70 フルフトバールで魔獣狩りだぁ! そのじゅう
「ヘレーネが、男子生徒と、デート……」
今、イジーの頭の中は、いろんなことが渦巻いてるぞ。
「ネーベル。もうちょっと手加減して」
ついついイジーを甘やかしてしまう僕に、ネーベルは厳しかった。
「だめだ。イグナーツ様はアルに輪をかけてこの手のことに疎い」
刺さった! 鋭いなにかが僕の胸に刺さった!!
「それじゃぁ、イグナーツ様が利用される」
更に痛いところを突かれた!!
イジーが王太子になるってことは知ってる人は知ってるんだよ。
そしてそういう情報を持ってる人は、イジーの婚約者が内々に決まってることもわかってるはずなんだけど、あわよくばという野心を持っているご令嬢が、全くいないとは言い切れない。
だからネーベルは、イジーに自分の気持ちを自覚させたいんだ。
ヘレーネは……、血筋的に問題があるわけではないんだよね。
ヘッダがイジーの婚約者を降りたら、次の候補はたぶんヘレーネになると思うんだ。
ヘレーネは、現ベシュッツァー侯爵の養女ではあるけれど、母親は侯爵の実妹。実父の方も経済破綻している貧乏貴族ではないし、一応領地を持ってる伯爵家で、そこそこ歴史のあるお家柄。
ただなー、政に関わってる連中としては、何がなんでもヘッダを王妃に据えたいと思ってるはずなんだよ。
血筋も良ければ、ジーニアスだし、カリスマ性もあるし、大抵のことは何でもこなしてしまう。
もし、イジーが国王に向いてない性質であったとしても、ヘッダが王妃ならって考えてる連中は絶対いるんだよ。
そういった人たちは、たぶん婚約者の入れ替えに難色を示すだろうし、ヘレーネの実母の件と、学園に来るまで引きこもりだったことを持ち出して、ヘレーネは王妃として向いてないって言いだすと思う。
いや、今はヘレーネを王妃にできるかできないかって話じゃなく、まずイジーの気持ちだな。
ネーベルに指摘されて、考え込んでしまったイジーへ手を伸ばして、頭を撫でる。
「今、ネーベルが言ったことなんだけどね。男子がヘレーネをデートに誘ったらどうするってやつ。イジーどう思った?」
「どう?」
「うん、ヘレーネが自分以外の人に笑顔を向けて、腕組んで歩いて、楽しそうな姿を思い浮かべて……って。イジー、魔力が漏れてるよぉ」
話の途中でイジーから魔力が漏れ出て、天幕内の温度が下がってる。
僕に指摘されたイジーは、自分の魔力の制御ができなくなった理由に思い至ったのか、珍しく顔を真っ赤に染め上げた。
「そっ、うっ。ちがっ」
「え~? 違うんですか? そんな顔真っ赤にしておきながら?」
クルト、やめてー!!
僕に魔力が漏れてること指摘されて、イジーは、今はじめて、自分の気持ちを自覚したんだよ。
だから、そんな風に追い打ち掛けないでおくれよ。
「イジー、あのね。自分の気持ちを僕に教えてくれて、ありがとう。ちゃんと、約束守ってくれて嬉しいよ」
「……俺、わかってます。ヘレーネのことは好きだけど、でも諦めなきゃいけない」
今の段階でイジーの婚約者はヘッダだからね。
あと、ほら、アレだよ、アレ。
どっかの誰かさんがやらかした、最大の汚点だ。
婚約者がいるのに、他の相手を好きになるっていうのは、イジーにとってはみんなを不幸にすることって捉えてるから。
アレと同じことは絶対にしないって、イジーは思ってるんだよ。
「なんでだよ!! 好きならいいじゃん! 諦めんなよ!!」
知らないはずないのに、なんで、テオはそーいうことを……。
「テオ、君ねぇ。ヘッダとの障害を取り除きたいからって、イジーを煽るのはやめなさい」
「うっ!」
図星か!
「テオの気持ちもわかるけど、でもイジーの気持ちだってわかるよね? イジーはね、同じことしたくないんだよ」
具体的な名前を出してはいないけれど、聡いテオはわかるはずだ。
「でも。でもよ~」
「もー、でも、じゃありません! あのね、イジーとヘッダの婚約は、当人たちに好きな人がいるので解消しますって、そんな簡単な話にはならないの! イジーは王族で次の王太子なんだよ? それぐらいわかるでしょ?」
途端にテオはグッと声を詰まらせる。
「二人の婚約には、いろんなことが動いてるし、準備だってしてるんだ。簡単に相手を入れ替えればいいって話じゃないんだよ」
「それは、わかってる」
わかってるのに、デモデモ言ってるんかい。
「それからね、こっちでワーワーやってても、肝心のヘレーネの気持ちもあるってこと。これを忘れちゃダメだよ」
僕の発言に、イジーの肩が揺れ、テオも息を呑んだ。
ほら~、やっぱりそのこと頭にはいってなかったぁ。
「でも、いまヘレーネのことをあれこれ言っても、余計ややこしくなるから、まずそのところは保留。最終的に考えることだけど、まずはイジーの気持ちをさ……、わかってあげないと、ね?」
そう言ってイジーを見ると、イジーは途方に暮れたように僕を見る。
凄い、イジーの感情が、表情に出てる。
恋って、こんな風に人を変えるんだね。
それは僕も同じなんだけどさぁ。
「つくづく、後手に回っちゃったなぁ」
「後手?」
「ってなにが?」
僕の呟きに、イジーとテオが訊ねてくる。
「んー、まずね。出会い」
「イグナーツ様とヘレーネ様の、ですか?」
リュディガーの言葉に僕は頷く。
「ヘレーネ、ちょっと事情があって、幼少期は引きこもりさんだったんだよね」
僕もそうだったからこの辺のことは強く言えないんだけどさ。
「だから他派閥の同世代との社交、全くしてなかったんだ。イジーの最初のお茶会にも出てなかったし、僕が同世代との関わりを始めた頃も出てこなかった。もっと早く出てきてたら、たぶんイジーの婚約者は、ヘッダだけじゃなくってヘレーネも候補に挙がってたはずだよ。だって、ヘレーネ侯爵令嬢だしね」
その説明に、全員が「あぁ、そうだろな」と、納得の顔をした。
イジーが恋をしたのは、とても喜ばしい。
でも王族の恋は……特に、国王となる者の恋は、21世紀の地球と違って、そうそう簡単にはいかないよなぁ。
21世紀の地球だって、某王国の国王陛下が、王太子時代に夫もちの女性と不倫してて、それなのに名門貴族の伯爵令嬢と結婚して、かなり顰蹙買ってたもん。
そうならないように、何とかできないものかなぁ。





