第6話 オルテンシア
トリニダを家に置いて、街道沿いの趣のある館に入る。
「いらっしゃいませ。今日はどのような御用でしょうか。」
「護衛をさせたいので、強く、素直な奴隷を見せてください。」
素材買取所のおじさんから聞いた奴隷商の館だ。
「しばらくお待ちください。」
奴隷商のでっぷりとした体形の、ひげを生やした商人は部屋の外に出ていった。
しばらくするとドアが開き、商人を先頭に5人の奴隷が中に入ってきた。
「こちらが現在、紹介できる戦闘奴隷です。自己紹介を。」
「イレーネと言います。私はオーガ1匹なら1人で倒すことができます。母と一緒に泊まり込みを希望です。」
一通り紹介されたが、最初のイレーネ以外の4人は明らかに実力がなさそうだ。オーガは僕も遭遇したことがないのでよくわからないが見た目強そうなのでこの人に決めた。
「いかがでしたでしょうか。」
「はい。イレーネさんをお願いしたいですが、おいくらでしょうか。」
「ありがとうございます。イレーネでしたら5千シーロ(50万円相当)です。今日来たばかりでお客さんが初見でした。お買い得でいい奴隷です。」
その場で硬貨で支払うと商人がイレーネを連れてきた。
「ご主人様、お買いいただきありがとうございます。母の件、よろしくお願いいたします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
商人に奴隷契約の魔法をお互いにかけてもらい、イレーネは僕の奴隷となった。
イレーネと奴隷商の館を出て外に出る。
「イレーネ、君のお母さんを迎えに行こう。」
「はい。ありがとうございます。」
イレーネについていくと、街道から入り組んだ路地を抜け、ボロボロの小屋に辿り着いた。
「私は母の薬代が払えず奴隷落ちしてしまいましたので…このようなところにお越しいただいてしまってすみません。」
「なんだなんだ、イレーネじゃねぇか。しばらく帰ってこなくなったと思ったら男なんぞ連れてきて何のつもりだ。俺はまだ金返してもらってねぇぞ。だがその体で返すっていうのなら値引きしてやってもいいぞ。おい、お前ら。」
「お前たちに借りた金は全て返したはずだ。」
イレーネが前に出ようとしたので手で制する。フッとからんできた5人組は俺たちの前から消えた。
「えっ…ご主人様が…?」
「まずはお母さんを迎えに行こう。」
戸もない木造りの建物で瘦せこけた女性が寝ていた。女性はごほごほとせき込んで辛そうだ。
「イレーネ…病気がうつるかもしれないから…」
「母さん…新しいご主人様のもとで働きながら一緒に入れることになったよ。一緒に行こう。」
「私は行きたくない…。おまえだけ行ってきておくれ。母さんはこれ以上、お前につらい思いをさせたくない…」
「私は母さんが居なくなるのなんて考えられない。」
2人とも泣いてしまった。
2人を少し眺めて、この街の家に3人で転移する。
「えっ、ここは…」
「ここは僕の家です。この部屋は2人で自由に使ってもらって構いません。」
唖然とする2人を残して部屋を出るとトリニダがドアの前で待っていた。
「おかえりなさいませ。ご主人様。」
「病気を治したい人がいるんだけど薬あるかな。」
「ポーションなどの回復薬は常備があるのですが、病を治す薬はすぐに傷んでしまうので、常備がないのです。すみません。」
トリニダに案内してもらい、薬屋に行くとエルフの美人おねえさんが受付をしていた。
「いらっしゃい。何の薬が必要だい?」
「病気の薬が欲しいです。」
「生憎、万能薬はきらせててね。近頃スターハーブの薬が仕入れられなくて、作る事も出来ないんだ。」
「どこで採れるんですか。」
「このヒストリアの街から南の森の中で、夜に黄色い花を咲かせる、こんな野草だ。」
エルフのおねえさんは、イラストを描いてくれて教えてくれた。
街の家にトリニダを送る。
「ご主人様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
目をウルウルしてこちらを見つめるトリニダの腰に手を回してキスをする。
南の森はいつも狩りに行く森だが、なるべく奥へ転移する。その場所から見える位置、そこから見える位置へと移動して森の中を探す。この前来た時よりも魔物が多い気がする。オークが多く群れて奥から移動している。
そんなオークを収納しながら転移を繰り返していく。しばらく進むと、ブモーっとオークが、嘶くのが聞こえた。
オークが4mほどの1つ目巨人に握りつぶされていたのが見えた。魔物同士はあまり敵対しないと聞いたことがあったが何かイレギュラーな事態でも起こったのか。
僕はオークも巨人も収納し、その後も次々と現れる巨人を収納していった。転移しながら森を進んでいくと人の悲鳴が聞こえた気がした。
慌てて駆けつけると巨人の腕に握られている戦士が見えた。他に数匹いる巨人と一緒に握られている腕以外を亜空間に収納すると、ぼとっと地面に巨人の腕ごと人が落ちたところが見えた。気を失っていたようだったが、僕が駆け寄ると気が付いたようだ。
「ん…モレノ…モレノ!」
女戦士は握られていた指を払い除けて、近くに横たわるもう一人の戦士に駆けつけて行った。モレノと呼ばれる戦士は下半身が潰されていて全く動く気配がない。女戦士は掌から緑色のの魔力をモレノに流しているが、効果が無いように見れる。もう手遅れなんだろう。
そのままにもしておけないので、2人を亜空間屋敷の寝室に収納した。それにしても巨人の数が多い。巨人は地面の木を抜いて振り回したり、岩を投げ飛ばしてくる。その巨体と力の前では、よほど戦闘力がある人間でないと太刀打ちできないだろう。その巨人が大量にいるというのは相当脅威に感じる。
巨人のせいで、森の地面は踏み荒らされ、ハーブどころではない状態だ。その後も巨人を収納しながら森を進んだが、ハーブを探すことはできなかったので、亜空間の中の屋敷に戻ることにした。
部屋をノックするが返事はない。
「すみません。入りますよ。」
モレノはベッドに横たわっており、女戦士がモレノのベッドに寄りかかっていたが、起きてこっちを見た
「貴方がここへ移動させてくれたのですか。私はエリザベッタと言います。あのままでは私もあのままサイクロプスに殺されていたでしょう。モレノともしっかりとお別れすることができました。ありがとうございました。」
エリザベッタは立ち上がり、深くお辞儀をした。エリザベッタ達はヒトリアから西の街のレウスを拠点としており、商業組合からの依頼で異常増殖したオークの調査に来てたらしいが、サイクロプスの大群に襲われたと言う。
この世界では火葬が一般的なようなので、屋敷の外で盛大に弔った。
「この後はどうするつもりですか。」
「はい。今の私では冒険者としてやっていく自信がありません。治癒士として何かやっていけないかと思うのですが…」
「治癒士……あの、診てもらいたい人がいるのですがいいでしょうか。」
「はい。ミロ様の言われることであれば従います。」
2人でヒトリアの家に転移する。
「ミロ様、転移の魔法ですか。魔法士で転移が出来るなんて…」
「内緒にしててね。」
驚くエリザベッタを案内する。
「イレーネ、入るよ。」
「はい。ご主人様。」
「治癒士の方を連れてきた。診てもらいたいと思ってね。」
「そうですか。ありがとうございます。お願いします。」
「エリザベッタ、この方をみてやって欲しい。」
「はい。失礼します。」
エリザベッタはイレーネのお母さんに手を当てて念じると手からは緑の光が溢れ出した。
「すみません。この方は病気ではないと思います。」
「えっ、どういうこと?」
「はい、呪いの一種かもしれません。」
「呪い…道理で薬では治らなかったのか…しかし誰が…」
「イレーネ、心当たりはある?」
「いえ、母は人に恨まれるような人では決してありません。」
「そうですか。少し用事があるので出てきます。」
二人を残して亜空間の屋敷の外へ転移し、何も無い空間から5人のゴロツキを出す。
「あれっ…なんだここは。」
「イレーネの母親に呪いをかけたのはあなた達ですか?」
「なんだあ、この小僧。うああああ!。」
話しかけてきたゴロツキの片腕を収納すると千切れた腕からちがドボドボと血が溢れ出た。
「呪いをかけたのはあなた達ですか?」
「し…知らねえ…ぎゃえあああ!
もう片方の腕でも収納してやった。
「呪いをかけたのはあなた達ですか?」
「うぅっ…」
そのゴロツキは首から下が無くなり、残りの4人の前に目を開けたまま首から上が転がっていった。
「ひぃっ!…ゆ、許してくれ。俺達はイレーネを仲間に引き入れるように言われているだけだ…」
こいつ達の組織がイレーネの実力に目をつけて、母親に呪いをかけたようだ。イレーネが奴隷になったことを知って、慌てて奴隷商を回ったが僕に先を越されたらしい。
4人に僕を縛ってもらい、アジトに案内させる。どんどん治安の悪い路地に入っていき、行倒れや、病気のような子どもが地面に寝ていたりするのが目に入る。ここは生活できなくなった人達が行き着くスラムのようだ。
僕を連れた4人はボロボロの倉庫に入っていった。
「おい、どうだった。」
「頭、イレーネは奴隷になったのでイタロが買い、今手続き中です。他に空間魔法使いをものにしましたので連れてきました。」
「ほう、珍しいな。」
アジトには頭と他に10人ほどが何か作業をしながらこちらを見ている。こいつ達は依頼があれば暗殺、強奪、借金の回収などを請け負う組織だった。
頭と亜空間に転移する。
「なんだここは…おい、お前のしわざか。」
「イレーネの母親の呪いを解いて下さい。」
「はっ、何を言ってるんだ。ああああっ!」
左腕を収納すると、悲鳴をあげて地面をのたうち回った。
「わっ、わかったから、もうやめてくれっ」
男にポーションをかけてやり、止血してやる。
「頭!どうしたんですかい!」
「おい、イレーネの母親の呪いを解いてやれ…」
「いいんですかい?」
「早くしろ!」
「へい。」
奥にいた男が木箱から藁で出来た人形を握りしめて何かブツブツ言っている。
「これで解呪はできました。」
「もう、これでいいだろ。」
「だめです。依頼があったらこれで僕に知らせてください。依頼分の金は僕が支払いましょう。」
「わ、わかった…」
僕は通信の指輪を放り投げ、その場から消えた。
「ご主人様!母の容態がよくなったんです!ありがとうございます…」
イレーネは母親に抱きついて泣いてしまった。
「あなた様が私を救ってくれたのですか。本当にありがとうございます。私のせいでこの子には迷惑をかけっぱなしで…」
エリザベッタと部屋を出て、2人でゆっくりさせてやることにした。
「エリザベッタ、この家は今のところ、特に使う予定がありません。。あなたが良ければ1階は自由に使ってもらっても構いませんが、どうですか?」
「えっ……こんな立派なお屋敷を……私には両親もいませんし、行くあてもありません。お言葉に甘えて、この屋敷をお借りしたいと思います。ありがとうございます。あなた様にお救いいただいた命、あなた様に全て捧げる所存です。どのようなご命令も必ず叶えてみます。」
エリザベッタはその場で跪いて頭を下げた。
「トリニダ、3人の世話を頼む。」
「はい、ご主人様。」
僕の前に近づいてきてモジモジしているので腰に手を回してキスをすると、パァッと笑顔になった。
トリニダには全員の世話代として10万シーロ(1000万円相当)を渡し、亜空間屋敷の寝室に戻った。
寝室の椅子に座り、ベッドを見る。
ドサッとベッドに銀髪のメイド姿の少女が現れる。
「あれ…ここは…」
僕はゆっくりとメイドに近づいて、ベッドに乗り、怯えるメイドを押し倒して、上に跨った。
オルテンシア