るのが怖くて話しかけることができなかった。


「氷川ですって言えば良かったかな?」


 そう名乗って彼が覚えてなかったら、もっと辛くなるからやめた。でもそれでいいのだ。彼が覚えてなくても、皇奏乃を知ってくれれば。


 困っている人に躊躇いなく声をかける貴方が好きで


 友達とふざけて笑う貴方が好きで


 誰にでも優しくできる貴方が好きで


 負けず嫌いな貴方が好きで


「五織くん――」


 草木が擦れた音がして、奏乃は足を止めて振り返る。


「あれ? 奏乃じゃん」


「――中村……くん」



 ▶︎▷▶︎



「最初からこうすれば良かったんだ」


 それは奏乃のこともそう、四暮のこともそうだ。

 5回の試行(リファイブ)を持ってすれば簡単に成せることだった。


「五織?!」


 男が四暮を殴りつける直前――五織がその間に割り込み、その拳を受け止めると、男をそのまま地面へと叩きつけた。


「このが――」


 声を荒げようとした男の口を塞ぐように、有無も言わさず殴りつけると、そのまま男が意識を失くすまで殴り続けた。


「お、おい――五織?」


 四暮が戸惑いの声を上げるが、五織は男の懐を探ると、ナイフを取り出した。


「ナイ――フ?!」


 灯がそのナイフを目に留めて驚きの声を上げるが、五織は黙ったまま立ち上がり、そのまま四暮の肩に手を置いた。


「……大丈夫」


「大丈夫って何が……」


 五織は四暮に笑みを浮かべるだけで、その場から離れると、地面に膝をついたままの灯の前に立つ。


「灯さん、あの車には乗っちゃダメだ。細工がしてあります」


「細工……?」


「少しは心当たりないですか?」


「……確かにあの車は主人の予備の車ですけど」


「とりあえず、僕を信じてください。このナイフを見ればわかるでしょう?」


 五織がナイフをケースから取り出してその刃を見せると、灯はそれを見ると顔を俯けた。


「警察を呼んで経緯を説明しましょう。車の細工やその傷を見ればさすがに警察も動かざるおえないでしょう」


「……けれど」


「お願いします」


 五織が少しだけ強めな口調でそう言うと、灯はようやく小さく頷いた。そして、こうたと目線が合うと、こうたはビクッとして五織から目を背けた。


「何で五織がここに?」


「四暮が車に乗って行くのが見えたからさ」


「だとしたら速すぎねぇか? なんでそんな全部知って……?」


「……さてな」


 五織は四暮の問いにテキトーに答え、グッと背伸びする。すると、ピリッと手に違和感を覚える。


「いてぇ」


 見れば薄皮が剥けていて、おそらく男の眼鏡に引っかけて怪我したのだろう。

 だが、そんな痛みなどもうどうでもよく、とりあえず事件は解決したと安堵の息を吐く。

 すると、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。ホテルから出る前に先に電話をしておいたのだ。


 これから警察が来て事情聴取でもされるのだろうか。そうなったらきっとキャンプファイヤーは中止、明日の飯盒炊爨もきっと無くなるだろう。だがそんなのは些細なことで、四暮が死ぬ未来を取り消せたのだからもう十分だ。

 ハァと吐いた息は白く染まっていた。



 ▶︎▷▶︎



 警察の事情聴取は一旦は簡素なものだった。あくまでも五織達は家庭内暴力の一端に巻き込まれた形であったからだ。ただし、五織が暴力を振るってしまったために、その正当性が証明されるためにまた事情聴取があると言われた。

 先生からは叱られると思ったが、警察沙汰になったことで先生達も状況が飲み込めず、とりあえず部屋に戻れとだけ言われた。きっと事が落ち着いたら結構怒られることになるかもしれない。

 そうして警察が来てから約3時間程が経過してようやく五織は解放された。


「とりあえず風呂入りたい」


 五織はそう呟くが、四暮は首を横に振った。


「もう入れないってよ。明日の朝、先生に言って入れさせてもらおうぜ」


「そう――」


「五織くん!!」


 そんなたわいもない話をしていると、澪の声が聞こえて五織と四暮は振り返った。駆け寄ってきた澪とその後ろには遥と二麻の姿もあった。


「あ、澪さん、ちょうど良かった。とりあえず――」


「皇さんが……」


「え?」


 澪の表情。息切れてその余裕のない表情に五織は頬をグッと硬くした。


「崖から落ちたって……」


 その最悪の知らせに五織は声を出すことすらできなかった。

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