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異世界帰りの勇者、恋愛に現を抜かす  作者: ミゾレ
第二章 林間学校編
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第12話 説明はしっかりしてくれ

 ゴブリン1体を倒すだけであればこれだけの試行回数を踏む必要はなかった。言い訳でも何でもなく、このゴブリンの動きは既に2回目の時点でトドメが刺せる状態にあったのだから今度は息の根を止めるまで殺せば良かっただけなのだ。

 やり直しの能力を得たことを認識した3回目。ゴブリンの頸椎を思い切り蹴り付け、ブレザー越しに頭を踏み付けた。人間ではないとは言え、人型のそれを踏み付けるのはかなり躊躇った。だが、生きるために、元の世界に戻るためだとイオリはしっかりと踏み付けた。すると、ゴブリンの身体が歪み、砂のように粉々になって消え去った。


「こうやって消えていくのか」


 ブレザーについた返り血も同じように砂のように消え、もう着れないと思ったそれも砂が少しついただけで済んだ。だがそんな細やかな安堵と共にイオリの意識はそこで遮断した。


 そして、それが謎の狙撃によるものだと気づいたのはそこから3回目のことだった。見えないところからの狙撃を警戒しながらゴブリンにトドメを刺す。その試行にまた5回。そうして、その狙撃がゴブリンが死ぬことによって発動するトラップだったことに気づくのにまた5回。

 イオリが森の中で目覚めた時には既にこのゴブリンはあらゆる罠を仕掛けていたのだ。その状況は蜘蛛の巣にかかった蝶そのもの。


「詰んでんじゃねーか」


 声に出した通りまさに王手をかけられた状況に固唾を飲み込んだ。そんな記憶も遥か遠くになるくらい繰り返し続け――


 ――そうして74回の試行をかけて、全ての罠を踏み抜いて、やっとの思いでイオリはゴブリンを攻略する。

 最後の狙撃もゴブリン自身を狙ったものだと気づくと、最後はゴブリンが仕掛けた罠にゴブリン自身を引っ掛け攻略した。


「………やっと」


 何度も何度も繰り返した死線をようやく越えて(実際は死んでいるから死線と示すのも違う気がするが)訪れた一間の安堵にイオリは膝から崩れ落ちた。

 目に見える傷はないものの、死の痛み。その味を覚えてしまった心のすり減りはどうにもならない。安堵と共に異常なほどの疲れがどっと流れ込んできて、足はもう震えて動かない。

 RPGで言うならばチュートリアルが終わったところというべきなのだろうが、それにしてはハードモードにも程がある。

 でもこのまま動けないと、また別のゴブリンや怪物が襲ってきてもおかしくない。イオリは震える足を何とか抑えて木にもたれながら立ち上がる。


「……嘘だろ」


 ゴブリンがこの世界でどれくらいの敵なのかはわからない。わからないが、たった1体を倒すのに74回繰り返したのだ。だが、もう満身創痍とも言えるイオリの前には――否。周りには数十体にも及ぶゴブリンがイオリを取り囲んでいた。

 仲間をやられた敵討ちと言ったところか、ゴブリン達はより一層狂気を向けた顔でイオリを睨みつけていた。


「……まだ終われねぇ」


 こんなところで終わるわけにはいかない。終われるわけない。繰り返せばいい。いつかきっと勝利するまで


 何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも――


「ぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」


 声にならない声を荒げ、イオリは駆ける。震えを忘れて全身を奮い立たせ、異世界の理不尽を叩き潰すために――


「危ないわよ」


 ふと鼓膜を震わせた声と共にイオリの視界が一瞬にして雷光に包まれると、衝撃でイオリは吹き飛ばされ、地面に身体を打ちつけた。元々疲弊していたことに加え、強い衝撃を受けイオリの意識が遠ざかっていく。

 だが、意識が途絶する寸前の目の端に人影が映ったことだけは確かだった。



 ◀︎◁◀︎



「また会いましたね。イオリさん」


 そこは見覚えのある闇。時としては1日と経っていないはずだが、74回も繰り返したイオリにとってはもう数週間前のような感覚だ。だがそれよりもイオリには言いたいことがたくさんある。


(この――)


「クソ女神が」と続くはずだった言葉は音にならないまま留められた。それもそのはず、イオリの口の周りは暗い影で覆われており、手も足も暗い影に掴まれていた。


「きっと悪口言われるだろうと思いましたので、文字通り口封じしておきました」


 女神は屈託のない笑顔でそう言うが、そうなるのも全部、説明不足の女神が悪いと言うのに、責任放棄にも程がある。

 言い返したい、言い返したいが、この女神の言うことを聞いておくことしかできないイオリは隠れて見えない歯を噛み締めた。


「そんな怒らないでください。イオリさんが受け取った力は実際に体験してみないと実感が湧かないと思ってのことです」


(だとしても先に説明されてればだいぶ気持ちの持ちようは違ったんだけど)


「さて、イオリさん。貴方と会うのはこれで2度目ですが、次に会うのは貴方が現世に蘇る時。つまりは実質的にこれが最後になりますので先ほど説明できなかった部分を説明させていただきます」


 随分と勝手な言い分だと思ったが、イオリは黙って言葉を待った。(そもそも黙るしかないのだが)


「まず第一に言語や文化の違いですが、基本的にイオリさんの過ごしていた現世と何ら変わりありません。特に言語においては私の力で聞き取りも話すのも書くのも問題ないようにしていますので安心ください」


「魔法が当たり前の世界です。残念ながらイオリさんは魔法が使えませんが、その代わりの特殊能力が使えるようになっています。もう体験した通りでありますが、このやり直しの能力はきっかり5時間巻き戻る能力です。5時間前がセーブ地点となり、それ以上前には決して戻ることはできないので注意を」


「そして、このやり直しの能力は異世界でも特異の能力になり、この能力を知られるだけでも世界に悪影響を与えかねないため、縛りを付けさせてもらってます。簡単に言えばこの能力に関して話すことも仄めかすことも禁じさせます」


「またそれ以外に、イオリさんの世界とこの異世界では身体能力に差異があるため、イオリさんの運動能力を向上させています。加えて、保険としてイオリさんに関する記憶を抹消させる能力も付与していますので、最悪の場合それを強行させていただきます」


 勝手に与えといて、縛りを付けるとは随分と女神に都合の良い話だが、運動能力の向上だけはありがたいと思える。ゴブリンと戦ったときも随分と体が軽いと思ったが、そういうことだったのかと納得する。ただ逆にその体の軽さに慣れずに何度か試行回数を重ねてしまったが。


「さて、イオリさん。これで私から説明できることは全て説明させていただきました。後は全て貴方次第です。世界を――」


 イオリの覚醒が近いのか、暗闇が歪み始め、女神の姿も声も徐々に霞んでいく。


「――よろしくお願いします」


 そして、暗闇の世界は電源を消したテレビのようにぷつりと消え去った。



 ◀︎◁◀︎



 目が覚めたイオリは見慣れない天井をじっと見て、そしてゆっくりと体を起こした。

 遠い天井。1人が寝るにしては大きすぎるベッド。シャンデリア。見るからに高そうなカーペット。

 いったい自分はどこへ連れてこられてしまったのだろうと、ベッドから降りて窓の近くまで歩く。いつの間にか着ていた制服は脱がされ、見たことないバスローブに身を包んでいることに気づきながらも、目の前に広がる景色に驚愕し、イオリは窓の前で立ち尽くした。


「……すごい」


 大きな庭園と、大きな噴水のその先には大自然が広がり、遠くの方には小さな村が点々としている。空には見たこともない鳥?のようなモノが羽ばたいていて、その翼を広げるたびにキラキラと何かが煌めいて、現世では絶対に見られないような風景に思わず言葉が溢れた。


「起きたようだね」


 突然かけられた声に驚いてイオリは振り返ると、大きな扉の前に見るからに偉そうな中年の男が佇んでいた。


「ああ、君の服だが、珍しいモノだったのでね。こちらで少し見させてもらっているよ。代わりの着替えがそこに置いてあるから、良かったら使ってくれ」


 そう言って男が指差す方を見ると、制服に似たような服が壁にかけられており、戸惑ったままのイオリは軽く会釈だけした。


「着替えたら、手伝いの者が来るから案内してもらうといい。また後で会おう」


 男は戸惑ったままのイオリに訝る様子を見せることもなく、そう言ってすぐに部屋から出て行った。


(とりあえず、着替えるか)


 黒いシャツに黒いスラックス。イオリの制服を珍しいと言っていたが、見た目も生地感も変わらない。ただ、袖を通してみるとかなり着心地がよく、不自由さを感じさせないどころか、何となく身体が軽くなった気さえした。


「着替え終わりましたか」


 肩を回して着心地を確かめ、そろそろ部屋を出ようかなと思っていたイオリが部屋の外に出る前に、部屋の扉が開いて女性が話しかけてきた。あまりにタイミングが良すぎるために監視カメラでもあるのかと疑ったが、「まぁいいや」とイオリは気にしないでおくことにした。


 メイドと名乗ったその女性の後をついていく。名前を聞きたかったのだが、いくら話しかけても必要以上なことは喋らないようにしているようで全く相手にされなかった。

 廊下には見るからに高そうな絵画や骨董品が置かれており、それらの美術品や花瓶をチラチラと見ているうちにイオリは大きな広間に案内された。


「来たね」


 イオリの寝ていた部屋の2倍はあるであろうその広間には長いテーブルがその場所を分割し、イオリが入った入り口から1番遠いところに先ほどの男が座っていた。

 イオリはその向かいに座るよう促されて席に着くと、メイドさんはぺこりとお辞儀をして部屋を出て行った。


「さて、まずは自己紹介からかな。私はゼーセ・ドライトロア。見ての通りしがない中年の男だ」


 両肘をテーブルにつき、組んだ両手に顎をのせ、そう男は名乗った。


(いや、しがない男にはどう見ても収まらないが)


 そんなことを思いつつ、イオリはごほんと咳払いをして、改めましてと前おく。


「クリュウ・イオリです。助けていただいたのに先ほどは失礼な態度で申し訳ありませんでした」


 イオリが頭を下げると、「ふむ」とゼーセは目を丸くして顔を上げさせた。


「いいんだ。それに君を助けたのは私の娘だからね。私は部屋を用意したに過ぎないよ」


 確かに途絶えかける意識の中で聞こえた声は明らかに女性のもので、娘と言われて納得した。


「それで、どうして迷いの森などにいたのかな?」


 それまで穏やかな雰囲気だったのが一瞬にしてピリつく。いや、ゼーセの表情や声音はそのままだが、明らかに空気が変わり、それを感じ取ったイオリの手は震えてしまって止めることができない。


「あ、えっと……(異世界から――)」


 震えながら出したはずの言葉。それが音になってないことに気づいてイオリは手で口を覆った。


(異世界から来たことも言えないのかよ――)


 イオリは少し考えて、そしてゆっくりと話し始めた。


「正直、何故あそこにいたのか。わかりません。気づいたらあの森にいて、ゴブリンに襲われて」


「……ほう」


 イオリの言葉にゼーセは目を細め、その眼光が少しだけ瞬いた。


「……迷い人。と言ったところか」


「迷い人?」


 イオリが復唱して尋ねると、ゼーセは椅子から立ち上がり、窓の前まで行くと足を止めた。


「たまにいるんだよ。君のように我々の知る技術ではない服を着た、魔力を全く持たない人間が。しかもどの迷い人も君と同じように出自がわからないと言うらしい」


 それは間違いなく、イオリのように転生してきた者達のことだろう。その"たまに"がどれほどの頻度かはわからないが、同じような人がいるならば話は早い。


「……そうなんですね。迷い人。確かにそうなのかもしれないです」


 正直、記憶喪失になっている設定にしてもよかったが、そうすると色々面倒ごとが多そうなのでこの際"迷い人"に乗じた方が楽だと思った。


「だがね」


 外を見ていたゼーセは後ろを振り返ってイオリをその瞳に映すと、眼光をより一層強めた。


「迷い人はこの世界を揺るがす存在であるのも確かなのだよ。幸か不幸か、君は我々に何をもたらすか?」

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