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異世界帰りの勇者、恋愛に現を抜かす  作者: ミゾレ
第二章 林間学校編
13/36

第13話 異世界に来て急に戦えって言われて戦える主人公ってすごいと思う

「……どうしてこーなった」


 広場に連れてこられたイオリは剣だけを持たされ、ただただ困惑していた。その困惑するイオリの前に立つのは誰でもないゼーセだった。


「君の力を見せてくれ。クリュウ・イオリくん」


「はぁ」


 何が目的かわからないが、突然広場に出ろと促され、そして剣を持たされるや否や立ち合いを求められた。


「勝てとは言わないよ。君が僕に勝てるとは到底思えないしね」


 ゼーセは余裕の笑みを浮かべてそう言う。ゼーセがどのくらい強い相手なのかは知らないが、きっとゴブリンよりは強いんだろう。だとすればイオリが勝てる相手ではないのは確かで、そう言われるのもしょうがない。


 だが――男としてのプライドが"しょうがない"で片付けさせるわけにはいかなかった。だってこちとら12年以上1人の相手に勝つのを諦めていない、正真正銘の負けず嫌いなのだから。


「だから一矢くらい報い――」



 ◀︎◁◀︎



「あぃ?」


 気の抜けた声が漏れ、目を覚ましたイオリは知ってるベッドの上にいた。広い部屋に、簡素なレイアウト。明らかに客室の一つであるそこはイオリがさっき起きた場所に違いなかった。だが、一つ違うこととすれば、先ほどまで西側にあったはずの太陽が、今は東側から上がってきているくらいだということ。つまりは――


「………………殺された?」


 それか一瞬にして気絶させられて、また同じように寝かされたかもしれないが、同じバスローブと、壁にかかる服を見る限り、前者である可能性が高い。


(あのおっさん、全く躊躇なく殺しやがった)


 話している時までは良い人に助けられてラッキーだと思ったが、とんだ狂人の家に来てしまったらしい。少なくとも自己紹介の方法は別のものにしないと、また殺されかねない。


(あのおっさんが来る前に何か考えとかないと――)


「あら、起きたのね」


「どぉい!」


 イオリが殺されないための話し方を考えようとしたそのとき、不意に声をかけられて変な声を上げてしまう。


「……大丈夫?」


 焦るイオリを見て、呆れ顔で少女はそう問うと、とりあえずゼーセではないことを確認したイオリは「あ、大丈夫です」と小さく答えた。


 部屋の窓から入ってくる陽の光が、まるで彼女を照らすように差し込むと、三つに編み込まれた紅の髪が綺麗な輝きを放ち、それとは対照的な青い瞳は透き通っていて、つい見入ってしまう。

 イオリの視線に気づいたのか、少女は若干着崩れた服を掴んで肌を隠すと、イオリを睨みつけた。


「……下世話ね。女性の身体をまじまじと見るのは失礼じゃないかしら?」


「肌を見ていたわけじゃ……。いや失礼しました」


 実際見入ってしまったのは事実であるし、ここで言い訳しても仕方ないだろうとイオリは深々と頭を下げた。すると、少女はハァとため息をついた。


「まぁ私もこんな格好で声をかけるべきではなかったわね」


 そう言って、少女はイオリの顔を上げさせると、自分の胸に手を置いた。


「私はレイ。レイ・ドライトロア。そうね、気軽にレイと呼んでいいわよ」


 やはりそうかとイオリは小さく頷いた。彼女がゼーセの娘であり、イオリをゴブリンの群れから助けてくれた恩人なのだと。


「クリュウ・イオリです。俺を助けてくれてありがとうございました」


「あら、記憶あるのね。少しの衝撃で意識が飛ぶくらい衰弱してたのに。あと別に敬語じゃなくて良いわ。なんかキモいから」


 散々な言われようにイオリは頬を硬くし、ピクピクさせるが、ここで口答えしてもしょうがないとハァとため息をついて諦める。


「……旅の疲れ、かな。あんなところでゴブリンに襲われることになっちゃうとは思わなくて」


 ハハハ……とイオリは下手くそに笑う。旅の疲れなんて当然でっちあげだが、迷い人と名乗るより流浪人としての方がずっといいとイオリは咄嗟にそう言った。だが、レイは目を細め、イオリをじっと見つめると、自分の細い顎に指をなぞらせた。


「迷い人。そう言うと面倒ごとになるってなんで知ってるのかしら」


 ゾッとイオリの背中には悪寒が走った。取ってつけた嘘をすぐさま見破られ、イオリは頬を強張らせた。


「……なんのこと?」


「テキトーに言っただけだけど、そうなのね」


「……っ」


 まんまと鎌をかけられ、イオリの反応で全てバレてしまった。人を欺くのに慣れていないイオリに騙されるほど彼女は甘くないらしい。

 黙ったまま俯いたイオリをレイは「ふーん」と確かめるように見つめると、その歩を進め、イオリへと近づいた。


「でも、魔力も無しに罠を仕掛けたゴブリンを倒したアンタを私は買ってるわ」


「え?」


「ゴブリンは雑魚だけど姑息な魔獣。罠を仕掛けたゴブリンを倒すのは熟練の冒険者でも難しいわ。でもアンタはそれらの罠を全部踏んだというのに無傷で倒した。そうそうやってのけられることじゃないわ」


 そりゃあ何度も繰り返せば、全部の罠を避けることは可能だろう。テストの答えをカンニングして、テストに挑むのと同意なのだから。だがそれよりも。


「……。ん? もしかして最初から全部見てた?」


 イオリがそう問うと、レイはわざとらしくニコッと笑った。


「まぁ助けたからいいじゃない」


(よくねーよ! こちとら何十回も死んでんだぞ!)


 とは言えず、イオリは口をパクパクさせては、額に手を置いてハァとため息をついた。その様子を見てレイは壁にかけてある服の方へと目を向ける。


「とりあえず、着替えたら? 出かける用があるから付いてきなさい」


「は、はぁ」



 ◀︎◁◀︎



 言われるがまま、着替えを済ませ部屋を出ると、レイもまた別の服に着替えてイオリを待っていた。先程まで三つ編みだった髪は今は高々とサイドに結ばれており、ツインテールになっていた。


「遅いわよ」


「……ごめん」


 着替えに手間取ったのではなく、何か情報がないかと部屋の中を物色していたのだが、特に何の成果も得られなかった。だがとりあえずはゼーセに会うことなく過ごせそうなので、ここは言う通りにしていた方がいいとイオリはレイと一緒に外へ出た。


「おお」


 異世界の移動手段といえば馬か恐竜、ドラゴンなど色々目白押しだが、その中でも1番イオリが乗りたかったのは――


「鳥!」


 白の羽と青の羽が斑らに並んだその鳥獣はどっかのファイナルなゲームに出てきそうなフォルムをしており、これで全身黄色かったら結構まずかったが、キジのような長く綺麗な尻尾のおかげでギリギリ大丈夫そうだ。


「モフモフだ」


 獣臭さも全くなく、なんならフローラルな香りがしてもうこのままベッドにして寝てしまいたいくらいで、イオリは鳥獣に抱きついてその触り心地を堪能する。


「クエラは初めて?」


「……クエラっていうのか」


「アンタそれでよく流浪人で通そうとしたわね。移動手段の基本よ。覚えておきなさい」


「ど……どうも」


 どういうつもりなのかわからないが、彼女は迷い人である自分を匿ってくれるようだ。服を着替え終わったらすぐにメイドさんがやってくるような屋敷だったのに、彼女と会ってからはまだ誰にも見つかっていない。ひとまず安心ではあるものの、それが何となく不安で浮かれきれないのが現状だ。

 だが、このままクエラに乗って行った先でお別れすれば、一旦ゼーセに殺されるようなことにはならないだろう。制服は取られてしまったが、代わりの服はあるし、幸いレイも協力してくれそうだ。


 そうだと思ったのだが――


「あれ、彼も一緒なのかい? レイ」


「起きたら連れてこいって言ったのはパパじゃない」


 結局、行き着いた街でゼーセと出会うこととなり、避けることは不可能だった。



 ◀︎◁◀︎



「やぁや、イオリくんっていうんだね。私はゼーセ・ドライトロア」


「あ……どうも。この度は。あ、服を借りたり、色々ありがとうございます」


 しどろもどろにそう答え、焦るイオリをゼーセはキョトンとした顔で見つめると、イオリの肩に手をおいて、そっと耳元に近づいた。


「何をそんなに怖がっているんだい? まるで……殺人鬼でも見ているようなそんな表情だ」


 イオリは咄嗟に身動いで、ゼーセから距離を取ると、ゼーセは少しだけ口角を上げた。この人と話していると全てを見透かされると、イオリは警戒を強めた。が、それも外に出すとそれすらも見透かされてしまうと咄嗟にイオリは顔を俯かせた。


(この人は……やばい)


「パパ?何をしてるの?」


「……いや、少し彼に興味があってね。ちょっかい出したら警戒されちゃったみたいだ」


 そう言ってゼーセはワッハッハと笑った。


「それじゃあ、またね。魔法祭楽しんでくれよ」


 ひとしきり笑うとゼーセは背を翻して人並みの中に消えていった。

 突然訪れた緊張から解放され、イオリはその場に膝を折りそうになった。


(おっさん怖すぎるだろ……)


 まだ心臓がバクバク音を鳴らしているが、とりあえず生きている。流石にこんなところで急に殺したりしないだろう……いやするかもしれないが、その不確かさが何より怖かった。


「ねぇってば」


 俯くイオリの視界に紅髪が揺れ、透き通った青色の瞳がこちらを覗いているのに気づいて、イオリはまた身動いだ。


「あ……」


「やっと気づいた。行くわよ」


「……行くってどこに?」


「さっきパパも言ってたでしょ。魔法祭よ」


「その魔法祭がわからないんだけど」


 到着した街"ドライト"は言うまでもなくドライトロア家の領地であり、どうやらその魔法祭があるために街は賑わいを見せていた。魔法祭というからには祭ごとなのは間違いなく、路上には出店があってイオリのイメージする夏祭りとかと変わらないような気がするが、どうやら魔法祭が指すメインイベントはまた別物らしい。

 レイに連れられ、イオリはその魔法祭が行われている会場へと向かう。出店には食べ物だけでなく、誰でも簡単に魔法が使える装飾品が売っていたり、万病に効くという薬草やポーションが売っていたりと、イオリのイメージする異世界の街そのものでワクワクした。特に目を引いたのはクエーヨの丸焼きという首の長い鳥の丸焼きだ。見た目こそ若干グロいが、こんがりと焼けた身から香ばしい匂いがイオリの食欲をそそった。


(そういや、何も食ってない)


 こちらの世界に来てから何も口にしていないことに気づく。色々と目まぐるしい事が起きすぎて、胃がびっくりして空いていることに気づいていないのかもしれない。


「わぁ!」


 食べ物に目が眩んでいたイオリの目の前に突如、お婆さんが現れて、イオリは「うぉ」と小さく声を上げた。


「あらぁ、おにいさん冒険者じゃないのねぇ」


「え? はい?」


 質問の意図がわからないと戸惑うイオリにお婆さんはクスクス笑うと、着ていたローブを取っては、またフードを被る。するとあっという間にお婆さんが消えて、またパッと姿を現した。


「隠れローブって言うんだよ。ほら、こんなふうに身を隠すことができるんだ」


 ドラ◯もんの透明マントみたいだなとイオリは思うのと同時に、すげぇと目を輝かせた。


「え、凄いじゃないですか! ってうぉ」


「何やってんのよ。早く行くわよ」


 前のめりになったイオリの首元をレイが掴み取ると、そのまま連れて行かれる。身を隠すことができる魔法具なんて凄いと思ったが、レイの反応を見るにそんな珍しいものではないのだろう。そう結論づけ、イオリは首根っこを引っ張られたまま魔法祭の会場へと辿り着く。


「でか……」


 到着したのはドーム型の競技場。円形の舞台を中心に客席が広がり、街にいた人よりもずっと多い人が集まってすごい盛り上がりを見せている。

 舞台では2人の人間が魔法で戦っており、片方は鎧を着た兵士、もう一方はローブを羽織った魔法師のようだ。


「……魔法祭ってもしかして1対1で魔法を競い合う的な?」


「察しがいいじゃない。その通りよ。街の兵士、魔法師、冒険者、腕に自信がある者達が自分の技量を魅せるための戦い。それが魔法祭よ」


 兵士は自分の体よりも大きな斧に火を纏って、それを軽々と魔法師へと振るう。


「あぶな……!」


 ついついイオリは声に出してしまうも、攻撃を向けられている魔法師は地面から土の壁を作り出してそれを受け止めると、次には兵士の頭上から雷を落とした。

 それが決定打となり、兵士はその場に大きな音を立てて倒れ込むと、ワッと大きな歓声がなった。

 だが、イオリとしては雷をもろにくらった兵士の安否が心配でそれどころではなかった。


「大丈夫よ。この闘技場では死者は出ない。見なさい」


 イオリの様子を見て察したのか、レイはそう言って客席の前を指差した。イオリは言われるがままに指の先に視線を向けるとキラキラと瞬いている何かを見つける。


「あれは?」


「魔法陣よ。あの魔法陣があの闘技場で戦う人達を死から守っている。同時に飛び火してくる魔法から観客を守ってもいるの」


「おお、すげぇ便利」


 それでも瀕死にはなるのだから、戦い自体に引け目を感じなくはないが、ボクシングだってその他の格闘技だって死人が全く出ないわけじゃない。現世で見るものよりも迫力こそ凄いが、そういった競技を観ていると思えばまだ安心して観ていられる。


「だから安心しておきなさい」


「……うん?」


「安心して観ていろ」とは若干ニュアンスの違うその言いようにイオリは疑問を浮かべた。だが図らずもその答えはすぐにわかった。


 先程まで戦っていた2人が舞台から出ていくと、突然舞台の真ん中に炎が燃え上がり、バネのような円線を描いて炎が上空へと舞い上がると、花火のように弾け飛んで、ドームを輝かせた。そうして、炎が消えてなくなると見たことある人影が浮かびあがる。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます。領主ゼーセ・ドライトロアが謹んでお礼申し上げます」


 ゼーセが現れると観客はより一層盛り上がりを見せ、パチパチと拍手が鳴り響く。


「さて、本日の魔法祭においては特別な催しを用意させていただきました」


 胸に手を置いて、小さくお辞儀した格好でそう言うと、少しだけを顔を上げ、その視線がこちらに向いているとイオリは気づいた。


「この私ゼーセ・ドライトロアと持たざる者(シンギュラー)クリュウ・イオリとのエキシビションマッチでございます」


 それはイオリが考えうる中で最も非情で、最悪な展開だった。

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