第14話 傾向と対策を練れば焦ることはない
「ほら、良かったら使いなよ」
突然目の前に炎があがったかと思えば、何もなかったそこに、地面に刺さった剣が現れた。さながら現世で見たような手品の一つのような光景であったが、目の前で本物の魔法を見ると、イオリは自分が異世界にやってきたのだと実感する。
差し出されたその剣の柄を握り、グッと力を込めて引き抜いた。というか、そこそこ力を入れないと抜けないくらい地面にちゃんと刺さっていて、もしこれで一発で引き抜かなかったら会場の笑い者になるところであった。
どうやら、このゼーセのという男は紳士的な見た目とは裏腹に、めちゃめちゃ性格が悪いらしい。
この舞台を囲っている不死の魔法陣は人の命を守るというもの、つまりはイオリの能力が封じられている状況でもある。あくまでも予測でしかないが、ゼーセがイオリの能力を理解していて、わざと殺さないように仕向けている可能性は捨てきれない。弱音を見切って、ちょっかいを出しニヤニヤと笑うような男だ。ゼーセがイオリの能力を知っていてこの状況を作り出すというのは何ら違和感がなかった。
そうなると今から始まるのは一方的な痛めつけ。きっと気絶するまで戦わなければならないのだろう。そして、気絶後5時間以上経過してから目を覚ました場合、この状況は覆せない結果に至ってしまう。「迷い人」だか「持たざる者」だか知らないが、このドライトロアの領土全域に自分の存在がそう"差別される"ものへとなってしまえばこれから先の行動が難しくなるのが容易に予測できる。
故にイオリはここで必ず死ななければならない。
「さて、イオリくん。君の勝利条件は僕に傷をつけること。擦り傷でも何でも、少しでも傷付けることができたら僕は降参するよ」
「……勝手に話を進めないでください。こちとら状況が読めてないんです。持たざる者とは? 何故俺があなたと戦う必要があるんですか?」
イオリがそう言ってゼーセを睨みつけると、ゼーセは目を丸くした。
「持たざる者とは簡単に言えば、魔力を一切持たない者のことだよ。たまにいるんだ君のような異端がね」
「……異端」
イオリがゼーセの言葉を復唱し俯くと、ゼーセは「ふむ」と口に出して、自分の顎を撫でた。
「意味がわかっていないらしいな。言ってしまえば差別用語にも取れるが違うんだよ。そうだな、君はこの世界がどういう状況に置かれているか理解しているのかい?」
「……? 魔王の復活が近づいていると聞きましたが」
「そうだ。我々は魔族と戦っていて、その親玉である魔王の復活が近づき、まさに戦争の渦中と言えるだろう」
「それと何か関係が?」
「……魔族は魔力を持たない。そう言えばわかるかね?」
ゼーセの答えにイオリは持たざる者が一体何を意味するのか理解した。つまりはイオリが敵である魔族であると疑っているということだ。戦争の真っ只中、そんな状況に突然現れた持たざる者。それを怪しまないわけがなかった。
黙ったまま動かないイオリにゼーセは小さく頷き、
「状況は理解できて貰えたらしい。だがね、ここで一つ厄介なのが、君が勇者である可能性もあるということなんだよ」
「……?」
「迷い人。それが人類を救う、救世主になると予言があったんだ」
――『迷い人はこの世界を揺るがす存在であるのも確かなのだよ。幸か不幸か、君は我々に何をもたらすか?』
一つ前のゼーセに殺されるとき、確かにそう言われた。ゼーセもまた迷っていたのだ。イオリが魔族であるか、それとも勇者であるか。それを確かめるための決闘。それがあの広場での戦いであり、この魔法祭であるのだ。ゼーセがこの戦いでイオリに何を求めているのかはわからないが、少なくともどのループであっても必ずゼーセはイオリに戦いを求めてくるということだ。おそらく、逃げようとすれば問答無用で魔族と断定され殺されるだろう。
つまり、この戦いは避けられない。なら、イオリのやることは一つだった。
「わかりました。貴方に勝って俺が勇者であると認めさせます」
「……その意気だよ」
静まり返った舞台にゴングが鳴り響き、戦いが始まった。
「……っぶね」
そして、ゴングの響きが鳴り止む前にイオリの頭上を見えない風が断ち切った。前回の死から予測された攻撃を一か八かゴングが鳴ってすぐにイオリはその場にしゃがんで躱したのだ。
風が舞台の壁にぶつかると大きな斬り込みを作り出し、その威力を物語ると、イオリは背筋を凍らせた。
(嘘だろ。くらったら一発アウトだぞあんなん)
「いい読みだ。次はどうする?」
ゼーセが片手を上げて見せると、イオリの立っていた地面が盛り上がり、イオリを空中へと投げ出すように勢いよくとび出した。だが、イオリは咄嗟に地面に剣を突き刺して、空中へと飛び出すのを防ぐと、クルッと体を回転させて剣をゼーセに向かって投げ出す。
「ほう!」
ゼーセは感心したような声を上げて、イオリが投げた剣を軽く弾き飛ばすと、炎を手に纏って構えた。だが、肝心のイオリの姿が見つからず、キョロキョロと辺りを見回した。
「隠れても無駄だよ!」
ゼーセは手に纏った炎を突き出して、自分が作った塔に向かって魔法を繰り出すと、炎が塔もろとも焼き尽くし、土煙と共に爆風が吹いた。
「……やるね」
その爆風の中、突如として姿を現したイオリがゼーセの懐に入り込む。その手にはゼーセが渡したのとは別の剣を持っており、振り抜いた剣をゼーセは簡単なステップを踏むだけでそれを躱した。
「まだ!」
だが、イオリは手を止めない。振り抜いた剣の勢いを殺さないようにそのまま体を回転させ、二撃目を向ける。その剣線がゼーセを捉える直前、ゼーセは片膝を上げて、剣の腹をトンと蹴ると剣が宙に舞い上がった。
「っ……」
突然剣の重さが無くなったことで、重心が崩れ、イオリはその場に倒れ込むも、咄嗟に右手をついて足を蹴り上げた。だが、蹴り上げた足首を掴まれ、イオリの攻撃が不発に終わると、ゼーセは目を細めた。
「よくやったよ。これで終わりだけど」
「まだだ!」
ゼーセの勝利宣言をかき消すように、イオリはそう吠えると、ゼーセに掴まれている足首を軸にして、体を起こすよう回転し、拳を振るった。
「……甘いね」
小さな音が頭に響いて、そしてすぐに痛みが全身を襲った。振るった拳はゼーセに届くことなく、突き出た壁によって遮られ、イオリの手首から先が見たこともない方向へと曲がってしまっていた。
「……っあ」
思わず声が漏れ、痛みに苦しむイオリをゼーセは宙へと投げ出すと、クルッと回転して長い足を伸ばしてイオリの腹部に蹴りを入れる。
「……かっは」
一瞬で意識を失いそうになるような衝撃を受け、痛みがやってくる前に、壁にぶつかった衝撃が全身に響いた。
「ぐぼぁ」
痛みと共に、喉奥から込み上げた血を吐き出し、何とか意識だけを保つ。
「…………く、そ」
動かない身体に、朧げになっていく視界、耳鳴りが頭に響いて、もう痛みすら感じられない。
そんな満身創痍の状態のイオリにゼーセは近づくと、イオリの前髪を掴み上げて、その青の双眸を細めた。
「……あの魔剣。レイから受け取ったんだろう?ウチの娘は随分と君に期待しているらしい」
舞台には二本の剣が突き刺さっており、二本目にゼーセに振るった剣はゼーセの言う通り舞台に出る前にレイから受け取ったものだ。魔法が使えないイオリには荷が重すぎると気を遣ってくれたのだろう。その剣は隙をつくために備えて舞台の出入り口に隠しておいたのだが、ゼーセには全く通用しなかった。
「イオリくん。君は何か習っていたのかな? 動きが一般人のそれとは違っていたし、どんどん動きが良くなっていた。正直、怖さを感じたよ」
口を動かすことすらできないイオリはゼーセの問いには応じず、ただ意識を保つことだけに気を費やす。
「……だからこれは君に対しての敬意だ」
「?!」
突如、腹部に違和感を覚え、朧げな視界でそれを見る。
「不死の魔法陣は解除した。君が生きていると今後の脅威に成りかねない」
「――――」
「ああ、それと。君は間違っていない。僕を倒せれば君を勇者と認めていた。ただそれ以外はダメだ。だってそれこそが――」
◀︎◁◀︎
『僕が判断できる唯一の方法だからね。』
目を覚ましたイオリは自分の腹部に手を当てる。貫かれた感覚が未だに残り、そして最後にゼーセが告げた言葉が脳裏に刻まれる。
どうあっても、イオリはゼーセと戦わなければならない。それは予言で決められたゼーセの中での決定事項。おそらくだが、その予言とやらも女神の仕業なのだろう。最初から異世界で悠々と暮らさせる気なんてさらさらなかったのだ。
イオリとしてはさっさと魔王を倒して現世に戻ろうとしていたから別に良いのだが、詐欺にあったようなそんな気持ちにさせられる。
「……どうするか」
ぼそりと呟き、イオリは今一度置かれた状況を整理する。ゼーセと戦うのは必須事項だとしても、今のイオリではどれだけやってもアレには勝てない。それに加えて、不死の魔法陣のせいでゼーセが魔法陣を解除するような事態にならないと死にきれず、下手をすると取り返しのつかないことになる。
「……」
イオリはひとつの決意を固める――
「あら、起きたのね」
そして前のループと同じように彼女が部屋へとやってくる。イオリは小さく頷き、ベッドから足を下ろして、ゆっくりとレイの前へと歩を進めた。
「俺は勇者クリュウ・イオリだ」
それはイオリにとって呪いとも言える宣言であり、目的のためなら死を厭わない決意の表れでもあった。
◀︎◁◀︎
「……君がクリュウ・イオリくんか」
ゼーセはその青色の双眸を細め、イオリをじっと見つめた。
「なるほどなぁ」
何を納得したのか、ゼーセはそう呟くと、どこからか櫛を取り出して髪を整え始めた。
突然の行動にイオリは眉を顰め、首を傾げた。
「いや、失敬」
そんなイオリの視線に手を軽く上げてそう応じると、櫛を懐に入れて、整った髪をひと撫でする。
「強敵と戦うのに身を整えるのは僕のポリシーみたいなものなんだ」
「……強敵? 俺が? 冗談でしょう」
そう笑ってあしらおうとするも、ピリッと肌に感じた威圧にイオリは笑みを消失させられる。
正直、こちらを舐めてくれていたくらいがイオリにとってちょうど良かったが、ゼーセは微塵たりとも隙を与えてくれないらしい。
だが、そんな状況になってもイオリの表情は陰らない。それどころか少しだけ口角を上げ、
「傾向と対策はバッチリこなしてきたんで」
まるでテストに挑むかのような口ぶりで言い放った。