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異世界帰りの勇者、恋愛に現を抜かす  作者: ミゾレ
第二章 林間学校編
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第18話 恋バナをしてみたかった

 最近は梅雨より先に夏が来たと思うほど暑い日差しに見舞われていたが、やはり山の上というのもあって、だいぶ過ごしやすい気温だ。

 おかげで観戦してる方も、寒くなることはなく、何ならお昼を食べ終わってちょうどウトウトしてしまいそうになる。

 だが、ドッジボール大会が始まるとそんな眠気も吹き飛んで活気が溢れる。と、言うのも――


 バシコーン! バシーン!! ドカ!


 漫画でしか聞かないような効果音と共に、次々とやられていく男子達の悲鳴がドッジボールの会場を包み込んでいた。


「よっ」


「ぐへぁ!」


 菜月が投げ込んだ球は手から離れた瞬間、異常なまでの速さに達し、もはや野球ボールかのようなスピードで男子達にぶつけられる。流石に女子にその球を投げるのはまずいため、どうやら男子のみを標的にしているらしい。

 今はBクラスとDクラスとの一回戦になるが、もう既にBクラスのほとんどの男子は菜月にやられ、ちょこちょこと流れ弾被害にあった女子達もやられ、Dクラスの、否、七瀬菜月の独壇場であった。


「七瀬さんすごーい!」

「七瀬〜!!」


 いつの間にか菜月のファンができたのか、観客席からは菜月を応援する声が聞こえ、菜月も心なしかノリノリになっている。


「これで最後!」


「どわぁ!」


 陣地に残った最後の男子にボールを勢いよく投げると、男子生徒はそれをギリギリで躱した。

 だが、菜月が投げたボールは勢いが消えることなく、外野の手に当たって向きだけ変わると、観客席へと飛んでいく。


「危ない!」


 声が上がったときにはもう遅く、試合を見ながら談笑していた女子にぶつかりそうになっていた。


「きゃ!」


 その寸前で間に入り込んだ五織が足で蹴り上げると、ボールはポーンと宙を舞って、キャッチして見せた。


「大丈夫? 怪我してない?」


「……はい」


 五織がそう問うと、女子はこくこく頷いた。


「良かった。試合コートの方見てた方がいいよ」


 そう注意すると、五織はコートの方に向き直し、ボールを放ると、その救出劇にパチパチと歓声が上がった。


「さすが〜!」「五織くんかっこいい〜!」


「あんまり茶化さないでくれよ」


 上がった声に五織はそう答えると、自分が座っていた席までサササッと戻った。


「さすがだな五織。あんなん普通間に合わねぇよ」


「いやまぁ、咄嗟に動いちゃったっていうかね?」


 四暮に異常な速さで動いたことを指摘され、ギクリと背中を強張らせるも五織はてきとうにそう言って誤魔化した。


 五織達の学年は5クラスという奇数なこともあり、今回のドッジボール大会はトーナメント制ではなく、総当たり形式だ。ちなみにクラス全員30人対30人と大人数になるため、元外野5人、復活なし、当たったら即退場のルールだ。

 それまでに四暮率いるAクラス、そして菜月率いるDクラスが全勝し、残すところAクラス対Dクラスとなった。


「負けないぜ! 七瀬さん」


「……はい、私も負けません」


 ジャンプボールでDクラスの長身の男がボールを取り、すぐさま菜月へとボールが渡される。


「ほっ」


 逆に気が抜けてしまいそうな掛け声と共にとんでもない速さのボールが投げられる。その第一投の標的にされたのは五織であった。


「え? 俺?!」


 五織は驚いてすぐさま避けの体勢に入ろうとするが、澪が後ろにいることに気づいてキャッチに切り替える。向かってきたボールをバレーボールの要領でレシーブして勢いを殺すと、ポーンと飛んだボールを四暮がキャッチする。

 菜月の球を真正面から受け止めるのは不可能だという話になり、とにかく避けるか、上に飛ばせば誰かがキャッチするという作戦であった。故に作戦通りではあるのだが。


「いっ…………


 てぇ!」と声を上げそうになる。足が切られたり、腕が飛んだり、とてつもない痛みを味わったことがあっても、痛いものは痛い。


「さすが五織! バレー部入った方がいいんじゃないか?」


「……いやもう無理。痛い」


 四暮の軽口に涙目でそう答えると、四暮は「わりぃ」と片手だけの合掌で返した。


「五織……お前の仇は俺が取ってやる!」


「死んでないから!」


 四暮が投げたボールは真っ直ぐ菜月に向かって突き進み、菜月はキャッチしようと手を出す。すると、突然ボールがガクンと下に落ちた。


「フォーク?!」


 驚きの声が上がるも、菜月は落ちたボールを足で蹴り上げ、何なくキャッチして見せた。


「……まじかよ」


 渾身のフォークボールを簡単に対応され、四暮は驚きに声を上げる。

 そしてまた菜月の豪速球が投げられ、今度の標的も五織であった。


「何で俺ばっか!」


 苦情の声を上げ、今度はのけぞってボールを躱すと、そのボールは後ろで立っていた遥へとぶつかる。


「ぐああ!」


 背が高い分、的がデカいのもあり、五織が躱したボールに反応しきれず、太ももあたりに直撃し悲鳴をあげた。


「はるかぁ!」


 だが、遥の犠牲のおかげでボールはAクラスのものだ。


「私に任せて、バスケ部の意地見せるよ!」


 ボールを拾い上げ、構えたのは澪だった。

 投げたボールは菜月ほどではないものの、そこそこ勢いのあるいい球で、気を抜いていたDクラスの男子にヒットした。


 そんなやり取りを繰り返し、5対5までになる。Dクラスは菜月と男子4人(内、信号機の赤と黄色がいる)Aクラスは四暮、五織、澪と他男子2人だ。ちなみに二麻は流れ弾に掠めたために早々に退場した。


「クソ、七瀬さんしぶといな」


「でも、ここまで善戦したおかげで心なしか七瀬の球に威力がなくなってきてる。多分、体力がないんだ」


 五織は冷静に状況を分析するも、かと言ってボールはDクラス側。分が悪いのは相変わらずだ。


「五織、キャッチしてくれよ。七瀬さんはなんでか五織ばかり狙ってるからな」


「……おかげで手が痛いけど」


 そう四暮の言う通り、何故か菜月は五織ばかりを狙っている。レシーブできるものは何とかそれで対応し、難しそうなら避けてきたが、その流れ弾のせいでここまで減ってしまった。

 しかし、ボールがくるとわかっていれば痛みに耐えるだけだ。五織はグッと腰を落として構えた。


「よっ」


「――な!」


 だが、菜月が今度に狙ったのは四暮であった。まさか狙われると思っていなかった四暮は構えるのが遅れて、キャッチをミスし、ボールを落としてしまう。


「……まさか、ブラフ!」


 やられたと四暮は頭を抱えた。そう、菜月が五織を狙い続けたのは四暮の油断を誘うためだったのだ。


(クソ、さっき女子を庇って目立った腹いせかと思ってた)


 五織は自分の考えが的外れだったことに恥ずかしさを覚える。だが、ボールはAクラス側。ここで菜月を倒せばまだ勝機はある。


「いくぞ!七瀬!」


 五織がボールを構えると、菜月は腰を少し下げた。

 運動能力向上により、今の五織は菜月と同じく豪速球を投げられないこともない。だが、そんなチート能力を使ってまで菜月に勝ちたいと思わないのが五織だ。


 だから――


 五織が投げたボールはそれほど速くないスピードで一直線に菜月へと向かう。


「……!」


 菜月がキャッチしようとした直前、ボールが急に向きを変え、斜め上へと逸れて、菜月の肩へとヒットした。


「あ……」


 だが、菜月に当たったボールは隣にいた男子の手元に落ちてキャッチされてしまう。


「タイムアップ!」


「……そりゃないでしょ」


 先生の掛け声で試合は強制終了。学校の行事に時間は付きものだが、Aクラス対Dクラスは一人多く残っていたDクラスの勝利となり、結果優勝は菜月率いるDクラスで幕を下ろした。



 ▶︎▷▶︎



 夕食を終え、入浴も終えると、1日目の行事は消化されて女子達はもっぱら明日のキャンプファイヤーの話題だ。


「明日のキャンプファイヤー、どっかでカップルできるかな〜」


 "キャンプファイヤーを見ながら誰にも気付かれず、5秒間手を繋ぐと永遠に結ばれる"という学校行事によくあるジンクスに浮調子の澪が問うと、Dクラスの面々が反応した。


「今日カップルができたらしいよ」


「あ、それ聞いた。Bクラスの内田くんとEクラスの木野さんだよね、他クラスなのにすごいね」


「ドッジボール観戦してるときに仲良くなって、それでだって。早くない??」


「でも内田くん、ドッジボール活躍してたもんね。木野さんから話しかけたんじゃない?」


「確かに! でもそれで言うなら四暮くんあるかもね」


「いやでも四暮くんは可愛い系だからねー、ファンは増えてそう」


「ならやっぱ五織くん? イケメンだし、勉強もできるし。澪と二麻は普段から仲良いけどどうなの?」


「ウチからするとなんでも出来すぎて恋愛対象には見れないって感じ」


「……んー、私もそうかな」


「あれー? 澪はなんか含みある感じがするなぁ?」


「そんなんじゃないよ」


 澪はそう言うと枕に顔を(うず)めた。


(ちょっと()ちゃんと似てるところがある気がして気になるのはそうなんだけど……)


 澪自身、五織への気持ちがよくわからない。かつての想い人と似たところがある、"気がする"のだが、それが具体的に何を指すのかもわからない。

 普段の五織からは頼りないと思うことはないし、ガムシャラに何かに向かっているとか、決して不器用だけど優しいみたいな、彼と似た何かがあったような気がするのだが、その具体的な部分がモヤがかかっているようで思い出すことができない。


「そういえば、七瀬さんは五織と幼馴染なんだっけ?」


 二麻がそう問うと菜月は微妙な表情で小さく頷いた。


「……そうらしいです」


「なんでそんなひとごと?」


「あんまり記憶ないんだって〜」


「ほー、そういうものかね」


「でも五織くんは結構七瀬さん意識してる感じするよね」


「そうですかね?」


 Dクラスの女子がニヤニヤしながらそう言うと、当の菜月は心当たりもない感じで答えた。


「七瀬さんはどうなのそこらへん?」


「どうと言われても、なにがです?」


「ほらー、五織くん同じ部活だし、首席と次席だし、気になったりしないの?」


「……特には。良い人だとは思います」


「でも他に仲良くしてる男の子とかいないでしょ?」


「仲良くしてるとまでは。友達ではあります」


「え、七瀬さんに友達認定されてるなんて」


「そこですか?」


 そんなに自分は関わりにくいだろうかと菜月は心配になる。だが、サービスエリアでのことで五織には助けられたし、今こうして皆んなと恋バナらしきものをできているのもきっと五織のおかげだと菜月は思う。だから感謝はしているし、良い人だということ、友達ということは菜月の中で確かであった。


「二麻は男に苦労しなさそう」


「ウチのことなんだと思ってるの?」


「そんなこと言って〜、同じクラスの中村くんに告られたの知ってるよー」


「え?そうなの?」


「……テスト前くらいの話な。キッパリ断ったよ」


「えー!もったいない。1年なのにサッカー部でレギュラーらしいよ」


「ウチ、チャラいのとか軽いの苦手なんだよ。それこそアイツもう彼女いるだろ?」


「あ、マネージャーの先輩だよね。やってるね中村くん」


「そ! ウチに告ってきたときも、じゃあ一回でいいからとかさ」


「そっちの意味で言ったんじゃないからね?」


「? ……なにが一回でいいんですか?」


「七瀬さんは知らなくていいから!」


 恋バナはいつしか愚痴へと変わり、数学の田中の授業がつまらないという話題になったくらいには菜月の意識は夢の中に落ちていた。

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