47 好きな子に問い詰められた そのいち
エウラリア様と別れて、僕とネーベルは寄り道してから帰ることにした。
「アル」
「うん」
「ソーニョ……、繋がったな」
聖女に認定されたオクタヴィア・ギーア嬢とジュスティスの繋がりは、気のせいではなく、確実なものと断定した。
「つまり、ジュスティスも女神との繋がりは確かだと見ていいと思う」
「そうだな」
やっぱりこのことは、一度ヘッダやオティーリエとも共有しておいたほうが良いだろう。
学舎の出入りに差し掛かると、僕らを待っていたかのように、ヒルトとイヴが立っていた。
ヒルトは僕らに気づくと、ふわりと微笑む。
「アルベルト様。お待ちしておりました」
隣のイヴも、僕らの顔を見た途端、パッと花が咲くような笑顔を見せてくれたのに、すぐに何か思い出したのか、顔を引き締める。
「どうしたの? 僕らに用事?」
「用……というほどではないのですが」
そう言ってヒルトはちらりと隣のイヴを見る。
「イヴ?」
「さ、最近。週一のデー……、お出かけしてないから。帰りだけでも一緒にどうかなって思ったのっ」
え? え~っ! うっそ! イヴからのお誘い?! うれし~!!
そうだよね。ギーア嬢のこととか、ジュスティスのこととかいろいろあったし、イヴの方も淑女科の有志の方が開催してる講習みたいなのを受けているそうで、週一回のデートができてなかったんだよね。
「嬉しいよ。寄り道して帰ろう」
笑顔で声をかけると、イヴも表情を緩めて、でもすぐにプイッとそっぽを向かれてしまった。
照れてるのかな? そんな顔もかわいい~。
「……私、怒ってるんだから」
イヴの言葉に、僕の顔からさっきまでの浮かれた気分がしぼんでしまった。
「え? 怒ってるって、どうして?」
まさか、僕が何かイヴの気に障るようなことした?
確かにジュスティスのこととか、ギーア嬢のことで頭がいっぱいだったとはいえ、イヴを不快にさせるようなことはしていないはず……。
隣を歩いていたネーベルが、小さくため息をついて、ヒルトはくすりと笑いをこぼしながら、イヴの肩にそっと手を置く。
「イヴ、アルベルト様は本当に気づいていないぞ?」
ヒルトの言葉に、イヴはちらりと僕の方に視線を向けた。それは怒ってるっていうよりも、どこか不満そうな顔だった。
「学力試験の不正疑惑」
「え?」
去年の話だよね?
「どうしてそんな大事なこと、教えてくれなかったの? そんなことに巻き込まれてるなんて知らなかった」
話してなかったっけ? ……してなかったなぁ。
「隠してたんじゃないんだよ? えーっと、騒ぐほどのことじゃなかったし」
「そうかもしれないけどっ。アルベルト様にとっては、たいしたことじゃなくっても、私は教えてもらいたかったのっ。だって、知らなかったのって、私だけだったんでしょう?」
そうだったっけ?
最初の呼び出しの時に、イジーとオティーリエだけじゃなくアンジェリカとヘレーネも一緒だったな。
次の時はヘッダも一緒だったし、テオも知っていた。
知らなかったのは……、ヒルトとイヴだけだった。
「ごめん。僕にとっては本当にどうでもいいことだったから、わざわざ言うまでもないと思ってた」
僕がそう言うと、イヴの大きな瞳がさらに見開かれ、呆れてるような、寂しそうな、そんなふうに見えた。
「アルベルト様にとっては、どうでもいいことでも……私にとっては、アルベルト様がどんな状況にいるのか、とても大切なことなのよ!」
少し震えているイヴの声。その言葉にハッとする。そうだ、僕にとっては何でもないことでも、僕と親しくしてくれている人たちは、そうじゃない。
もし、不正疑惑をかけられたのが僕ではなく、他のみんなだったなら、そしてそれが後から聞かされたことだったなら、僕だってイヴのように、なんで言ってくれなかったんだと言っていた。
後からそんなことがあったと聞かされるイヴとヒルトの気持ちに、まったく気がついていなかった。
「ごめん……。ちゃんと考えてなかった。本当にごめん」
僕は素直にイヴに謝罪した。ネーベルは隣で静かに見守り、ヒルトは困ったように微笑んでいる。
「それで、一体何があったの? その『不正疑惑』って」
真剣なまなざしを向けて訊ねるイヴに、僕は誤魔化すことなく素直に事の詳細を伝えた。
「発端はね、ただの逆恨みなんだよ」
「誰かがアルベルト様のことをやっかんだの? この国の王子殿下に対して?」
「僕の地位よりも、僕の存在が気に入らなかったんだ。オティーリエのお兄さんが上学部の学長だったのは知ってるよね?」
「病気療養で学長を辞任されたのよね? オティーリエ様がご一緒に付き添われて、それで……」
そこのことはイヴの記憶にも新しいことだったから、最後は言葉を濁す。
「あの人ね、心を病んでいたんだよね」
「病気療養って、そういう意味だったの?」
頭がおかしかったのは確かだったよね。
女神の干渉もあったけれど、オティーリエに対しての異様な執心は、兄って枠を超えてたみたいだしねぇ。
「まぁ、そんな感じ。で、むかーし、僕とオティーリエは誘拐事件に巻き込まれたことがあってね。そのときのショックでオティーリエが一時的に引きこもりになったことがあったんだよ」
「誘拐?!」
驚くイヴに僕は苦笑いを浮かべる。
「緘口令が敷かれてるから、犯人がなんでそんなことしたかってことは、訊かないでね? それで前学長から、オティーリエが怖い思いをしたのは、僕のせいだってずっと恨まれてたんだよね」
「もしかして、それで、不正したってアルベルト様に冤罪をかけたの?」
察しが良いね。
イヴの言葉に僕は頷いた。
「そんなの、八つ当たりじゃないの。第一、王子殿下に対して、そんなことするなんて!」
「まぁ、病気だったから仕方がないよ」
女神の干渉もあっただろうけれど、アインホルン公子の僕に対しての異様な敵愾心は、彼自身が僕よりも上の立場であるという認識だったからだ。