第15話 ツンツンキャラとは相性が悪いと思う
「魔法陣を解除する方法は基本的に二つしかないわ。術者が魔力を流すのを止めるか、圧倒的な魔法の威力で魔法陣そのものを壊すか。でも後者ができるのなら、術者を倒した方が基本的に早いことが多いけれど」
ゼーセと戦うのに最も厄介になってくるのは不死の魔法陣に間違いなかった。一度、最初と同じように広場での決闘への流れを作るように試してみようとしたが、起床したことが何故かゼーセには伝わっているようで、駄々をこねてゼーセが帰ってくるまで屋敷に残ったイオリを有無を言わさず首を跳ね飛ばしてきた。
この時間に起きてしまうことになった時点で、魔法祭での戦いを避けられないものとなってしまっていたわけだ。そのため、イオリが次に取ったのは魔法陣への対策だった。
「……いや、書き換えならもしかしたらできるんじゃないか?」
術者が魔力を流すのを止めるのはゼーセの意思に完全に左右されてしまうため、その方法はできるだけ避けたい。加えて魔法陣を破壊するような魔法なんてイオリには扱えない。故にイオリは三つ目の方法に縋るしかなかった。
だが、イオリの問いにレイは首を横に振った。
「無理よ。確かに魔法陣を書き換えることはできなくはない。ただ、正しく、かつ最短で書き換えないと、術者の魔力が逆流して、貴方の脳が焼き切れるわよ」
「焼き……切れ?」
「魔法陣はある程度定型化されているけど、使う術者の魔力によって書き方が違うわ。それを別の魔法陣に書き直すなんてほぼ不可能。それに、書き換えた後に魔力を流すのが自分なら自分の形に魔法陣を書き換えればいいけれど、貴方は魔力がないじゃない。つまり書き換え後も相手の魔力に合わせた魔法陣に書き換えなければならない。そんなの絶対にできないわ」
「……脳が焼き切れるのは、たとえ不死の魔法陣の中でもなのか?」
キッパリとそれはできないと否定したレイの発言を聞き入れていないのか、イオリは前提の話に話を戻すと、レイはわかりやすく顔を歪めた。
「そうよ。そのまま死ぬわ」
「なら、安心した」
「は?」
「俺に魔法陣の書き方を教えてくれ」
◀︎◁◀︎
初手の攻撃――その見えない風の攻撃を避け、壁が砕ける衝撃音と共に地面が隆起してイオリの体を宙に浮かせる。剣を突き立て、浮き上がる自分の体を静止させると、体を回転させて勢いよく剣を投げつける。
「……ふむ」
ゼーセは短く声を切ると、その剣に触れることなく躱し、軽く手を下げると雷が轟いた。雷はゼーセが作り上げた岩の塔を粉々に砕き、舞台に大穴を作り上げる。巻き上がる爆煙に紛れ、イオリが姿を現し、その手には剣が握られている。
「届――」
「かないよ」
イオリの振り抜いた剣は盛り上がった地面によって防がれ、キンっと高い音を鳴らした。
「――!」
本来なら弾かれた衝撃がイオリの全身に響いて、隙ができるはずだったが、イオリは剣が弾かれる寸前にその手を離し、ゼーセの懐へと潜り込んだ。
「うおらあ!!」
イオリの渾身の拳はゼーセの顎元へと向けられたが、ゼーセは軽く後ろに下がってそれを躱すと、体を回転させてイオリへとその長い足を振るった。
「……む?」
ゼーセの足蹴りをくらい、イオリは闘技場の壁へと吸い込まれた。だが、その一撃が見た目以上にダメージになっていないことをゼーセは気づいていた。
「……第一段階」
イオリはそう呟くと、パチンと指を鳴らした。それと共にゼーセの背後、地面に突き刺さったイオリの一本目の剣がピカッと光ったかと思えば、瞬間――爆発が巻き起こった。
「――馬鹿な」
それまで余裕の顔を少しも崩さなかったゼーセが驚きの声を上げたのは、爆発が起こったからではない。爆発とほぼ同時に自分を襲った脱力感。その意味に気づいたからだ。
「魔法陣の書き換え……それにも驚かされたが、まさかよりにもよって抹消の魔法陣に書き換えたというのか?!」
抹消の魔法陣――それは魔法陣内において魔法が使用できなくなるという拘束用の魔法陣である。魔法が当たり前のこの世界において魔法を抹消するこの魔法陣は拘束能力において最も優れていると言っても良い。ただし、その強力な効力故に最も複雑な魔法陣でもあり、魔法陣に精通した魔法師が1日かけてやっと作り上げるのがこの魔法陣である。そんな魔法陣を戦闘中に、しかも書き換えによって構築させるなど不可能に近い。それをクリュウ・イオリはやってのけたことにゼーセは驚愕し、関心の意を示した。
だが、思わずゼーセはため息をつく。
(残念だよ。クリュウ・イオリくん。それだけの才があったとしても魔力が無ければこの魔法陣は成立しない。僕が魔力を流すのを止めるだけで魔法陣は簡単に崩壊してしまうのだから)
魔法陣を書き換えたことには確かに驚かされたが、成したことの割に効力はあまりに少ない。ゼーセはすぐに魔力を流すのを止めると、爆煙の中から何かが向かってきていることに気づいた。
(失望させないでくれ)
ゼーセはとうとう肩を落とした。煙の中、向かって来るそれは実体がなく、目には見えない。だが、目には見えないだけで魔力は見えている。
隠れローブはその性質上、便利だと思いがちだが、魔法を扱い戦う者達のほとんどは相手の魔力を感じ取ることができる。確かにイオリは魔力を持たないため、ローブに隠れれば透明人間になれると思ってしまうが、魔法具もまた魔力を持っている。そのため見た目だけは隠れられていても隠れローブの魔力が露呈し、全く意味をなさないのだ。
隠れローブはジョークグッズに過ぎない。そんなこと駆け出しの冒険者でも知っている。
「……期待外れ。だったかな」
煙の中、丸見えなそれがゼーセの前へと現れ、ゼーセは一切の躊躇いなく、雷を落とした。
不死の魔法陣が無ければ、絶対に命を落とすであろう一撃。魔法陣を書き換えられ、その魔法陣も魔力を流すのを止め、今やこの舞台には魔法陣は囲われていないというのに、ゼーセは全く躊躇いがなかった。完全にイオリを殺すための一撃だった。
雷が地面を焼き、そこに残ったのは焼けて消えていくローブと――鉄。
「――!」
事態に気づいた時にはもう遅く――ゼーセの背後、姿を現したイオリを見てゼーセは口角を上げた。
「……見事」
イオリの握った短刀がゼーセの頬を掠め取った。
◀︎◁◀︎
イオリの障害となったのは魔法陣だけではなかった。それはイオリにとって馴染みのないモノであり、感じ取ることすらできない。だからこそそれに気づくのにかなりの試行を費やした。
「俺の服を返してくれないか?」
「急に何よ。別にそれがあるんだからいいじゃない」
現世から着てきた制服。見た目や質感、それらは用意された服となんら変わらないはずなのにゼーセはその服を珍しいとそう評した。最初は織り方や縫い方が違うのかと思った。だが重要なのはそこではない。当たり前だが、イオリの制服は魔力がないのだ。
どうやらこの世界ではあらゆるモノに魔力がこもっているようで、紙や食べ物にですら魔力があるというのだ。そして服もその例外ではない。
隠れローブを着て透明人間になって、騙し討ちも行った。だが、いとも簡単に頭を吹っ飛ばされ、そうしてやっと気づいたのだ。
つまりは魔力が全く無いイオリが完全な透明人間となるには服ですら邪魔であったということだ。
「……この服じゃ、君のお父さんには勝てない」
「ふーん。そう」
「そう……って」
イオリの主張にレイは短くそう言うと背を翻し、部屋から出ていったかと思えば、すぐに部屋に戻ってきてイオリに向かって服を投げてきた。
「っと」
「それが何の役に立つのか私にはわからないけど、まぁそうね。頑張りなさい」
そうぶっきらぼうに言う彼女にイオリは苦笑いを浮かべる。この100以上の試行の中で十分わかったが、彼女は随分と素直じゃ無いらしい。だがそんな彼女がイオリに協力してくれているのだ。ならばその期待に応えなければならない。
「ありがとう」
◀︎◁◀︎
「見事だ。クリュウ・イオリくん」
パチパチと手を叩き、微笑むゼーセ。その頬につけたはずの傷はたちまち癒えていく。たったそれだけの傷をつけるのにかなりの試行回数を重ねたというのに、イオリは思わず苦笑いを浮かべる。
「まさか、隠れローブに包んだ剣を囮にするとは、してやられたよ」
「……油断があったからでしょう。もう貴方に勝てる気がしません」
イオリはゼーセから差し出された手を握ってそう答えると、ゼーセは「ふっ」と小さく笑う。
102回。それだけの回数を重ねて、ようやくゼーセから勝ち星を上げることができた。ただ、それだけ苦戦したゼーセが実は分身体であったことを後に知ったイオリはまたしても苦笑い、どころか笑えもしなかった。
そうして、エキシビションマッチが終わり、魔法祭も無事終わりを告げるとイオリは改めてドライトロアの屋敷へと案内された。
(長かった。ホントに長い1日だった)
ゴブリンとの戦いが終わったかと思えば、間髪入れずにゼーセとの戦い。しかもゼーセはこの国で最強とされる宮廷魔法師だったらしく、ほぼラスボスと言ってもいいレベルの相手と死のやり取りをしなくてはいけなかったのだ。逆に100回程度の試行で終われたことが奇跡とも取れる。
そんな戦いが続き、やっと落ち着いたこの状況。客室へと通されソファにどかっと座ったイオリは大きなため息を吐いた。
「だらしないわね」
そんなイオリの様子を見て、レイが悪態をつくようにそう言うと、イオリは眉を顰めた。
(こっちの気も知らないで)
だが、彼女が協力してくれなかったら、ゼーセに勝つことなど不可能だっただろう。ゴブリンから助けてくれたのもそうだが、彼女には恩がある。恩があるからそんな悪態の一つも流せる。そうでもなかったら今しがた言い返しては言い合いに発展してるところだろう。そのくらい、彼女とは気が合わないとイオリは思っていた。
(ツンデレキャラはデレがないと。これじゃツンデレじゃなくてツンキャラだよなぁ)
創作の中ならキャラクターとしては良いとは思うが、こうして相対してしまうと面倒くささの方が勝ってしまうのだとイオリは理解する。
「アンタなんか失礼なこと考えてない?」
「いや! そんなことないですよ?」
「……ふーん?」
胸の内を当てられ慌てるイオリに、レイは猜疑の目を向けた。
「おや、いつの間にか仲良くなっているね」
そんなやり取りをしているとゼーセが客室へと入ってきては、茶化すようにそう言ってきた。
「仲良くなんてなってないわよ」
「そうかい。そうかい。まぁこれから仲良くなってくれれば良い」
そう言って笑うゼーセの言葉にイオリは疑問を浮かべ、レイもまた顔を顰めた。
「イオリくん。一旦、君が魔族である疑いは晴れたと言って良い」
「……ああ。それはありがたいです」
ゼーセに勝ったことが魔族でないことの証明になったのはよくわからないが、それが予言ということなのだろう。疑いが晴れたならそれでいいが、どうも含みのあるゼーセの言い方にイオリは次の言葉を待った。
「だが、君は同時に勇者の業を背負うことになる。それもまた確かなのだ」
「……勇者の業。ですか」
「君が我々に何をもたらすのか。その行く末を僕に見せて欲しい」
先ほどの茶化しとは違う笑みを浮かべ、ゼーセはそう言った。勇者となり、魔王を撃ち倒す。別に最初からそのつもりだ。それがどれだけ重いものなのか、もちろんわかっている。そのつもりだからゼーセの言葉にイオリは小さく頷いた。
その頷きにゼーセもうんうんと頷くと、にっこりと笑みを浮かべる。
「よし、じゃあそうと決まれば、うちの子を連れて行くといい」
「え?」
「は?」
そうして彼女。レイ・ドライトロアとの旅が始まった。
お読みいただきありがとうございます!
異世界パートはこの章では一旦幕を閉じ、次回から現世パートへと戻ります。
二章は大体の主要キャラが登場することになる大事な章であり、"これぞ勇カス"と言える内容ですので、引き続き読んでいただけると幸いです。