42 新参者への特別講義 そのいち
フットマンに連れられて、エントランスにやってきたソーニョ。
ソーニョの後ろにはランツェがいる。逃亡防止だ。下手な警備兵や護衛騎士よりもランツェの方が腕利きだからね。
僕らが全員起きているとは思っていなかったんだろう。
驚いた顔で立ち止まる。
「やぁ。まさか本当に日付が変わるギリギリまで戻ってこないとはね。感心するよ」
当然、嫌味だ。
日付変更ギリの帰寮。舐めとんのかおめー。
座っていた椅子から立ち上がり、向かい合うように、ソーニョの前に立つ。
クッソ、ムカつくなぁ! 僕より背が高くて!!
「お帰り。ジュスティス・レオナルド・ソーニョ・カプラ」
大公令息も公子も、つけてやらねー。
「リトス王国の人は、文明の恩恵を受けていない蛮族のように、世話になる挨拶もできないんだね。とても勉強になったよ」
おめーの浅はかな行動が、リトス王国民の評価を下げてるって理解しろ。
たとえ国の代表として留学していなくてもだ。
ソーニョは、隣国のレオナルド・ソーニョ伯爵令息という偽装から、ジュスティス・レオナルド・ソーニョ・カプラ大公令息であると明らかにしたのだ。
リトス王国内であったならともかく、ここはラーヴェ王国だ。
一挙手一投足、リトス王族の傍系として相応しいのか、そう言った目で見られることを覚悟しておかなければいけないんだよ。
「何か言うことはある?」
「えっと、その……」
ソーニョは視線をさまよわせて、言い訳を考えてるみたいだけど、適切な言葉が見つからないのか、口ごもっている。
ダメだなこれは。
なんで僕らがこうやって待ち構えていたかも理解できてない。思ったよりも、浅はかなことをするみたいだね。
「共同生活を送るにあたり、君にはいくつか説明しておきたかったんだよね。特にこの寮館に於いてのルールだよ。まさかその説明も聞かずに、明日から何事もなく、生活できると思っていたのかな?」
静まり返るエントランスの空気に、ソーニョは居心地が悪そうに、何も言えずに立ち尽くす。
「まぁいいや。君が無事に戻ってきてよかったよ。では、今から簡単な説明をさせてもらうよ。この寮館は、今まで君がいた寮とは違う。王族や高位貴族が暮らすに相応の規律があるんだ」
そう言ってエントランスの簡易休憩スペースに案内しようとしたら、シルトに声をかけられた。
「アルベルト様。談話室に移動をお願いします。ランツェがお茶の用意をしておりますので」
おやまぁ。簡易スペースでもいいのになぁ……。
「わかった。あと、そこのスペース、もうちょっと整えて常設してくれる? アポなし訪問客はいないと思うけど、急ぎの用事で来る人もいないとは言い切れないからね。そこにスペースがあったら、お待たせしても失礼じゃないでしょう?」
「かしこまりました」
シルトに簡易スペースを正式に待合室にするように指示を出して、談話室へ移動する。
そこにはすでにランツェが、新しいお茶の用意をしていた。
僕らはさっさと自分たちの定位置に座るけれど、ソーニョは所在なげに佇んでいるので、声をかける。
「どうぞ座って」
僕の言葉にソーニョは居心地が悪そうにソファーに腰を下ろした。
「まず、大前提として理解してほしいのは、ここは君が今までいた貴族寮とは違って緩くはない。王族、高位貴族の令息が暮らす場所で、学園内外問わず、常に品位と規律が求められる。君の身分が明かされた以上、自分の振る舞いを見直してほしいねぇ」
僕の話に、ソーニョは身を縮こませるけれど、構わず続ける。
「寮館内のタイムスケジュールは、君の身の回りの世話をすることになる使用人に渡してあるから、あとで確認してね。それ以外に、最低限守ってもらうことが三つある」
ゆうても、おそらく貴族寮と大して変わらない規則だ。
「一つ目、時間の厳守。門限だけじゃなく、朝食やディナーの時間、決められた時間を厳守すること。今日のように日付が変わる寸前まで戻ってこないなんて言語道断だよ。病気で寝込んでしまう状況ならまだしも、一人だけ食事をずらすなんてことは許さないから。用意する人のことを考えて。緊急の用事や事前に許可を得た場合を除き、しっかり門限や食事の時間は守ってもらう。僕らの行動は常に周囲から模範としてみられることを心に留めてほしいね」
寮のルールがあるということを考えていなかったのか、ソーニョはバツが悪そうに俯いてしまうが、すぐに爽やかな笑顔を僕に向けてきた。
「それは、申し訳ありません。実は昔の知り合いと再会して……。ついつい昔話に花が咲いてしまって、気づけばこんな時間になってしまったんだ。まさかリューゲン殿下たちがこうして待ってくださってるとは露知らず、本当にご迷惑をおかけしました。今後はこのような心配はおかけしません」
心配はしてなかったけどね。
もっともらしい、流れるような言い訳だなぁ。
なにも知らない人なら騙されちゃうだろうなぁ。でもさぁ、昔の知り合いとの再会って、おめー留学生だろうが。
しかもここは、人の出入りが制限されてる学園都市だぞ。昔の知り合いがここにいるのかよ。
「二つ目。共同空間における礼儀だね。さっきいたエントランス、この談話室、食堂、庭園。みんなが共同で使う空間では、他者へ配慮を忘れないようにしてほしい。大声で騒いだり、無断で人の私物に触れたり、人が不快になるような行為はしないように。特に、この寮館にいる使用人たちへの敬意も忘れないでほしいな」
使用人なんだから黙って言うこと聞けって、我儘を押し付けるなよ。
そもそもここはおめーの自宅ではなく共同生活を送る寮だ。一人だけ特別扱いしろって言ったら不帰の樹海にぶち込むぞ。





