番外編.1 あったかもしれない道を
エイプリルフール企画。思い付きで書いてみました。
第一章第3話にあったデートの約束が果たされていたら…?のif話です。
『そしたら、14時に駅前で』
『わかった』
想い人との初デートに浮かれ、13時には駅前に着いてしまった五織は近くのカフェに入って、菜月が来るのを待っていた。
今日は菜月の服を選ぶという、もはやカップルのようなデート内容。そんなこと菜月は1ミリも思ってはいないだろうが、五織はソワソワしてしまってしょうがなかった。
昨日はあまりに寝付けなかったため、せっかくだからと3時くらいまで勉強していた。そのまま寝落ちしたため、体の節々が痛むが浮かれ気分でそんな痛みなどどうでもよかった。
腕時計を見て時間を確かめるが、まだ10分ほどしか経っていない。おそらく、菜月は時間ぴったりか5分前に来るだろうから、時間を持て余す。
そう思っていた矢先、ふと五織の視線の端に見たことある人影が映った。
(え?はや!?)
そこには他でもない菜月の姿があった。彼女は白シャツにチノパンという最もベーシックと呼べるような格好で、まさにオシャレに興味がない女子を体現していた。もはや仕事終わりかなんかとも思える格好だが、スタイルが良いだけに、意外と様にはなっているのが実に菜月らしいと思える。
五織はテーブルに置いてあるカフェラテを勢いよく飲み干すと、返却口へと返して、すぐさまカフェを出る。
(七瀬も意外と楽しみにしてたとか?)
そんな気持ちを逸らせながら、五織は改札口の前で待つ菜月に遠くから声をかける。
「おーい! 七――」
だが、声を上げたのとほぼ同時、菜月は改札口の方へと目を向け、降りてきた女性と落ち合っていた。
「うぇ?」
菜月に向かって振っていた手をそのままに立ち止まった五織。それに気づいたのか菜月と菜月と待ち合わせていた女性が五織の方へ顔を向けた。
「繰生くん?」
「あ……」
バレてしまったために、もはやどうすることもできず、五織はおずおずと2人の方へ近づいた。
「え、待って。菜月ちゃん。今日一緒に遊びに行くって言ってた友達って男の子なの?」
女性が驚いた表情をして菜月に問うと、菜月はこくりと頷いた。
「うん。繰生五織くん」
「先に言ってよぉ! 服を一緒に選ぶって言ってたから女の子だと思ったのに、そんな近くのコンビニに行くような格好でデートだなんて……」
「? ……いつも通りですけど」
「そうね……」
女性は「あちゃー」とばかりに額に手を置くと、五織の視線に気づいて、「ごめんね」と手を合わせた。
「私は菜月ちゃんの後見人の九条琴音申します。菜月ちゃんと仲良くしてくれてありがとうね」
「初めまして。繰生五織と申します。菜月さんとは日頃から……仲良くさせてもらってます?」
五織としても菜月との関係をどう説明したらいいかわからず、つい疑問系で返してしまう。付き合いこそ幼稚園の頃からではあるが、ちゃんと話をしたのはここ最近のことであるし、クラスも違うから大きな接点もない。五織の曖昧な返事に琴音はクスリと小さく笑う。
「そしたら、スーパーは一回帰ってから1人で行けるから、菜月ちゃんはもういってらっしゃい!」
「え、でも……」
「いいから!」
どうやら、やりとりを聞く限り、菜月がこんなに早くここにいたのは琴音を待っていて、一緒に帰りがけにスーパーに寄るためだったらしい。
「良かったら、僕手伝いますよ?」
五織としてもなんとなく申し訳ない気持ちになってそう申し出るが、琴音はぶんぶんと首を振った。
「ありがとう。でも、菜月ちゃんをよろしく! 私は大丈夫だから!」
そう言って有無も言わさず、駆けて行ってしまった。
呆気に取られたまま、動けないでいると菜月が五織の正面に立って顔を覗かせた。
「なんで、こんな早くにいるの?」
「……るせ。行くぞ行くぞ!」
自分だけ楽しみにしていたことがバレてしまいそうになり、バツが悪くなった五織はそうテキトーにあしらうと、改札口へと入って行った。
▶︎▷▶︎
「ところで、こういう格好が良いとかあんの?」
「あるなら、繰生くんに頼んでない」
「そうだよな」
ショッピングモールは心なしかいつもより混雑しており、子ども連れや五織や菜月のような学生も多い。全部回っているようだと人混みで疲れてしまいそうなため、ある程度回るところは決めておきたかったが、張本人はどうやら五織に全任せのつもりらしい。
「ちなみに予算は?」
「琴音さんが一万円持たせてくれたけど、そんなに使うのは、ちょっと……」
「りょうかい」
そうは言っても、五織も別に女性服のブランドを知っているわけではない。故に男女服両方を取り扱っていて手頃な価格帯の店に入るか、それか――
「古着は……ないか」
菜月はスタイルが良いため、ダボっとしたような服は勿体無い気がするし、何より「らしくない」というのが五織の意見だ。もちろん、そういうストリートファッションのような服ばかりではないから完全に選択肢から外すわけではないが。
「とりあえず、ここら辺だな」
目的地を決めた五織は菜月を連れて、ファッション階へと向かった。
「うーん……」
菜月は五織が見繕った服を何着か着てみるも、当の五織の反応はイマイチだ。
(コイツ、意外となんでも似合うな)
だが、その表情とは裏腹に、五織としてはどれも良すぎて悩ましいという状態であった。
「次これ!」
そうして何度も何度も着替えさせるうちに遂に菜月の方が疲れを見せ始めた。
「次これはどうだ?」
「……まだ?」
「もうこれでいいでしょ」とばかりの表情を見せた菜月に流石に五織も気づいて、結局1番最初に着た服を買うことにした。
買い物も済み、ショッピングモールから少し離れた公園のベンチに腰を下ろすと、菜月は疲れたとばかりハァとため息をついた。
「……悪かったよ」
五織が申し訳なさそうにそう言うと菜月は首を横に振った。
「私が頼んだんだから、繰生くんは悪くないよ。服着るのって疲れるんだね」
「七瀬が何でも似合うのがいけない」
「え? なに?」
ボソリと呟いた五織に菜月は聞き返すが、五織は首を横に振って「そうだ!」と指を立てた。
「良かったらおやつでもどう? チーズケーキの店なんだけど結構美味しいんだ」
「チーズケーキ?」
「あんま好みじゃない?」
「ううん、なんとなく高そうな気がして」
「じゃあ奢るからさ!」
「いや、奢られる理由はないし、どちらかといえば私がお礼に奢ら――」
グ〜〜〜
すると、菜月のお腹が鳴って、菜月は珍しく無愛想な表情を崩して俯くと、五織はクスッと笑った。
「まぁ疲れさせちゃったし、そこはお互い様ってことで。行こうよ」
「……うん」
▶︎▷▶︎
公園から徒歩5分。駅から少し離れた方面にこぢんまりとあるそのチーズケーキのお店は、五織たち以外に老夫婦のお客しかおらず、お店に流れるジャズミュージックが静かに店内を包み込んでいた。
「……良い雰囲気のお店だね」
「だろ? 結構気に入ってるんだ」
まるで何度も通っているような五織の口ぶりだが、実際のところ2日前に一度来たばかりで、今日は二度目になる。菜月とのデートが決まった日からネットやら、友人やら、あらゆるネットワークを駆使してようやく見つけたお店だ。
最初から休憩を取るならここと決めており、ここまでおおよそ計画通りだ。
注文したものが運ばれてきて、五織はアイスティー、菜月はホットティーが置かれ、そしてメインであるチーズケーキが置かれる。
2人とも早速とばかりにフォークを入れて、口に入れる。
「!!」
見た目はごく普通のチーズケーキだが、濃厚でなめらかな舌触りと下に敷いてある甘さ控えめのアーモンドクッキーの食感が見事に調和し、酸味と甘味が口の中に広がる。
「……美味しい」
菜月は目を輝かせ、見たことのない柔和な表情を浮かべる。
(……七瀬には食べ物で釣るのが良さそうだな)
七瀬の表情を見て、五織はそんな企みを考えるが、ジッと見つめていたのがバレたのか菜月と目が合った。
「なに」
「いつもそうやって柔らかい表情してればいいのに」
「いつも通りだけど?」
「どこが」
そうやり取りをしているうちに、菜月の表情はいつもの無表情へと戻ってしまう。
「そういえば繰生くんは部活とか入るの?」
「いや、特に決めてないけど」
唐突な質問に五織は首を傾げてそう答える。
「そうですか」
「七瀬はなんか入る予定なの?」
「……写真部に入ろうかなって」
「写真? なんでまた」
五織としては菜月が部活に入ることすら意外なのだが、抜群の運動神経や、美術や音楽などその他芸術的能力も一切意味をなさない写真部とは、何でと疑問を浮かべるのは当然の反応であった。
「お父さんが昔、写真を撮ってて。私もやってみようかなって。似合わないよね」
そう言った菜月は少し自信なさそうに俯いた。
「……そっか。やってみたら良いじゃん」
「え?」
「やってみたいならやればいいと思うよ。七瀬は色んなことができるからちょっと意外とは思ったけど」
「……うん」
「もし、入るのが不安なら俺も一緒に行ってもいいけど」
「ホント?」
「おお、もちろん」
自分から提案したものの、菜月なら「別に必要ない」とか「なんで?」と聞き返されると思っていた五織はまさかの好反応に驚く。
「実際、ちょっと不安だったんだ。私、友達作るの苦手だし」
「あ、そこ自覚あったんだ?」
「……」
五織がからかい混じりにそう言うと菜月は黙って目線を落とした。
「わりわり、冗談だって」
「繰生くんってデリカシーないよね」
(まさか七瀬にデリカシーを問われることになるとは)
口には出さないものの表情に出ていたのか、菜月はジッと目を細め、五織を睨みつけた。
「そしたら行こうか」
チーズケーキも食べ終わり、そろそろ頃合いかと菜月が立ち上がる。
「え? どこに?」
時間は16時を過ぎ、下手したら帰ると言い出しかねないと五織は焦りを見せる。
「バッティングセンター」
「へ?」
▶︎▷▶︎
カキーン
気持ちの良い音を上げ、ボールが打ち上がり、見事に的に当たるとパパーンと音が鳴る。
「良い調子」
「……なんでバッセン?」
五織はネットの外のベンチで肘をつき、バッティングする菜月の後ろ姿をジッとみながら疑問を口に出す。
果たして高校生のデートの行き先がバッティングセンターというのはどうなのだろうかと五織は思う。
どちらかが野球部で打ち方を教えるとかならわかる。それこそ、横のカップルはまさにそのようで、坊主頭の男子が彼女に打ち方をレクチャーしているようだった。
だが、さっきから良い音を鳴らしてホームランの的に当て続けている菜月はさながらその道の人であり、趣すらももはや無い。
(てか、隣の男の子タジタジだよ)
作業のようにホームランを出し続ける菜月を見て、隣のバッターボックスの女子が「すごい」と目を輝かせ、坊主頭の男子は肩を落としている。異様な光景に五織はハァとため息をついた。
「……つまらない?」
打席を終え、バッターボックスから出てきた菜月は首を傾げてそう聞くと五織は「いや」と否定して立ち上がる。
「全部ホームランじゃねぇか。俺が勝つ隙すら与えてくれねぇな」
「勝負してたっけ?」
「いや、男のプライドみたいなもん」
そう言って菜月と交代して、バッターボックスへと立ち、構える。
ここは凄いところの一つでも見せたいところだったが、そもそも五織はバッティングセンターが初めてであり、ボールに当てられるかすら不安であった。
(ま、関係ないか)
菜月にかっこいいところを見せるなんてほぼ不可能だ。だって彼女はほとんどのことができてしまうし、未だにどの分野においても勝てたことがないのだ。
だが――
五織は外で見ている菜月の方を向いてバッドの先端を向けた。
「……絶対勝つ」
「うん? 頑張って?」
絶妙に伝わっていないようで、五織は苦笑いすると、ボタンを押してバッドを構えた。
(いつか、絶対にお前に勝つ!)
▶︎▷▶︎
「手が痛え」
「やりすぎだよ」
結局、五織は50本以上打ち込んで、ホームランに当たったのは最後の一回だけであった。それまでに菜月は全打席でホームランを打ち続けた。
「繰生くん、バッティングセンター初めてだったんだね」
「やっぱバレてた?」
「そりゃ、あんな空振り見せられたらね」
あんなにかっこつけておいて、最初の打席は全くもってボールに当たらなかった。異世界の力があるが故に力の加減が難しいというのもあったが、単純に五織はバッティングそのものが下手くそであった。
「でも最後の方は当たるようになってたし、今度やるときはもっと上手くなってそう」
「今度?」
「……今度。ないの?」
「いやある。また行こう。買い物もバッティングセンターも」
「うん!」
返事をする菜月は笑顔を浮かべ、五織もまた笑顔を浮かべる。
すっかり暗くなってしまった道を2人は歩いていく。
忘れなければあったかもしれない未来を、道をゆっくりと。
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