75 フルフトバールで魔獣狩りだぁ! そのじゅうご
翌朝、起きたら辺り一面、霧がかかっていた。
起きてすぐ水場で顔を洗っていると、フェアヴァルターが出発の準備をしながら、今日は気温が上がると教えてくれた。
なんでわかるんだろう?
朝食を食べた後、昨日と同じく二手に分かれて僕らは中層に、クルトたちはガーベルとピルツそれからゲルプと一緒に、狩りではなく探検に行くそうだ。
探検も楽しいよねぇ。
単独で動けるようになったら、ネーベルと一緒に探検したいなぁ。
安地拠点を出て中層に向かって進むと、霧が徐々に薄れていく。
フェアヴァルターの言う通り、探索してると少しだけ汗ばんできた。
中層に入って少ししてから、トレッフが立ち止まり周囲を見回す。
「どうしたの?」
小声で訊ねると、足元を指さしてきた。
苔むした場所に一定間隔で続いている足跡。
形からして、それは蹄の跡ではない。
かといってウルフ系でもネコ系の物にも見えなかった。
「これってゴーレムか?」
足跡を覗き込みながら、テオが呟く。
「ゴーレムだったら、もっと踏み込みの跡が深いような気がする」
続いてイジーが声を落としながら言葉を紡ぐ。
するとピートが周囲の樹木を指さした。
「擦れた後がある。これは身体が大きな魔獣ですよ」
「足跡の形跡からすると、そう古いものじゃない。今朝あたりか?」
トレッフの推測に、緊張する。
どんな魔獣なんだろう。
「……毛」
トレッフが擦れた跡がある樹木に手を伸ばして、樹皮に付いた動物の毛らしきものをつまむ。
「毛がついてる高さからいって、ボア系の魔獣ではないですね」
「……団体でもないですね」
フェアヴァルターとトレッフが話してるの横目に、遠くの方で何かぶつかってるような音がする。
「なんか争ってる?」
「どうした?」
僕の呟きをテオが拾う。
「何か……魔獣だと思うんだけど、争ってるのかな? 音が……」
僕がそう言うと、全員が口を閉ざし、周囲を見回しながら耳を澄ます。
みんなが一分、二分と沈黙した後、テオが再び口を開く。
「聞こえないぞ?」
「え? なんで? 聞こえるよ?」
やっぱり遠くの方で、ドォォォォンッと、なにかぶつかる音が聞こえる。
「音は聞こえませんが空気が、おかしいですね」
代わりに答えてくれたのはベテランのトレッフだ。
「……いや、なにか近づいてきてる」
そう言ってピートが鉈を大きくさせた武器を構えながら言う。
すると足元が揺れる感覚。
ドドドドドドッと地響きのような振動。
「来る!」
声を上げたのはテオだ。
そして薄くなった霧の向こうから、いくつもの影が迫ってくる。
現れたのは犬……じゃなくって狼系の魔獣。
個体名はちょっとわからない。
十数匹の群れを成した狼系の魔獣たちは、目の前にいる俺たちに見向きもせずに、走り抜けていく。
「なんだ?!」
走り抜けていった魔獣たちがやってきた方向から、もっと大きな威圧のようなものが近づいてきてる。
ドォン、ドォン、と一定間隔で近づいてくる音と振動。
「グガァァァァァァ!!」
現れたのは大きな爪をもった巨体……。
これ、知ってる!
クリーガー父様が、母上と結婚するために狩りまくった大爪熊だ!
「きたきた、きたきたぁぁぁぁ!」
歓声を上げたのはピートだった。
魔獣狩りのエキスパートにとっては、このサイズの魔獣を狩るのは遊戯と同じ感覚なのかもしれない。
「若殿~。頑張ってくださーい」
「若殿、大爪熊の爪で傷つけられると、全身にしびれが回るまで一分です」
ピートとトレッフはそう言って、大きな樹木の上に飛び移る。
上から僕らを見学するようだ。
僕らの目の前に現れた大爪熊は、ヒグマよりももっと大きい。
フゴーフゴーと、激しい息遣い。
興奮して狼系の魔獣を追いかけていただろうけれど、足はあっちが速い。追いかけてるうちに大爪熊の興奮も収まってきたはずだ。
でもそこで僕らと遭遇した。
火がついた闘争心がこちらに向けられているのは明白。
僕らを目視した大爪熊は、その長い爪がついてる腕を振り上げ、襲い掛かってきた。
「散って!!」
僕の声にあっちこっちに散らばる。
「イジー。身体強化ちゃんとするんだよ」
インカムでイジーに身体強化を指示する。
僕とネーベルは身体強化ではなく、フルフトバールの魔獣狩りがやってる方法で、全身に魔力を流して循環させる。
魔力巡りをしている段階で、大爪熊が動きだす。
大爪熊の爪が地面を薙ぎ払って、土だけではなく、周囲の草や木枝が舞い上がる。
直撃してたら、即死亡だよ!
厄介な爪が付いてる腕を斬り落とす?
いや、魔獣狩りはできるだけ一撃で仕留めるのがセオリーだ。やっぱり急所狙い。
首を斬り落とすか、脚を斬り落とすか。
でも大きく腕を振り回してるから、迂闊に近づけない。
近づかなければ、魔力が通ってる宵闇で斬りつけることもできない。
どうする?
そう思ったのと同時に手の中の宵闇が、勝手に動いたような気がする。
「どういうこと?!」
前へ、前へ。
まるで、大爪熊を斬らせろと言わんばかりに、魔力巡りで繋がっている僕の腕を勝手に動かす。
「お前っ! なに勝手に動いてるんだよ!!」
まだ百年たってないぞ! 付喪神は百年たたないとなれないだろうが!!
大爪熊が吠えて、地面をたたき割るように前脚を振り下ろす。
土と石と枝が弾けて、粉塵が舞い上がる。
粉塵の中から現れる爪を宵闇の刃で受け止める。
ギリギリとつばぜり合いになるけれど、また、宵闇が勝手に動く。
横に薙いで、大爪熊の爪をはじく。
「僕の言うことを聞け!!」
「アル? なに言ってるんだ?」
「兄上?」
インカム越しに、テオとイジーの心配そうな声が聴こえてくる。
「気にしないで。二人とも、大爪熊の爪は剣と同じぐらいの硬さだよ。気を付けて」
そう言った瞬間、またも宵闇が動き出そうとする。
斬らせろと言わんばかりに、魔力巡りで繋がってる宵闇の柄から、握りしめている僕の手に闘争心のようなものが伝わってくる。
そして、大爪熊が低く唸りながら、こちらを真正面から睨み据えてきた。





