51 アインホルン公女の前世 そのに
ギーア男爵家が最初に養子に出した女子は、本家のお嬢さんにマウントを取っていた例の男爵令嬢の兄の子供だったそうだ。
兄であったその人は、本家のお嬢さんに対しての数々の不作法に憤慨し、そしてそのお嬢さんに対しての異常な執着を持つ妹のありように、忌み嫌っていたようだ。
自分が男爵を継いで、生まれた娘は妹によく似ていたらしく、もうどこでもいいからよそにやれと、人買いのような質の悪い仲介人を通して、養子に出した。
二回目に養子に出された子供は、おじい様と同じ年代のご当主の子供だったらしい。
こちらは、確かにやらかした男爵令嬢のせいでと、当人に恨みは持っていたが、騒動が起きてからかなりの年月が経っていたこともあって、生まれた娘そのものに悪魔の子というレッテルを貼り付けることはなかった。
ただ、やはり過去の出来事や、家訓のようなものを考えると、このまま娘を家に置くことは良くないのではと考えたようだ。
それは自分たちの保身からくるものではなく、ケチが付いている男爵家の娘として生きていくには、辛い目にあうことも多いだろうという親心からくるものだった。
なら、身元のしっかりした、そして生活に困窮してはいない裕福な家に養子に出した方が、子供の幸せに繋がるのではないか?と、いうことで、奥方の縁を通して養子に出したそうだ。
そっちの子供……子孫の方はすぐに辿ることができた。
養子先はラーヴェ王国内の子爵家。子供は男子二人で娘が欲しかったらしく、とても大切に扱われ、同格の家に嫁入りしていた。
だから、オクタヴィア・ギーア嬢が、本当に養子に出した人物の子孫という話ならば、最初に養子に出された方なのだろう。
ヘレーネから教えてもらった情報によれば、例の男爵令嬢の兄の奥方が、やはり我が子を手放さなければいけないという悲しみや心配から、ギーア男爵家の家紋が入ったロケットペンダントを身に着けさせて手放したらしい。
オクタヴィア・ギーア嬢が、養子に出された一人目の子孫であるならば、そのロケットペンダントを持って、ギーア男爵家に入った……、と見ていいだろう。
ギーア男爵家は、オクタヴィア・ギーア嬢のことを、他国で病気療養していた娘と周囲に言ってるらしいし、どこまで事実で、どこまでが嘘なのかまだわからないところがある。
アッテンティータには引き続き、オクタヴィア・ギーア嬢とギーア男爵家のことを調べてもらっている。
「ただ、本当にその人物の子孫かどうかは不明だから、もう少し情報を集めるしかないね」
「そうですね」
「リトス出身の孤児というのは確からしいんだよ。これはエウラリア様からの話を聞いたから、まぁ間違ってはいないと思う。で、オクタヴィア・ギーア嬢がいたその孤児院。ウイス教の孤児院かどうか、確認してもらってる」
僕の話を聞いて、またしてもオティーリエがビクリと震える。
倒れそうだな。
「オティーリエ、そこのベンチに座って」
オティーリエの手を取って、近場にあるベンチに座らせる。
「アルベルト様?」
僕の行動に動揺しているオティーリエに、ネーベルが口を挟んだ。
「オティーリエ様、そのまま視線を動かさないでください。温室の外でこちらを窺ってる者がいます」
その窺ってる者は、間違いなくジュスティスなのだけど、あえて名前を出さないのはオティーリエを動揺させないためだ。
「これで間違いないね。ジュスティスは、『彼女』の幼馴染みで、記憶を持ってる。そして、ラーヴェ王国にやってきたのは、『彼女』の転生体であるオティーリエと接触するため。彼はこっちに来てオティーリエが『彼女』の転生体だと知って近づいた……のではなく、最初からオティーリエ目当てで、ラーヴェ王国に来たと見ていいだろうね」
僕は喋りながら、少し乱れているオティーリエの髪に手を伸ばす。
ん? あれ、この髪は後ろの方の? いや、横の髪だな。
「『彼女』の転生体がオティーリエだと知っていたのは、あの女神の仕業かな? オクタヴィア・ギーア嬢は、こっちに来て騒ぎ立てる前から、女神ウイステリアの声を聞いていたのかもしれない。もしそうなら、オクタヴィア・ギーア嬢を通して、女神と会話をしていたのか。もしくは、ジュスティスも女神の声が聞こえるのか。どちらにしろ、ジュスティスは女神陣営であることは確定だ」
「あの騒ぎで……」
オティーリエはうつむいたまま、ポツリと呟く。
「わたくしが『彼女』の記憶を持っていると、気付かれたのでしょう」
そして、深く息を吐きだした。
「……迂闊でした」
んー、それは、どうだろうか?
「遅かれ早かれ気付かれたとは思うよ?」
あの時オティーリエが取り乱さなかったとしても、ジュスティスはオティーリエに記憶があるかどうか、付きまとって見定めると思うんだよなぁ。
だってさぁ、言葉悪いんだけど、ジュスティスって、世界や時空を超えて、『彼女』を追いかけてきたってわけだよ。
で、『彼女』はそのイケメン幼馴染みのことを、あまりよく思っていなかったわけだ。
それってさぁ、向こうでは、ストーカーって言うんだよねぇ。もしくは勘助とか。
「それよりもオティーリエ、俯いてないで前を向こう」
僕に言われて顔を上げる。
「うん、それで笑って」
「え?」
「私は幸せですって感じで笑って」
突拍子もないことを言い出した僕に、オティーリエはただただ困惑している様子を見せる。
ダメだよ、オティーリエ。
このままじゃぁ、女神の思い通りになってしまうよ。





